第4話 チーム
4.チーム × 鳥
恐らく、ここは逢引きにも利用されるのだろう。布団まで敷き、念には念が入っている。
全裸のキキリを前にして、ボクも考えている。それは年頃の娘としては、ちょっと胸が小さいな……とか、でも乳輪は小さくて、まだ本格的な刺激をうけたことがなさそうだ……とか、毛深くはないな……とか、そんなことが脳裏をよぎったのは、ほんの一瞬。
ここで猿族の罠に嵌められ、少女を凌辱しようとした鬼畜男として処分されることになったら、冒険者としての人生も終わり。ギルドから追放の憂き目に遭うこととなるだろう。
そうなれば、キキリも無罪放免。三ヶ月、嫌々冒険者をしなくて済む。だから体を張って罠を張った……。
「あなたはもう終わりよ。残念だったわね。私がパーティーに参加しなくて」
「キミも冒険者なのか?」
「ええ。だからアドガル様に協力しているのよ。もう諦めて、追放され……」
そのとき、何かが上から降ってきて、湯船へと飛びこんだ。
「来たよ!」
それは魔法剣士の恰好をした、クワンだ。ボクが部屋をでる直前、「悲鳴が聞こえたらそこに飛びこめ!」と指示していたのを、文字通りに解釈して、上から飛びこんできたのだ。ボクはそれを知っていたので、窓を閉めて水がかかるのを避けていた。
呆気にとられたキキリだったけれど、そのとき部屋に多くの猿族が、何ごとかと雪崩こんできた。そうなると、今度は「きゃーーーーッ‼」と悲鳴を上げる。きっと、裸をみんなに見られる、という今度こそ本気で上げた悲鳴のはずだった。
村長のアドガルも頭を抱えていた。
ボクがキキリを部屋に連れこんで……というシナリオで、追放しようと考えていたはずだ。でも、そこにクワンが現れ、不自然な形となった。何だか、ボクとキキリに嫉妬して、クワンが部屋に飛びこんできたようにも、状況証拠からは説明できそうだからだ。
しかも、羞恥心が低い猿族だから立てた作戦だったはずだ。でも、計算が狂った。どうして一人でお風呂に入っていたのか? ボクに無理やり……というのなら、露天風呂からだって逃げだせたはずなのだ。羞恥心が低いのだから……。それに、クワンがお風呂に飛びこんだため、ボクが風呂場にいなかったことが、より鮮明となってしまった。
お湯のほとんどが消えるほど、クワンの飛びこみは衝撃が激しかったのに、ボクは濡れていなかったからだ。
「不本意だが、キキリは彼らに協力しなさい」
「えぇッ!」
「今ここで、ギルドと敵対するのは好ましくない。三ヶ月は辛抱してくれ」
キキリから忌避生物をみるような、嫌悪の雑じった目を向けられるけれど、村長の命令は絶対だ。
これでパーティーメンバーが三人となったのだった。
キキリは拳で戦う、ファイタータイプだ。猿族の中でもそこそこ実力があり、そこで村長から、ボクたちを追いだす作戦に加担させられた。しかし猿知恵の結果、逆にボクたちに協力されられた。
「もう……踏んだり蹴ったりよ‼」
策はすべて露見しており、今さら隠す必要もない。そう不平、不満たらたらでボクたちについてくる。
ボクが前線メンバーを充実させたかったのは、ボクの職業が盗人……シーフだったからだ。ギルドで適性をみたところ、適職はシーフ。戦闘力はほとんどなく、宝物をさぐりあてたり、他人から何かを奪ったり。そんな性質がみとめられたのだが、そうなると鬼と戦うために前線メンバーをスカウトするしかない。そこで犬族、猿族とまわったのだ。
大体、ベテランで稼ぎのよい冒険者なら、メンバーはもっと多いけれど、駆けだしの冒険者だと、二~三人が限界だ。ボクはこの三人で、しばらく冒険しようと思っていた……のだが……。
「誰か倒れているよ?」
クワンが指さす先、そこに少女が倒れていた。
仰向けで、女性がびっくりしたときによくみせる、体の横でぎゅっと拳をにぎって動かない。
「死んでいる?」キキリは辛辣にそういった。
「生きているよ。微かに呼吸が聞こえる」
彼女の口もとに耳を寄せたクワンが、そう応じる。気を失っているだけのようだけれど、クワンは首を傾げる。
「この子、人族じゃないよ」
そっと少女をうつ伏せにすると「ぷはッ!」と息を吹き返した。
「何で倒れていたの?」
「仰向けにひっくり返っちゃったポ……。うち、仰向けになると気を失っちゃうポ」
そんな面白生体は、その背中をみると納得する。天使の羽のような、小さく飛べそうもない翼がそこにあった。お尻の少し上あたりから、羽根でできた尻尾もある。そう、彼女は鳥のケモノ族なのだ。
哺乳類だと種ごとに村をつくるけれど、鳥族はひとくくりにされ、複数の種が集まって村をつくることも、そうした分類に拍車をかける。飛ぶことはほぼできないとされ、そのため数自体がとても少ないのだ。
「鳥族の村がこの近くにあるの?」
「うち、冒険者をめざして村をでてきたポ。近くにあった鯔族の村で冒険者登録をしたけど、『ここでは募集にくる冒険者はほとんどいない』と言われ、どこか他の村で待とうと……」
「じゃあ、私と同じだね」
クワンは嬉しそうに「自分も家出してきたの」と説明したが、少女は手をふって否定した。
「いえ、うちはちゃんと家族に了承をもらってきたから。一緒じゃないポ」
せっかく仲間意識を抱いたのに、正直すぎる告白に、クワンも腐っている。
「冒険者って、職業は?」
「メイジ。というか、魔法がつかえたから冒険者になりたいポ……」
「白? 黒?」
「…………? うちがつかうのは、うちの魔法だポ」
「私の……オリジナルってこと?」
「そうそう。ねぇ、アナタたち冒険者のパーティーなら、うちも雇って欲しいポ」
今のところパーティーに魔法使いはおらず、充実を図るなら願ったり叶ったりではあるけれど、人数が増えれば、当然一人一人の稼ぎは小さくなる。恐る恐る二人をみると……。
「私は構わないわよ。どうせ三ヶ月しかいないし、アナタから給料をもらえるなんて期待していないし」
「私も全然大丈夫。旅は人数が多い方が、楽しいし」
キキリは現実的……。クワンはどこか学生気分が抜けない、という感じか……。
「分かったよ。じゃあ、パーティーのメンバーになってくれ。ボクはP太郎」
「P……。あ、うちはクルックだポ」
「私はクワン。よろしくね、クルックちゃん」
「あ、年下にみえるからって、馴れ馴れしい呼び方は止めて欲しいポ」
クワンは親しみをこめたつもりだけれど、また反発されて腐っている。
「私はキキリ。どうせすぐいなくなるけれど、それまでよろしく」
これで、ボクのパーティーは四人。鬼退治に出発するけれど、前途多難になりそうなことは間違いなかった。
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