第12話 巣窟

12.巣窟 × 女神


 我々は、この町を離れることになる。どうやら、サワラはここを去ったようだ。

 もし君たちのパーティーが、これから上を目指していくのなら、鬼ヶ島に行ってみるといい。

 そこは鬼の本拠地。ただ、サワラに会っても無事だった君なら、突破できるかもしれないよ。


 リダウの手紙には、そう書かれていた。何だか、ボクを試しているようでよい気持ちはしないけれど、この辺りに鬼がいないとなれば、この町にいる必要がない。問題は鬼ヶ島、という場所を指し示した点である。

「私は絶対に嫌よ。行かないから」

 キキリはそういって尻込みする。

「そんなに凄いところポ?」クルックは激しく拒絶するキキリに、不思議そうにそう尋ねる。

「鬼の巣窟。発生源ともされる場所よ。冒険者なら、一度は踏破を目指すとされるけれど、実際にそこに踏みこんで、帰ってきた者はいない」

「巣窟って、鬼は自然発生するものなんじゃないの?」

 クワンも首をひねる。

「私だって、詳しいことは知らないわよ。でも、冒険者の間ではそういわれている、という話」

「行ってみるか……」ボクのつぶやきに、キキリは目を丸くしていた。


 島、といっても海の中に浮かぶわけではなく、森の中に小高い山が一つ、ぽつんと聳える。その姿が森の中に浮かぶ島にみえる、としてそう呼ばれるようになった。

 森にも鬼が多くいて、周辺部なら小遣い稼ぎと、冒険者も多くいるが、森の奥へと入ると、強い鬼もいて中々大変、とされていた。

 さらに島に上るとなると、そこから戻ってきた者はいない。周辺の町で装備を整えて、ボクたちは島をめざす。散々、文句を言っていたキキリも、いざとなれば逃げていい、という条件でついてきている。

「うちも逃げていいポ?」

「構わないよ。今回、ボクは試したいことがあって、ここに来たんだ」

「試したいこと?」

「サワラと会うために、わざわざ国を渡ってきたリダウたちが、ボクに『鬼ヶ島に行け』といった理由が知りたいんだ」

「どういうこと? サワラと関係あるの?」

「まだ分からない。でも、サワラが普段はここにいて、時おり町にでている……となったら、彼女を通して、ここに立ち入る許可を得たかった、ということにもなるだろう。あくまで憶測だけれど、サワラとまた会う意味でも、ここに来たかった、というのもある」

「私はご主人についていくよ。乳くり合うも多少の縁っていうじゃん」

「袖ね……。乳くり合っていたら、もう他人じゃないから。クワンも危なくなったら逃げてくれ。もっとも、もしサワラが出てきたとすると、逃げられる可能性は低いけれど……」

 それでも、ボクのわがままに付き合わせる気はなかった。


 どうやら鬼ヶ島は、溶岩が固まった大きな岩であるらしい。木は生えていないけれど、岩が割れるなどして洞窟のようになっており、そこに鬼たちが隠れ棲むという形だ。

 ボクたちは鬼に出会わないよう、慎重にすすむ。鬼退治に来ているわけではないのだし、素人パーティーで戦う術すらない。でも、存外あっさりと鬼ヶ島に上ることができている。サワラの差し金……とも思ったけれど、多分ちがう。

 歪みで生まれる鬼は、退治すべき……。そう教えられてきた。でも、こちらが戦う気がないなら、彼女たちだってあえて戦おうとしない。人に害を為す、というのも、恐らく鬼は怖いもの、退治すべきもの、という人間へのスリコミがあって、人間側の対応が間違っているから、互いに敵対する関係になったのだ。

 サワラと会って、色々と考えた。

 そして、もしかしたらここにサワラがいないかも……とも思っていた。

「やぁ、久しぶりですね」

 ボクがそこで、そう声をかけたのは、転生する前に会ったあの女神だった。


「へぇ~……。早かったわね」

「赤ん坊として送りこまれてから、十五年は経ちましたけれどね」

「それでも、ここに来るのが早かったのは、本当よ」

 女神は椅子にすわって爪の手入れなどをしながら、そう応じる。

「何で、わざわざ転生者などを送りこんで、鬼退治をさせているんですか?」

「私がここにいること、驚かないのね?」

「鬼の巣窟、と聞いたときから、おかしいと思っていたからね。鬼は歪みで生まれるもの。なのに、その巣窟があるとしたら、それはもう人為的なものだ」

「ふふふ……。転生者に、ここの鬼退治をさせるのは、鬼が増えすぎるのを防ぐためよ。私がコントロールするぐらいの量を維持したいのに、どんどん生まれてきちゃうんだもの」

「なるほど……。女神であるあなたが、この世界にいることで鬼が生まれる。むしろその鬼をコントロールし、この世界を支配し、女神への崇敬を集めるためにつかっている、と……」

「ふふふ……。やっぱり、転生者って気づいちゃうのよね。遅かれ早かれ」

「あまり転生者に、大活躍して欲しくもないし、この仕組みに気づいたときに、自分に敵意を向けられても困るから、ボクの適職はシーフですか……。よく考えられていますね」

「お褒めの言葉、ありがとう。いつ気づいたの?」

「正直いえば、ボクの適職がシーフだと分かったときから、あなたのことは疑っていましたよ。本当に退治する気があって、この世界のことにある程度介入できる力があって、それでボクの適職を抑える理由がないだろ? 本当は、この世界を変えるつもりなんてないんじゃないかって……」


「あまり頭のいい子を連れてきたつもりはないんだけどなぁ~」

「AV男優のパーツモデル……。そんな人間が、女神の企みに気づくはずがない、と? 生憎ですが、ボクはお金がなくて大学にも行けず、高校は何とか卒業したもののバイト三昧、AV制作会社に拾ってもらいましたが、頭はよかったんですよ。学校の成績ではなく、抜け目のなさでね」

「ご主人……。この方は?」

 クワンもボクと女神が話をはじめてしまったので、これまで入れずにいた。

「この世界の統治者。むしろ、鬼という存在を操っていた、黒幕だ」

 キキリもボクの言葉に、ハッとして身構える。

「やめておきなさい。私は女神。この世界で、私に敵うものなんていない」

 彼女がみせる余裕も、きっと世界を統べる者として、絶対的な自信からでてくるはずだった。

「もう一つ聞きたかったんですよ。なぜ、鬼を退治するのに、エッチを必要とするんです? そんなルール、あなたなら書き換えられたでしょうに……?」

「私がみたかったからよ」

「欲求不満ですか? 何なら、ボクが相手をしてあげましょうか?」

 女神はニヤッと笑った。


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