第10話 体験

10.体験 × 匂い


 サワラとの初体験を終えた……。

 なのに、彼女は消えることがない。それは満足させられなかった……という結果であって、やはり本番で失敗したから? あまり上手くなかったから……と考えられ、気持ちも萎える。

「不合格……ね」

「分かっているよ。本番が下手くそ、なんだろう?」

「でも、前半は合格。だから、半分だけ教えてあげるわ」

 半分……? 何が半分なのか? どこまでが半分なのか? よく分からない。だから聞いてみたいことから、聞いてみることにした。

「転生者の存在を知っていた……。あなたは……鬼はこの世界の仕組みを知っているのか?」

「カン違いしているわね。鬼はこの世界の歪み、そこに現れる、哲学でいうところの〝実存〟。形而上の〝歪み〟に対して、形而下の私たちを生じる。それこそがこの世界の大いなる歪み」

「…………? もしかして、ボクたち転生者も歪み?」

「そうよ。歪みに対抗するため、歪みをぶつけてきた。それがアナタたち、転生者」

 確かに、ボクは女神から鬼退治を依頼されて、ここに来たけれど……。

「もしかして、その歪みを生じているのは……?」

「神よ」

 あっさりとそれを認めた。考えたくはないけれど、神の存在が歪みそのものなら、神がいるから鬼が生じ、その鬼を退治するために転生者を宛がう……とイタチごっこをしているだけだ。


「もしかして……、神への信仰、死の捉え方が歪みの元?」

 どんな宗教でも、死というものへの向き合い方、付き合い方が問われる。呪われていることが不幸なのではない。呪われている、と信じることによって不幸が生じ、死を忌避する気持ちから、宗教に依存するようになる。死ぬことに対する恐怖、不透明感から解放され、付き合い方が分かるようになるからだ。

「信仰……そうね。信じる、ということがそもそも歪みの元。この世界にある不条理や、不可思議をそうして神や精霊の仕業、として納得し、信じることによってそれを確信に変えてきた。真実でもないのに……。

 そこに都合よい神、創始者といったものを置き、不死性、もしくは死をコントロールする力を与え、人々に崇め、敬うようにしてきたのが信仰よ。これほど分かり易い歪みはない」

「それが歪みの大元なら、人間の存在自体が歪みだ。そういう存在を必要としてきたのだから……」

 必要悪? でも、ここではそれほど信仰心が強いわけではない。でも、女神を信仰する一派もいる。

「じゃあ……」

 勢いこんで尋ねようとしたところ、サワラが手をこちらに向けて、拒否する姿勢を示している。

「話し過ぎたわ。もう半分以上は話した」

「転生者がキミたちを倒すことを、キミは赦すのかい?」

「別に……。ただ、生まれてすぐに倒してあげて。私が言いたいのは、それだけよ」

 サワラは服を着ると、ゆっくりと歩き去っていく。その後ろ姿は、どこか寂し気に見えた。


「サワラと会った?」

 キキリは驚いている。サワラと会ったことで、腰が抜けたようになってしまったことを説明するために、正直に打ち明けたのだ。

「何で私たちは気づいていないのよ?」

「そういう魔法をつかっていたからだよ」

「何でアンタは会えるのよ?」

「その魔法にかからなかったからだよ」

「何でかからないのよ」

「知らないよ」

 ボクが転生者だから……と勘ぐれるけれど、それは口外禁止だし、何よりあくまで推測だ。

 そして、彼女とエッチをしたことも秘密となった。それで退治ができなかったのだから、冒険者として失格の烙印を押されかねない。それに、そこでの会話も今は話さない方がいいだろう。

 ボクとて、その中身がよく分かっていない。それが今後、プラスになるのか? すら不明だった。

 とにかくその日は罔極が集まっていたこともあって、宿にもどることにした。

 ただその途中、リダウたちのパーティーと出会った。

 彼をリーダーに、魔術師が二人、前衛となるシールダー、ファランクス、それにセイバーもいて、さらに後方支援のアーチャー、ガードまでいる。計8人の大所帯でもあった。


 会った瞬間、クワンが目を輝かせ、緊張して固まっている。

 彼女は「憧れの冒険者がいる」と言っていたけれど、どうやらそれはリダウのことだったらしい。彼が両性具有ということまで知って、憧れているのか? それは分からないけれど、服を着ていると、見た目は完全に女性だ。

「キミたちも、もう冒険は終わりかい?」

 ボクがそう声をかけられ、お風呂場で会ったベテラン冒険者が彼だと、すぐにメンバーも分かったらしい。ただ、相手のことを詳しく教えていなかったので、余計に驚きが強いようだ。何しろ彼の見た目は完全に女性、なのにボクがお風呂場で会った、というのだから……。

「こ、この人、サワラに会ったんですよ」

 キキリがそう口を滑らす。むしろ、ベテラン冒険者勢の圧に押されて、自分たちも何らかの力がある、と見栄を張りたかったのかもしれない。

 でもそれは、リダウの目を険しくした。

「ほう? それでどうしたんだい?」

「な……、何もできず、見逃しました」

「へぇ~……。連絡が欲しい、と言っておいたよね?」

「そうするだけの余裕もなくて……」

 ボクがしどろもどろで、そう応じたとき、ハッとした。狼族のセイバーの女性が、ボクに近づいてきたからだ。


「確かに、匂いがするよ。強い魔術の匂いだ」

 狼族の彼女だから嗅覚に優れるのだろう。もっとも、魔術の匂いなんてあるの? むしろ、エッチをした時の匂い……、といってくれた方が分かり易かったのかもしれない。

 ただ、魔力量の流れが変化しているのかもしれない。それはサワラと会った後、ボクが極端に疲れていることも、その影響と考えられたからだ。

「ふ~ん……。サワラと会っても無事、ねぇ……」

 リダウの目が怪しい。お風呂場で会っていたとき、ボクのタオルをはぎ取らんばかりの態度をとったときと、それはよく似ていた。

 自尊心が強く、自分をみても一切反応しないボクへの、それは怒りをふくんだ感情だと思っていた。でも、それだけではない。上に立つ者にとって必要な、鷹揚さをもっている……と感じていた。でも、それは上に立てる……それができる立場だと自覚するから、そうなのだ。

 サワラと会って、無事に帰還したボクに対して、彼は嫉妬にも似た感情を抱いているのかもしれない。それだけの強い反発だった。

「ま、頑張って」

 素っ気なくそういうと、彼のパーティーは歩き去っていく。何だか厄介な相手を敵にしてしまったようだ……と、目をハート形にしているクワンをみても、そう思っていた。

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