第2話 彼女の仕事

 翌朝、少女はいつものように目を覚ました。カーテンを開けると眩しい光が部屋に差し込む。ベッドには昨晩のドラゴンがまだ眠っていた。頭を軽く撫でてみると、ゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らした。

(かわいいなぁ……)

 彼女はそう思いながら、朝食の準備を始めた。トーストを焼きつつ目玉焼きを作り、ベーコンも焼いていく。

 匂いに気づいたドラゴンが目を覚ます。鼻を動かしながらゆっくりと起き上がり、キッチンの方を見る。ドラゴンは彼女の足元に近づく。

(何やってるんだあいつ?)

 ドラゴンは不思議そうに彼女が料理をする様子を眺めていた。

「あ、おはよう! よく眠れた?」

 ドラゴンに気づいた彼女は、屈んでドラゴンを撫でようとする。しかし、ドラゴンは逃げるようにはばたいて、その場から離れた。

『ガアァ! 馴れ馴れしく触ってくんな!』

 ドラゴンは威嚇するように吠える。

「あれっ、嫌だったかなぁ……?」

 彼女は少し寂しそうな表情を浮かべた。

「あっ、そろそろ朝ごはん出来るから、そこで大人しくしててくれる?」

 彼女はそう言ったが、ドラゴンはそれを無視して部屋の中を飛び回り始めた。棚の上に乗ったり、机の下にもぐったりと好き放題やっている。

「あ、ちょっと……」

 彼女はひやひやしながら見ていたが、幸い物を散らかしたり、バサバサと羽音を立てたりはしなかった。

「ねぇ、できたよー」

 彼女の声に反応して、ドラゴンがベットの下から顔を見せる。彼女はトーストに目玉焼きとベーコンを乗せた料理をテーブルの上に並べていた。ドラゴンは興味津々でそれを見つめている。

(これも食い物か……?)

 ドラゴンが顔をあげると、彼女はもう食べ始めていた。ドラゴンも目の前のトーストを持ち上げ、一口かじった。

(うーん、昨日のアレほどじゃないが、これもなかなかうまいな)

 ドラゴンはそう思いながら黙々と食べ続けた。

「ねぇ、キミの名前はなーに?」

(…あ? 何か言ったか?)

 ドラゴンは口の中に入っていたものを飲み込み、彼女の方を向いた。しばらく沈黙が続き、再び彼女が尋ねる。

「えーっと、昨日はどうしてあんなところで寝てたの?」

 ドラゴンはしばらく彼女の方を見ていたが、

(……やべ、人間の言葉分からねぇ……)

 やがて彼女の言葉を理解するのを諦め、残りのご飯を全て平らげた。

『ふぅ、足りねぇな。もうないのか?』

 ドラゴンはガウガウと唸り声を上げて彼女に尋ねたが、

「ふふ、美味しそうに食べてくれて良かった」

 会話になっていない。

 どうやら、彼女もまた、ドラゴンの言葉が分からないようだ。

「あっ、いっけない! そろそろ準備しなきゃ仕事に遅れちゃう!」

 彼女は突然立ち上がり、慌ただしく身支度を始めた。

『お、おいおい。どうしたんだ?』

 彼女はラフなパジャマから青いスーツに着替え、ベルト付きの小さめなポーチを腰に付けた。

「行ってくるね! あまり部屋は散らかさないでね!」

 彼女はバタバタと足音を響かせながら家を出ていった。

 ポツンと1匹残されたドラゴンは、しばらくその場で立ち尽くていた。


(……騒がしいやつだな)




 彼女はツインテールをなびかせながら通りを走っていた。

「もう! 今日電車来るの遅くなかった!?」

 苛立ちを露わにしながら、彼女はあるスーパーマーケットに着いた。そのスーパーマーケットは、この辺りでは一番品揃えが良く、規模も大きな店だった。彼女は慣れた手つきで従業員用の裏口の鍵を開け、店内に入っていった。

「ああ、立華さん。おはよう、ちょっとぎりぎりじゃない?」

「おはようございますー! 急いでるので!」

 彼女はすれ違った従業員に早口でそう言うと、スタッフルームを通り過ぎ、エレベーターへ乗り込んだ。

「はぁ、はぁ……。大丈夫かな? 間に合うかな……?」

 エレベーターは、どんどんと地下へ向かっていき、やがて扉が開いた。

 そこには、数百人もの人間が綺麗に整列し、真っ直ぐに立っている光景があった。剣を持つ者だったり、弓を持つ者だったり、それぞれが何かしらの武器を持っていた。

 その服装も、立華が来ているようなスーツではなく、動きやすい軽装だった。……おっと、中には鎧で頭まで覆っている人間もいた。

 人間たちの視線の先には、腕を組んだ男が立っていた。筋肉質かつかなりの強面で、なかなかの威圧感を放っている。

 その男は、エレベーターから現れた立華を見ると、低い声で言った。

「……着替えは後で良い。並べ」

「は、はいっ!」

 彼女は慌てて返事をし、駆け足でその場に並んで立つ。

「全員揃ったな、これより朝礼を始める。あー、うむ……」

 男はズボンのポケットからしわくちゃになった紙を取り出し、それを見ながら話し始めた。


「一昨日昨日と休みだったやつが多かったと思うが、その休みにかまけて本来の仕事をおざなりにしないように。俺やこのギルドにとって一番の損害は、依頼に失敗することではなく、お前らという人材を失うことだ。……もちろん、依頼に失敗するのもあってはならんことだが、人材を失うというのは、その後のギルドの活動の低下も伴い、負の連鎖にも繋がりかねる。だから、危険な状況に陥った場合は速やかに撤退すること。また、自ら危険な場所に赴かないこと。……あ、いや。お前らは普段から危険な場所には行ってるな。……無理だと分かっていることにわざわざ首を突っ込まないこと。それと、ピーチク森林で次々と行方不明者が出ている。恐らく、森の主の活動状況が活発になっているものと思われる。森の主はお前らも知っての通り、非常に獰猛なモンスターだ。後でこのギルドからも強いやつを送っておくが、お前らはくれぐれも、討伐の報告があっても、しばらくは近づかないことだ」


 ……この男が言ったことをまとめると、


・休みに引っ張られて仕事を怠けるな。

・危険な状態になったらすぐ帰ってこい。

・絶対に死ぬことだけはするな。

・ピーチク森林にいる主が活発になっているからしばらく近づくな。


 ということだった。

 この後も、今週は人探しの依頼が多いこと、北の山でドラゴンの死骸が見つかったこと、ギルドの男用トイレが2個壊れたこと、身体強化ポーションの仕入れが遅れていることなどを、良く言えば彼なりの言葉で、悪く言えば回りくどい言葉で伝えられた。

「……以上だ、解散!!」

 男の声と共に、並んだ人々は一斉に一礼をし、各自散り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る