第6話 森の主

 一方立華達は、ひたすら西に向かっていた。霧崎が持っていたコンパスのお陰で、道を間違うことはなかった。

「……あの、どこに向かっているんですか?」

「その質問はもう聞き飽きたわ。何度言ったと思って?」

「……覚えてません」

「底辺は記憶力もないのねぇ。本当に情けないわねぇ〜」

 霧崎は立華の頭を小突きながら言った。

 じゃあ霧崎さんは覚えてるんですか? と聞きたくなった立華だが、黙っておいた。

「まぁ、ここまで来たのですから、特別に教えて上げても良いわよ。私が今向かっている先はピーチク森林よ」

「……えっ、ピーチク森林? たしか、今は森の主が活発になっているから行くなって、ギルド副長から言われてませんでしたか?」

 立華がそう言うと、霧崎が驚いたような表情を見せる。

「あら、記憶力がなかったのではなくて? そうよ、私はその森の主に用があるのでしてよ」

「ええ!? ちょっと、危ないですよ! もし討伐出来たとしても、ギルド副長に怒られたますよ」

 立華が慌てた様子で抗議する。

「怒られる? なぜそう思うのでして?」

「なぜって……だって……。とにかく、そんな危険地帯に行くなんてダメです!」

「はぁ……、根拠もなく自分の意見を述べないで頂きたいわ。それに、これは私の仕事なのですから、あなたの意見を聞く必要はなくってよ」

 霧崎は冷たく言い放った。しかし、これを黙って聞いている立華ではなかった。


「それじゃ、霧崎のその行動に根拠はあるのですか?」

「ええ、勿論でしてよ」

 口論でよく用いられるブーメラン作戦を使用した立華だったが、あっさりと叩き落とされてしまった。

「優秀な私がインターバット止まりである理由。それは、そもそも私の元に届く依頼が簡単すぎるのよ。強い魔物を倒して私の力を示せば、ランクアップ間違い無しでしてよ! おーほっほっ!!」

 霧崎は高らかに宣言した。

「だとしたら、なおさら私を連れてくる意味がないのでは?」

「いいえ、大有りよ。たとえ私一人で倒しても、証人が居なくては証明が出来ないわ! 非公式の仕事であるからして、記録がされないのよ!!」

 霧崎は両手を広げながら言った。

「それでかぁ……」

「納得いったかしら? 分かったなら、さっさと付いてきなさい」

 霧崎は再び歩き出し、立華は無言で後を追った。


「う、ううっ……」

 しばらく歩いていると、立華が苦しそうな声をあげた。

「ん? 立華さん? どうしたのかしら?」

「な、なんだか、苦しくて……」

 立華の顔色は悪くなっていた。額には汗も浮かんできている。

 すると霧崎は、立華をじっと見つめ始めた。

「今、貴方のステータスを確認したけれど、毒や呪い等のような状態異常には罹っていなくてよ?」

 霧崎はどうやら、対象の状態を調べる魔法を使用したようだ。

「じゃあ、なんでこんなに苦しいんだろう……?」

「知りませんわ。さて、さっさと行くわよ。ほら、歩きなさい」

 霧崎は立華の腕を引っ張りながら進んだ。

「はぁ……はぁ……」

 立華は息を荒げながら歩いた。

(か、「帰りたい」……、だ、だけど、今まで感じてた「帰りたい」とは、全然ちがう……。何かこう、周りから圧迫されているような……)


 その時、立華は訳も分からず横に飛んだ。

「もう、 何やっ──」

 霧崎が呆れた声を発した瞬間、立華がいた場所に何かが倒れて来た。


 ズドーン

「ぅえ!?」

 それは、巨大な石柱だった。苔のついたレンガを組んで作られたもので、レンガ一つとってもかなりの大きさだった。もし立華の動きが遅ければ、一瞬で潰されていただろう。「こ、これ、まさか……」

 立華が見上げると、そこには岩でできた巨大なモンスターが立っていた。先程倒れて来た石柱のようなものは、このモンスターの腕だった。

「ええ、こいつがピーチク森林の主のようね」

「や、やっぱり、辞めましょうよ! 勝てるわけありません!」

「何を言ってまして? ここで森の主を討伐すれば、私は一気に昇格できるわ。このチャンスをみすみす逃す私ではなくてよ」

 霧崎は嬉々として言い、鎌を森の主に向けた。


『……浅はかな人間よ、私が始末してくれよう』

 森の主が人間の言葉を発した。言語も、立華達がよく使用しているものだった。

「あら、言葉が通じるのね。ちょうど良いわ。貴方、私のために死になさい」

 霧崎が不敵な笑みを浮かべて、森の主を徴発する。

『愚弄するか……小娘!!』

 主が吠えると、立華達の周りの地形が動きはじめた。

 ゾゾゾゾゾゾ!!

地面は平らに均され、木々が立華と霧崎を檻のように囲った。

「あぁ……、やっぱり強引にでも帰れば良かった……」

「そんなことしましては、きつーいお仕置きが待っているわよ」

 霧崎が言い終えるとすぐに主に攻撃を始めた。霧崎の放った風の刃が主に襲いかかるが、腕で弾かれてしまう。

「へぇ〜、頑丈なのねぇ。なら、これはどうかしら?」

 今度は地面から太いツタのようなものがいくつも伸び、主の身体に巻き付いた。

「潰れなさい」

 霧崎が言うと、ツタがミシミシと音をたてて主を強く締め付ける。

『ふん、所詮は愚人の魔法よ。消し去ってくれよう』

 主がそう言った瞬間、ツタがみるみるうちに細くなっていき、終いには消えていった。

「な、何が……、あら?」

 霧崎が困惑していると、突然ふらつき始め、地面に座り込んでしまった。

「……!? ま、まさか。魔力を吸われている!? そんな……障壁も張ってあったのに!!」

『その障壁とやらも、我が魔術で解除してくれよう。軽薄な動機で我に挑んだこと、後悔させてくれよう!

「くっ……!」

 霧崎は悔しそうな表情を浮かべて鎌を振るが、魔法といったような攻撃は発動されなかった。

「やはり、魔力が……」

「ど、どうするんですか! このままじゃ殺されちゃいますよ!!」

「黙りなさい底辺!! 私に負けなんてない! 私は優秀なのよ!! これは何かの間違いよ! ……そうだ、立華よ! 立華がいたから私は全力を出せなかったのよ!」

「えぇ……、付いてこいって言ったのは霧崎さ──」

「うるさいわね! 今すぐ帰りなさいよ! 帰れ!」

 その時、森の主が霧崎を摘みあげ、立華のところへ投げた。

「え? あ、うわ!!」

 ドサッ。

 立華は霧崎の下敷きになり、霧崎は魔力を吸われて動けなくなっている。

『実に傲慢な人間だ。きっと、人間界でも害となっている存在だろう。ここで死して、罪を償え!』

「な、なんで私まで!?」

 立華が抗議の声をあげるが、主は片足を上げ踏み潰そうとしてくる。

 霧崎は逃げようという意志は感じられるものの、魔力を失っているせいかその身体はピクりとも動かない。

 立華は霧崎の身体を退かそうとするが、霧崎の身体を持ち上げるのには少々力不足だった。

 森の主の足裏がすぐそこまで迫っている。もう、間に合わない。

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