第15話 隠密行動

(……)

 ドラゴンはずっと家の玄関を見つめていた。

 実は一部始終を2階から隠れて見ていたドラゴン。立華が金成に連れ去られてしまった今、何を思うのか。

「グアァァーー」『はぁーー、やっと出て行ったぜぇ! これで俺も自由時間だ!』

 伸びをしながら声を上げた。立華を思う気持ちは全くないようだ。

 ドラゴンは2階の窓を爪の先で器用に開けて、大きく翼を広げて、

『さーて、朝の分までひとっ飛びだ!』


 ……。


 飛び立たなかった。

 いや、正確には、飛び立つことができなかった。

 おかしい、ついさっきまで外に出て自由になりたがっていたはずなのに、何かがそれを押し留めている。

『な、なんだ、これ……?』

 そして、飛び立つことができない原因を考えれば考えるほど、立華のことが頭によぎる。先ほどの立華の様子から発せられた感情。そこには困惑と焦燥が混ざっていた。少なくとも、良い感情はそこにはなかった。

 ドラゴンにとって立華は、ただの同居人。別にいなくなっても良い、と思っていたはずなのだが、実際いなくなってしまうと、途端に不安がこみあげてくる。

 それはなぜか、……ドラゴンには分からなかった。

『様子……、見たほうが良い……、か?』

 そう思った途端、急に体が軽くなった。

『ふぅ、今回だけだぞ』

 ドラゴンは窓から静かに飛び立ち、立華の後をつけて行った。


 今は昼間。平日とはいえ人通りが多い。仮にも黒龍の子であるドラゴンが人目に付くと騒ぎになるだろう。

(人間共、俺を見ると途端に騒ぎ出すからな……。そういうのはめんどくさいからゴメンだ)

 ドラゴンはそのことを分かっているようで、物陰に隠れながら立華の後を追う。

 家の屋根から別の屋根へと、目立たないように飛び移る。かなり注意深く見ていないと気づかないレベルだ。

 しかし、地上ばかりに気を取られていると、上空からの目に見つかってしまう。

 空を飛ぶモンスターに見つかる、というのは気にしてないが、問題は人間だ。

 時折、人間が空を横断することがある。最近普及し始めたクーリバイク、要するに空飛ぶバイクに乗った人間に見つかる危険がある。

 あのバイクが何という名前で、どういう原理で飛んでいるかは、ドラゴンにはどうでもいい。ただ見つからないようにするだけだ。

 そしてドラゴンは、立華と金成の前方およそ50mほどの場所までたどり着いた。もちろん屋根の上だ。

(あ、いた。……ふぅ、よかった)

 ドラゴンは立華の姿を確認すると、安堵のため息をもらす。

(ん? いや、何が「よかった」だよ? 俺はしゃーなしで付いて来てやってんだ)

 そんなことを思いながら、立華と金成の様子を見る。金成は立華の腕を絡ませてあからさまに物理的な距離を詰めていて、今もなお立華に話し続けている。

「立華ちゃんって、あまり化粧してないのに可愛いよねー。化粧した立華ちゃんも良いと思うんだけど、そういうのってやらないのー?」

 対する立華は非常に困惑した様子で、表情からでもそのことが分かる。

「え、ええ。化粧とかそういうの、やったことなくて、やり方も分からなくて」

「じゃあさ、今度霧崎さんに教えてもらったら? あの人そういうのめっちゃ得意だからさ!」

「ええ? 霧崎さんはちょっと、苦手で……」

「え? なんで?」

「いや、ちょっと、ホントに苦手で……」

「なんでみんな霧崎さんのこと苦手って言うかなぁ? 間違ったことガンガン教えてくれる頼れる先輩なのにー」

 意見が全く合わない二人。その二人が、ドラゴンの真下をくぐっていく。

(あの金髪人間……、あいつが困ってるの分かってねーのか? てか、なんで分かんねーんだよ。匂い嗅いだらすぐわかるだろ。鼻効かないのか?)

 ドラゴンには、立華が非常に困っていることがすぐに分かった。

 感情というものは、人間や生物の身体からオーラとして発せられる。ドラゴンはそれを「匂い」として認識している。

 その感情のオーラを読み取る能力は、本来すべての生物に授けられているはずなのだが、特に人間の場合、その能力は極端に衰えている。(その代わり、人間は言葉を使って意思疎通を図っている)

 立華と金成、両方の感情を読み取ることができるドラゴンだからこそ、今の光景に苛立ちを覚えていた。

 仮に、金成の感情に『立華を困らせてやろう』などといった悪意が乗っているとしたら、素直に嫌な奴として金成を見ることができる。

 しかし実際のところ、金成の放つ感情には『立華を楽しませたい』といった無邪気な感情が、これでもかというほど充満していたのだ。近くにいれば鬱陶しくなるほどに。

(あれなら、まだ俺のほうがうまくやれるぞ……)

 ドラゴンはふと、西の空を見上げる。羊雲が広がっていて、段々と太陽を覆い隠そうとしている。

(……ちっ、見てんのかよ)

 ドラゴンは空を見ながら悪態をついた。

(……邪魔すんじゃねーぞ)

 ドラゴンはそう告げると、再び立華たちを追い始めた。




 ドラゴンがいる場所から200m離れた場所、小さな白い生物が屋根から屋根へ飛び歩いていた。

 そして、立華たちがいる場所のすぐ近くの屋根に飛び移ると、屋根から顔を出して立華たちを覗き見る。

 その生物は、白猫だった。

 金成が立華に絶えず話しかけている様子を見た白猫は、軽くため息をついた。

 そして、また隣の屋根に飛び移ろうとしたその時、自分以外の別の存在に気が付き、足を止める。


 白猫の目に留まったのは、黒いドラゴン。


 自分より少し大きいくらいのドラゴンが、自分と同じように立華たちの後ろをつけていた。読者の皆様には、立華のペットとしてなじみ深いが、白猫にとっては得体の知れない存在だ。

 そのドラゴンは、幸い自分に気づいていないようだが、一体なぜ?


 白猫の警戒は、ドラゴンへと向けられた。

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