第17話 念空の白猫
(あの金髪、ずっとムカつくな……)
金成が交わりの噴水の裏話を長々と話しているとき、ドラゴンは噴水の外れにある建物の屋根の上から、顔だけ出して立華たちの様子を見ていた。
(マジであいつの感情が分かんねーのか? 人間ってみんなそうなのか?)
ドラゴンはふと、立華以外の人間に目を向ける。
一人で散歩する者、家族で噴水を眺める者、犬の散歩で訪れる者、様々な人間がいたが、特段おかしな様子はなかった。
改めて立華たちのほうを見てみると……、やはりこの二人だけが浮いていた。
(でも、あれ、うまそうだな……)
ドラゴンは金成が買った丸福焼きを見ながら、そんなことを思っていた。
丸福焼きのワゴン車からは結構離れてはいるが、鼻の良いドラゴンにはその匂いが微かに感じ取ることができた。
(あれ、絶対うまいよな? 俺が前に食った黒いアレと似た匂いするんだが? 食いてー……)
そんなことを考えていると、ふと、立華たちのほうを見る一人の人間が現れた。
(あっ。……俺の代わりに怒鳴ってくれねぇかな?)
ドラゴンはそんな淡い期待をしてみたが、その人間は羨ましそうに立華たちを見るだけで、通り過ぎて行った。
もちろん、その様子と感情はドラゴンにしっかりと探知されている。
(ちょ、はぁ!? あれのどこが羨ましいんだよ!? お前の感性どーなってんだ!)
ドラゴンは顔をひきつらせながら、心の中で叫んだ。
(もう人間はあてにならねぇ、俺が引き離すしかねぇな。だが、あんま目立ちたくねぇし、うーん……)
ドラゴンが金成を睨みながら考え込んでいると、
(ん?)
ドラゴンは自分の後ろに誰かがいることに気づき、振り向いた。
それは、白猫だった。
ドラゴンよりは少し小さい、だが、一般的な猫とさほど変わらない。見た目はごく普通の猫。
その白猫が、ドラゴンをじっと品定めするような目つきで見ていた。
『おい、俺になんかあんのか? こっちは忙しいんだ』
『あなた、ここで何してるの?』
ドラゴンが白猫を睨み返して言うと、白猫もそれに返答した。
『お前に関係ないだろ。あまりしつこいと電気食らわすぞ』
ドラゴンは身体からバチッと電気を出して見せる。しかし、白猫はひるむ様子を見せない。
すると、白猫が空を見上げる。その方向には、こちらに向かってくるクーリバイク。
『……!!』
ドラゴンもそれに気づいたようで、急いで建物の隙間に身を隠す。
クーリバイクは、さっきまでそこにドラゴンがいたことに気づかないまま、通り過ぎていく。
ドラゴンが再び屋根の上に戻ると、
『人間を追ってるのに、人間には見つかりたくないのね。やってること、ストーカーじゃない?』
白猫が嫌味を言ってきた。
『こいつ……』
『まぁ、私もやってること同じなんだけどね』
白猫はそう言うと、建物から軽々と飛び降り、地面に着地した。立華のほうを見ると、噴水から離れてどこかに行くところだった。
<一つだけ忠告しておくわ>
振り向きもしない白猫が、ドラゴンに向けて話した。ドラゴンの頭の中に、白猫のはっきりとした、どこか違和感のある声が響く。
<もしあなたがあの人間、いや、ここにいる人間に危害を加えるようなことがあれば、私が容赦しないわ>
白猫は突然走り出し、近くの茂みの中に消えて行った。
(……今の、テレパシーか)
ドラゴンは、今の白猫の発言がテレパシーによるものだと見抜いた。
(ただの白猫じゃねぇな。絶対、他にも魔法使えるな? おおよそ、物体操作か生成系のあれだな?)
ドラゴンは冷静に白猫を分析していた。
(まぁ、自ら手の内を全部明かすような馬鹿じゃねぇだろうな。他にも何か隠しててもおかしくねぇ。だが……)
ドラゴンは建物から飛び立ち、再び立華の後を追い始める。
(本気になった俺に勝てる奴は、そうそういねぇ)
立華たちは交わりの噴水から離れ、市街地に入って行く。ドラゴンも当然その後を追う。
そして、白猫も。
(ったく、あの猫野郎、自由すぎるだろ……)
ドラゴンからも、尾行する白猫の様子が見えていた。
白猫は見た目だけならごく普通の猫。つまり、人間に発見されても何も問題がない。そのおかげで白猫は非常に大胆な尾行方法ができている。
堂々と人通りの多い道を横断したり、人混みに紛れて進んだり、走る車の上に飛び乗ったり、やりたい放題である。
対して制限の多いドラゴン、密かに嫉妬心のようなものが芽生えていた。
(なんかむかつく。でも、あの猫はなんであいつを追ってんだ?)
2匹に共通していることは、立華たちを尾行していること。ドラゴンは立華のことが気になってなんとなくだが、白猫の狙いがいまだに読み取れない。
今すぐにでも白猫に問い詰めたいが、白猫はドラゴンに会って以来、人通りの多い場所ばかり通っている。
まるで、ドラゴンから邪魔されないようにわざとそうしているかのように。それも、ドラゴンを苛立たせる要因だった。
白猫がテレパシーを使えることも分かっているが、あちらから話しかけてくる様子はみじんもない。
(……気にするな、監視の対象が増えただけだ)
ドラゴンはそう自分に言い聞かせて、尾行を続けた。
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