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第10話 休日の時計
朝。太陽が東の空から、空を綺麗な赤に染めながら顔を出していた。
人間たちの住む街、モンスターの住む森、山、海、そのすべてに明るさが足されていく。
そして、その光はとある二階建ての一軒家にも届いていた。
カーテンの開いた窓から光が差し込む。この家にも、朝が届いた。
(ん……)
ちょうど光の当たる位置で眠っていた灰色の小さなドラゴンが、くすぐったそうに目を開けた。
そしてゆっくりと身体を起こし、壁に取り付けられている時計を見る。
時計の作りは簡素で、3本の針が回って現在の時刻を示す方式だ。
今の時刻は、6時04分。
(まだ起きる時間じゃないな……)
ドラゴンは軽くため息をつき、ベッドのほうを見る。そこには、この家の主の立華がすやすやと静かに眠っていた。
(てかなんでだよ。朝になったら起きろよ、普通)
ドラゴンは部屋の中で飛び上がり、空中にふわふわと浮かび、漂い始めた。
(……暇すぎる。今から寝るのも嫌だな。あいつと一緒のグータラにはなりたくねぇ)
40分後。
(さあ、もうそろそろだ……)
ドラゴンは木製の机の上で、例の時計を動かずにじっと見つめていた。
いまさらだが、ドラゴンは時計の意味を知らない。そもそも誰も教えてくれない。だが、たった数日の生活で分かったことがある。
それは、あの時計の針が毎回決まった形になったとき、つまり、毎回決まった時間に音が鳴ること。
音、というのは、立華のスマホのアラームのことなのだが、そのアラームが鳴ると、立華が目覚める。
その後立華はパジャマから普段着に着替え、仕事をしに家から出て行くのだ。
そうなれば後は自由。ドラゴンは窓から出て散歩に行き、普段通りの野生の生活を送り、日が沈む頃合いを見てまた家に戻ってくるのだ。
わざわざ家に戻ってくる意味はあるのか? もう帰ってこなくても良いのでは? と一度考えたことはある。ドラゴンは別に、この家に留まる理由も、必要もないのだ。
だがドラゴンは、俺もよくわからん、俺の気分的にここにいたいだけ、と開き直っている。
そして、時計の針が6時49分53秒を示した直後、ドラゴンは立華のスマホを見た。
(鳴る!)
……。
鳴らなかった。
(……あ、あれ? 違ったか? もう一周か?)
ドラゴンは困惑した様子で時計とスマホを交互に見る。しかし、50分になっても、51分になっても、スマホのアラームは鳴らなかった。
(まさか、コレが壊れたのか?)
ドラゴンはおもむろにスマホを手に取った。しかし、使い方が分からなかったので、画面をつけることもできなかった。
ドラゴンはスマホをぶんぶん振り回したり、角のほうを机にコンコンとぶつけたりしている。
しかし、何も進展せず、ただ時間が過ぎるだけだった。
ドラゴンは焦り始めた。
(おいおい、もしこのままコレが鳴らなくて、あいつが起きなかったら、俺はずっとこのままじゃねーか!)
ドラゴンはそう思って立華のほうを見る。立華はまだベッドの上でスヤスヤと眠っていた。
(てかあいつ、誰かが起こさねーとずっと寝てるつもりか? だらしないにも程があるぞ)
ドラゴンは呆れた様子でテーブルから飛び立ち、立華のところへ一直線に向かって行った。立華の枕元でピタッと止まり、そのまま布団に着地する。
(えーっと、人間って、どうやって起こせばいいんだ? ぶん殴って起こしていいのか?)
ドラゴンは一度拳を振り上げたが、いろいろ考えて踏みとどまった。そして立華の顔の真横であたふたしていた。
そこで、ふとあることを思い出した。
(そうだ。こいつ、いつも音で起きてるな。それなら……)
「ガァーー! ガァーー!」『起きろー! 起きろー!』
ドラゴンが立華の横で吠えていると、立華が目を覚ました。
「うーん? んん?」
朝のアラームではない、だが、聞きなれた声に疑問を感じながら、立華は体を起こした。
「な、なに?」
立華は眠たそうに眼をこすりながら、ドラゴンに聞いた。
「ガァ! ガァ!」『お前、もう起きる時間じゃねーのか? てかもう太陽出てるぞ!』
ドラゴンは時計や朝焼けを指差しながら鳴いた。
これまでの経験上、ドラゴンと立華は言葉が通じない。ドラゴンはそれが分かっているので、身振り手振りで何とか意図を伝えようとしている。
「……ああ、なるほどね」
ドラゴンの意図に気づいた立華は、困ったように微笑みながら、ドラゴンを持ち上げて両腕で抱えた。
「グワッ……!?」
ドラゴンは突然のことに驚くが、特に抵抗はしなかった。
「キミって頭いいみたいだね。でも、ゴメンね。今日はお仕事お休みなんだ」
立華はドラゴンに話しかける。ちなみに、言葉は通じていない。
「だからね……」
立華はそう言って、ドラゴンをベッドの上に降ろすと、
「もう少し寝させて」
布団をかぶって再び眠りについてしまった。
……。
(起きろやぁあ!!)
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