第4話 マーサの洞窟
「はぁ、疲れた……。早く帰って休みたいな……」
立華はギルドから少し離れた街を歩きながら、ため息をつきながらぼそりと言った。
「あら? 疲れた? たった1時間程度歩いただけでへばるなんて、やはり底辺は体力がないですわねえ〜」
立華の斜め前を歩いていた霧崎が振り向き、嘲り混じりの笑みを浮かべながら軽蔑の言葉を投げかけた。
「まあ、底辺の貴方と超優秀な私とは雲泥の差がありますものね! おーっほっほ!」
「……」
……さて、察しのいい読者さんはお気づきだと思われますが、立華がここまで疲れている原因は、長時間歩いたことによる疲労ではなく、霧崎による罵倒によるものだ。
しかし、そんなことを口にするとさらに調子に乗ることが目に見えているので、立華は黙っていることにした。
「立華さぁ〜ん? 何か言ってはどうかしら?」
しかし、霧崎は沈黙さえも許してくれなかった。立華は適当にあしらうことにした。
「……そうですね」
「貴方には協調性というものがありませんの? 全く、この私に恥をかかせるんじゃないですわよ。これは貴方のためを思って言ってるんですからね! あらっ! 私は何て優しい御方なのでしょうか!!」
(……はぁ、早く終わらせたい)
立華は霧崎のマシンガントークを右から左に受け流しながら、心の中を悟られないように歩き続けた。
そして数分後、立華達は街の西側にある洞窟の前にたどり着いた。洞窟の入り口はかなり広く、天井は人間の背丈の3倍ほどの高さにあった。
「立華さん、着いたわよ。ここが今回の仕事場よ」
「ここが……?」
「ええ。大昔にドラゴンが住み家として掘ったと言われるマーサの洞窟。話くらいは聞いたことあるでしょう?」
「……いえ、全く」
立華は首を横に振る。一応この町では、マーサの洞窟の話は絵本に描かれるほどには有名ではあるのだが、立華はあまり興味がなかったようだ。
「あらまぁ……、底辺は知識も底辺なのね。本当に私がいないと何もできないのねぇ〜。良いわ、折角だから教えて差し上げましょう」
霧崎はわざとらしく大きな溜め息をつくと、自慢げな表情で説明を始めた。
「洞窟に住んでいたとされるドラゴンの名はマーサ。但し、これはマーサが名乗っていた訳ではなく、私達人間が勝手に付けた名前だわ。マーサはしばらくここで静かに暮らした後、どこかへ旅立ってしまったの。だけど、マーサが洞窟内に残した生命力と魔力は膨大。今でもモンスターが自然発生し、希少な鉱物も豊富なのよ。……そうねぇ。ここで手に入る素材を使えば、立華さんも多少は強くなれるかもしれないわよ」
霧崎の簡潔で分かりやすい説明と、もはや罵倒かどうかも分からない補足を聞いた立華は、納得した様子で頷いた。
「そうなんですね。でも、どうしてそのドラゴンがマーサって名付けられたんですか? ドラゴンなら、ドラなんとかって付けると思うんですけど……」
立華がそう言うと、霧崎は軽い溜め息をつき、再び語り始めた。
「はぁ、貴方はネーミングセンスも底辺なのね。人々に覚えていただくには、個性的な名前が必要なのよ。名前に『ドラ』が付くモンスターなんて沢山いすぎて埋もれてしまうわ。分かったかしら? お・ば・か・さ・ん♪」
霧崎は口元に手を当てて嘲笑した。ばかと発言している時点で、罵倒であることは確かだった。
(……疲れる)
「さて、さっさと仕事を終わらせてしまいましょう。今日は別にやることがありましてね」
「別のこと?」
「それは終わってからのお楽しみ。さぁ、いきますわよ、立華さん」
「は、はい!」
こうして、2人は洞窟の中へと入っていった。
洞窟の中は青白く光る結晶が所々に埋まっていて、当たりを優しく照らしていた。また、奥の方からは微かに風が流れてきている。
そして、入口付近に生えている草や岩などに擬態している虫やトカゲなどが立華達の視界に入った。霧崎はそれらを無視してどんどん進んでいった。立華もそれについていく。
すると、真上から音も無くカラスのようなモンスターが立華目掛けて突進してきた。それに気づいた立華は横に飛び退き、同時に手の平をカラスに向け、叫んだ。
「あっ! ファイアボール!!」
立華の手の平から小さな火球が放たれ、カラスの身体に命中した。
「ガアァーーッ!!」
カラスはうめき声を上げながら、絶命した。
「底辺にしてはなかなか良い動きね。だけど、わざわざ魔法名を叫ぶ必要なんて全くないですわよ。敵にこれからの行動を教えるようなものじゃない」
霧崎は嫌味たらしく言った。
「そ、そうですか……」
「くれぐれも私の足を引っ張るんじゃないですわよ。貴方を守ってくれる存在がいなくなれば、その後の貴方の未来は……、底辺でも分かるでしょう?」
「……はい」
立華は短く返事した。
それから立華たちは、襲ってくるモンスターを倒しつつ、洞窟の最深部に到着した。そこには魔力で満ちた鉱床が辺り一面から顔を出していた。
「うわぁ、凄い数ですね! これ全部採っちゃっても大丈夫なんでしょうか?」
立華が驚いていると、またしても霧崎が溜め息をついた。
「はぁ……、貴方は底辺な上に強欲でもあるのね。全部採ってしまっては生態系が崩れてしまうでしょう? 私達はギルドが指定した分だけしか採取しないのよ。そんなこと少し考えたら分かるじゃない……」
「あ、はい。すみません……」
「そうそう、そうやって私の言う事だけを聞いていれば良いのよ。さて、少しだけ戴くとしましょう」
霧崎が手を振ると、いつの間にかその手には大きな鎌が握られていた。それを一つの鉱床に向けて一振りすると、鉱石だけが綺麗に切り取られていった。
「うん……。断面が少しだけ湾曲してしまったけど、我ながら上出来ね。立華さんもさくっとこのくらい出来るようになりなさぁ〜い」
「……はい、頑張ります」
「さて、まだここでやることが残っているわ。さっさと片付けてしまいましょう。おーほっほ!!」
霧崎は甲高い笑い声を洞窟に響かせながら、次の場所へと向かった。
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