雨雲の竜と少女の雨傘

カービン

出会い

第1話 雨傘の下で

 一人の少女がベッドに寝転がっていた。寝ているようではなく、目は開いていた。時折ため息をつき、その表情はどこか寂しげな雰囲気だった。

 彼女がいるこの家には、彼女以外の人影はない。鎮座している日用品も、彼女以外に使われた形跡はない。

 一月前から一人暮らしをしている彼女ではあるが、やはりどこか寂しさを抱いているようだ。

 窓の外はすでに暗く、絶えず落下してくる雨粒が路面を濡らし続けていた。

 ふと、少女はベッドから起き上がった。そして、机の上にある鞄を拾い、家を出た。

 薄暗い街の中、彼女は傘を手に5分ほど歩き、着いた場所はコンビニ。しばらく商品を眺め、選んだものはチョコレートとメロンパン。レジで素早く会計を済ませ、コンビニから出た。


 その帰り道、突然風がやってきて、彼女の傘をかっさらって行った。

 ヒューーー……

「あっ!」

 彼女は傘を追いかけて走っていく。風はしばらく傘を転がして遊んでいたが、途中で飽きてしまったのか、傘を雑草が生い茂る土地に放り投げて去ってしまった。

「うわぁ……」

 落胆の声をあげる彼女だったが、諦めずに草の中へと分け入った。ずぶ濡れになりながら傘が落ちたであろう場所に向かい、ようやく発見した。

 そして、その傘を拾い上げたときだった。

「ん?」

 傘の下に何かがあった。色は灰色と黒。何かの布のように見えるその表面には、トカゲのような細かい鱗の筋が入っている。

(……何だろう?)

 彼女はよく見てみたものの、辺りに明かりはないうえに、周囲の草で大半が隠れているため、よく見えなかった。試しにその物体を持ち上げようとすると、結構な重さがあることが分かった。さらに、今まで雨ざらしにされていたはずなのに、なぜか暖かみも感じた。

(まさか、生き物?)

 彼女は、それが生き物である可能性に気づくと、それを持って明かりのある通りに向かって歩いていく。だんだんと明かりに照らされ、明らかになっていくその物体の正体。それは──

(ド、ドラゴン!?)

 それは、灰色のドラゴンだった。大きさは70cmくらい。眠っているらしく目を閉じていた。

(どうしてあんなところにいたんだろう?)

 不思議そうに見つめた後、彼女はゆっくりと抱きかかえた。するとドラゴンは眠ったまま彼女に寄り添ってきた。

「わわっ!」

 慌てて離れようとするも、ドラゴンはしっかりとくっついてきた。

「……仕方ないなぁ」

 彼女は苦笑いを浮かべながら、そのまま自宅へ帰ることにした。


 家に帰ってすぐ、彼女はタオルを集めて床に敷き、ドラゴンをそこに寝かせた。彼女はというと、雨でびしょ濡れになった服を脱ぎ捨て、シャワーを浴び始めた。バスルームを出て体を拭き始めると、バスローブを着て、ドライヤーを使って髪を乾かす。

 再びドラゴンの様子を見ると、まだ静かに眠っていた。彼女はベッドの上に座ると、コンビニで買ってきたメロンパンの袋を開けた。

 ビリッ!

「あっ……」

『グワッ!?』

 思いの外大きな音が出てしまい、寝ていたドラゴンが飛び起きてしまった。


 ドラゴンはキョロキョロと見回した後、彼女と目が合う。

(ど、どこだここ……、誰だお前……?)

 ドラゴンはしばらく警戒していたが、ふと自分の身体が濡れていることに気づき、身体を震わせて雨水を周囲に撒き散らした。

「あーっ! ちょっと待ってよぉ!」

 彼女は慌ててドラゴンを寝かせていたタオルの山から一枚抜き取り、ドラゴンを身体をガシガシ吹き始めた。

『ガァー! やめろー!』

「ほらもう! じっとしてて」

 ドラゴンは鳴き喚く中、彼女は構わずに拭き続け、尻尾の先までしっかり水滴を拭き取った。

「よし、もう大丈夫」

『はぁー、何なんだこいつ……』

 満足げな彼女とは対称的に、ドラゴンは呆れた様子だった。

「あ、そうだ!」

 彼女はそう言うと、コンビニの袋からチョコレートを取り出した。

「お腹空いてない? これ食べる?」

 ドラゴンは差し出されたチョコレートをしばらく見ていたが、

(何だこれ?)

 それが何なのか分かっていなかったようだ。

「あ、大丈夫だよ。毒とか入ってないから」

 彼女はそう言うと、チョコレートを1粒食べた。その様子を見たドラゴンは、

(……食い物か)

目の前にあるものが食べ物であることを理解したようだ。

(まぁいいや、これ食ったらさっさと出ていこう)

 ドラゴンはチョコレートを1粒摘むと、口の中に放り込んだ。すると、

(おぉ!? 何だこれ!? 一気に口の中で溶けて行ったぞ! しかも甘い! それになんだか懐かしいような……)

 今まで味わったことのない美味しさに感動していた。

「へへっ、おいしいでしょそれ」

 そんなことは知らずに、彼女は笑顔を見せていた。

「ふゎー、なんだか眠くなってきちゃった」

 彼女はそう言うと、電気を消してベッドに横になった。そしてすぐに眠りについた。ドラゴンはしばらくその場に立ち尽くしていたが、

(……。しょーがねーなぁ、しばらくここにいてやるか)


 こうして、彼女とドラゴンの生活が始まったのであった。

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