第7話 黒竜の子

 バコーーン!

『グラアアァァァ!!!』

 突然横から突進してきた生物が、主の足を弾き飛ばした。電気を纏ったその生物は、昨日立華が拾った、あのドラゴンだった。

 片足で立っていた主はバランスを崩すも、なんとか転ばずに踏み止まる。ドラゴンは立華の元へ近づくと、上に乗っていた霧崎を掴み、雑に放り投げた。

 ドサッ

「いたっ! 何度投げれば気が済む──」

 霧崎が文句を言おうと振り向くが、その言葉は途中で切れる。霧崎を投げ飛ばしたドラゴンの姿を見ると、目を見開いて固まってしまったのだ。

 ドラゴンはそんな霧崎を気にも留めず、立華に話しかける。

『おいおい、大丈夫か? なんでお前こんなとこにいんだよ……』

「キミは……、なんでここにいるの……?」

 ドラゴンと立華はお互いに声をかけるが、変わらず言葉は通じていないので言いたい放題だ。

 その様子を見ていた主が声をかける。

『……黒竜の子よ、なぜここにいるのだ?』

『あ? ……知らね。何か聞こえたから来ただけだ。お前こそ、何やってんだよ』

 森の主が、人間の言葉とは違う言葉で話し始めた。どうやらこれにより、黒竜の子と呼ばれたドラゴンと、森の主とで会話ができるようだ。

『森の秩序を乱す愚か者を始末していた所だ』

『……アレのことか?』

 黒竜は霧崎の方を見て言った。顔を向けられた霧崎はビクつくが、そのまま固まってしまう。いつもとは打って変わって静かだ。

『去りたまえ、黒竜の子よ。その愚かな人間達を始末することが我の使命だ』

『……アレは別にどーでも良いが、コイツだけには手ェ出すな』

 黒竜は、霧崎のことはどうでも良いと切り捨てた。

『そうもいかない。その人間には邪悪な物が取り憑いている。森だけでなく、人間や生態系にも影響を──』

 突如、黒竜から殺気が放たれる。それは森の主に向けられた物だが、周りの生物にも察知できた。木の檻の中に動物の気配はないが、檻の外では逃げ去っていくモンスターが大勢いるだろう。もちろん、黒竜の真後ろにいた立華もその殺気に圧されるが、不思議と逃げ出したい衝動には駆られなかった。

 ドラゴンが主を睨み付ける。

『聞こえてねぇのか? 手ェ出すなっつってんだろ? それともやんのか?』

 森の主は黒竜からの殺気を受けながらも、無表情で立っていた。殺気の矛先は森の主なので、周囲とは比べ物にならないほどの殺気を受けているはずだが、流石は森の主だ。

 やがて、森の主が返事をする。

『……辞めておこう。無事では済まなさそうだ』

『……賢明だな』

 黒竜は、森の主から戦意が喪失していることを確認すると、放っていた殺気を止めた。一気に場が軽くなる。

『しかし分からぬな。なぜ黒竜の子がそれほどまでに人間に固執するかが……』

 黒竜は振り向き、立華を見る。しばらく考えた後、森の主に向き直り、答えた。

『知らねーよ。俺も知りてーよ』

『……ふっ、今回は仕方ない。大人しく帰るとしよう……』

 主はそう言うと踵を返し、森へと消えて行った。

 ゾゾゾゾゾゾ……

 それと同時に、変化していた地形も元に戻った。


 黒竜は森の主の姿が見えなくなったのを確認すると、立華の方を見た。

(はぁ、なんでこうなってんだ……?)

 黒竜は目を逸らしながら溜め息をついた。

 すると、ようやく意識と魔力を取り戻した霧崎が立ち上がり、黒竜と立華の方へ歩いて来る。

「あ、貴方……。その黒竜の子供と、どういう関係なの……?」

「……えっと、少し前にちょっと会ったくらいで、特には……」

 立華は数秒迷った後に、半分だけ本当のことを告げた。

「ちょっと会ったくらいで!? それだけで黒竜を下僕にできたっていうの!?」

 霧崎が森に響くような大声で話し始めた。

『なっ、何だ? 声上げたと思ったらうるせーな! またあいつ来ちまうだろ!?』

 黒竜が霧崎に向かって吠えるが、霧崎はまるで聞こえていないかのようにマシンガントークを続ける。

「貴方、黒竜というものがどういう存在か分かってまして!? 地上に現れることすら滅多にない上に、目撃者はその場で殺されるから、幻とも言われていた存在なのよ!? どうして……、どうして私の目の前黒竜がいるの……? どうして私はまだ生きてるの……? さては、これは夢……? そうよ、夢に決まっている! 今こうして生きているのも、森の主に勝てなかったのも、全て夢なのね!! それならば全て納得が──」

『うるせぇ、ちょっと黙れ』

 ゴスッ

 単純に霧崎のことが鬱陶しくなった黒竜は、霧崎の腹を思い切り殴った。

「あうっ!? あ、ああっあっ、ああ、あ……」

 よほど強烈だったようで、霧崎は膝から崩れ落ち、腹を抱えて悶絶している。

「うーん……、流石にやり過ぎじゃ……」

 立華は心配するふりをして内心笑いながら声をかけた。

 一応弁明しておくと、黒竜が森の主を突き飛ばしたときと同じ力加減で霧崎を殴った場合、霧崎の腹は、グロ耐性のない者には見せられないような有様になっていただろう。

『おい、こんなところで何やってたんだ……、っと、言葉通じないんだったな。さっきのやつに通訳頼んどくんだったな……』

 黒竜は立華に話しかけたが、やはり言葉が通じないことを思い出し、悔しがるように呟いた。

『まぁ良い、俺は帰るからな』

 黒竜はそう言うと、翼を羽ばたかせてどこかに飛んで行ってしまった。

「あっ……」

 立華は声をかけようとしたが、その時にはもう見えなくなっていた。


「……」

 立華はしばらく立ち尽くしていたが、やがて霧崎のところへ向かった。

「あの……、帰りましょうか」

「……そうね」

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