第5話 戦闘開始

 立華達の目の前に、高さ2mほどのモンスターが立ち塞がった。頭には角が生え、背中にはコウモリの翼が付いていた。

「あれは……悪魔?」

「あら、よく知っているわね。魔界の中では下級と呼ばれているけど、この洞窟の中では最強のモンスターよ。気を引き締めなさい!」

「は、はい!」

「グオォオオオーーッ!!」

 悪魔は雄叫びを上げると、勢い良く立華に向かって走り出した。

「サンダーボルト!!」

 立華は悪魔に向けて電撃を放つが、悪魔に効いている様子はない。悪魔が右腕を上げると、立華に向けて振り下ろした。

「うわっ!?」

 立華は間一髪避けたが、悪魔の拳が地面にめり込んだことで生じた衝撃波によって吹き飛ばされてしまった。

「痛ぁ……」

 立華が起き上がると同時に、悪魔が左腕で殴りかかってきた。

「うわぁああ!!」


 その時、どこからか大岩が飛来し、悪魔の顔に命中した。悪魔は体制を崩し立華から数歩離れた。

 大岩が飛んで来た場所を見ると、そこには霧崎がいた。

「はぁ……、立華さん。あなたは戦力になりませんわ。もう下がっていなさい」

「えっ? でも……」

「まぁ、死にたいのでしたらそこにいなさい。貴方が死のうが私には関係ないことですし」

「ご、ごめんなさいっ!」

 立華は慌ててその場から離れた。


「さて、見ていなさい。これが私の華麗なる勝ち方よ」

 霧崎が鎌を一振りすると、いくつもの鋭い風の刃が悪魔に向かって放たれた。それらは次々と命中していき、悪魔は傷だらけになっていった。

「グルル……」

 悪魔が痛みで呻く中、霧崎は躊躇いもなく次の魔法を放つ。鎌を霧崎の前方で扇風機のように回すとそこから突風が吹き荒れ、悪魔の身体を散り散りに斬り裂いていった。

 悪魔は声をあげる暇もなく、肉片と化した。

「おーほっほっほ!! 所詮は魔物、私の相手になりませんわ!」

 霧崎は高笑いしながら、立華の元へ向かった。


「さて、これでここでの仕事は完了ですわね」

「……強いんですね」

「はぁ? 何を当たり前のことを仰るのかしら? 私はギルドの中でも最高位の魔法使いでしてよ」

「インターバットってまだ中間くらいでは……?」

(あっ……)

 立華はとっさに発言したが、すぐに失敗だと気づいた。自分が格上だと信じてやまない人物に、それに反する事実を告げると逆上することを知っているからだ。

 立華は霧崎から罵倒を浴びせられることを覚悟した。

「インターバットが中間? それはギルドの中の話でして?」

 しかし、霧崎の口調は普段と変わらなかった。(その普段というのは、リズムに乗るような嘲りの声だったりするが)

「全人類で見てみなさい。私のように魔物を討伐できる人間は1割もいないのよ。さらに、魔法を使える人間もわずか。だ、け、ど。私はこの両方に当てはまっている。つまり、私のような人間が頂点にいるということなのよ!」

 霧崎は胸を張って言った。


「……そうですか」

 立華はそれしか言えなかった。そして同時に思った。この人は本当に自分のことを誇らしく思っているんだなぁ、と。

「それに、立華さんだってかなり上位に人間でしてよ。魔法が使えるのですもの。……まぁ、到底私の足元には及ばなくてよ。おーほっほっほ!!」

 霧崎は再び甲高い声で笑った。

(今まで散々私のことを底辺って呼んでたのに……)

「さて、お喋りはこのくらいにして、次の場所へ行きましょう」

「……え? 依頼はこれで終わりじゃないんですか?」

「個人的に行きたい場所があるのよ。時間もあるし、良いでしょ?」

 霧崎は鎌を持ち直しながら言った。

「えっと、霧崎さんが個人的に行きたい場所なら、私は先に帰っても──」

「あら、私の誘いを断る気でして? まっさか、そんなことないわよねぇ?」

 霧崎は鎌で立華の左腕を引っ掛け、顔を近づけて脅迫した。

「……はい」

「分かればよろしい。おーほっほっほ!!」

 霧崎は満足そうな表情を浮かべながら歩き出した。立華はその後ろ姿を見ながら、溜め息をつくしかなかった。

(……やっぱりこの人嫌い)




 一方ドラゴンは、


『ガアアァ!!』

「ブモオオォォ!!」

 ドシンッ


 ……人間の背丈と同じくらいの大きさの、バッファローに似たモンスターを爪の斬撃1回で倒していた。

 ドラゴンは倒れたバッファローに近づいたかと思うと、大きく口を開けて、その身体に牙を付き刺した。そのまま肉を噛み千切り、食べ始めた。

『やっぱこんぐらい食っとかねーとな。力が入んねーぜ』

 ドラゴンはガツガツと肉を食らう。そして、その様子を草陰から覗く影があった。

 それは、ハイエナにウサギの耳が生えたようなモンスターだ。よく見ると1体だけではなく、5体だ。ドラゴンがバッファローを倒す間に、ドラゴンを囲むように隠れていたのだ。

(……来ねーのか?)

 ドラゴンはそのハイエナ達が周りに隠れていることを知っているようだが、ドラゴンは構わず肉を食べ続ける。


 数秒の間が空き、ついにハイエナ達がドラゴンに飛びかかった。2体が上から、3体が横から襲いかかる。集団での行動に長けたこの種のハイエナによる、見事な連携だった。

(あーあ、来やがったか)

 ドラゴンは呆れたように息を吐くと、身体の表面に電気が走り始める。

 バリィ!!

 ドラゴンの全身から稲妻が放たれ、ハイエナ全員の動きを止めた。地面を駆けていたハイエナは、前のめりになって顎を地面に打ち付ける。宙にいたハイエナは、ドラゴンの頭を通り越して地面に落ちる。死んでいないようだが、かなり苦しそうだ。

『これは俺のだ、しばらくそこで大人しくしてろ』

 ドラゴンは地面に倒れて痙攣しているハイエナを気にも留めず、残りの肉を食べ始めた。


 ゴゴォォン……


(ん……?)

 どこからか、地鳴りのような重い音が響いてきた。かなり遠い距離のようだが、それはドラゴンの意識を向けるのに十分だった。

「……」

 ドラゴンは音の方向をしばらく見ていた。そして、今度は音の方向と余っている肉を交互に何度も見始める。

(……気になるな)

 ドラゴンは食べ残しをそのままにして、音の方向へ飛んで行った。

 ……ハイエナ達は、置き去りにされた肉を目の前にしながら、痙攣のせいでまだ動けなかった。

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