第3話 猿
3.猿 × 犬
犬族で、パーティーに参加してくれたクワンの装備をととのえてから、猿族の村に向かった。
ちなみに、クワンの装備は人族の町でそろえた。人族の村では犬族の冒険者の適性が分からず、本人曰く「魔法剣士になりたい!」というので、そちらの方向で装備を整えた。
借金をしてまで装備を整えたのは、ボクのパーティーが充実している、との体裁を整えたかったからだ。
猿族の方が、より難しい交渉となるのが確実だ。小高い山を、そのまま一つの村とするのが猿族。村民の紐帯は強く、頂上に村長であるボスがいすわり、山裾に暮らす者ほど地位が下がる……とされる。
「サル山のボスって感じ?」
クワンは思ったことを、そのまま口走ってしまう。まだ女子高生、若さの特権でもあるけれど、それだけではないことを、この後知ることになる。
「無理だな」
村長は尊大に、丁寧語すらつかわず、そう言い切った。
「募集だけはかけてもらえませんか?」
「冒険者に求められたら、それは募集をかけるさ」
猿族の世界は、上下関係が厳しい。上意下達であり、村長がそういうならまず成功しない。暗に「諦めろ」といっているのと同じだ。
ただ、猿族はパーティーメンバーとして欲しい、と考えていた。特に、犬族でついてきたのが、海のものとも山のものともつかないクワンであり、体術に長けた猿族を加え、前線メンバーを充実させたかったのだ。
とにかく、芳しい感触ではないと思いつつも、吉報を待って猿族の村で待つことにした。
猿族は、薄着でいることが多いようだ。平らな場所がほとんどなく、山を駆けまわって暮らす。木の上に住居をもち、その上り下りも大変で、日々鍛錬しているようなものだ。薄着でいるのも、体をめいっぱい動かすことが多くて、汗をかくから……と想像された。
しかし見慣れないボクからすれば、目のやり場に困る。彼女たちの羞恥心は、人族とは異なる。胸が揺れるのが見られようと、ショートパンツの隙間から下着が覗けていようと、周りの目を気にしていたら、木の住居に上がることさえできないのだ。
「目がいやらしい……」
クワンから冷たい目をむけられるも、こればかりは男の性だ。
「何、見てんのよ!」
ボクはその恫喝にも似た言葉にドキッとするけれど、ふり返った先にいた少女の目は、クワンに注がれていた。
犬猿の仲……。このとき、ぴんと来た。クワンが猿族のことを腐していたのも、元から両族は仲が悪いことに由来していたのだ。
「冒険者の募集でここにいるの。別にアナタのことなんて見ていないわ」
売り言葉に、買い言葉……。二人はあっという間に取っ組み合いのケンカを始めていた。
「こいつぅッ‼」
「この! この!」
さすがに、クワンもケンカで剣を振るうことはない。というより、自分が魔法剣士の装備をしていることすら、忘れているようだ。女の子同士のケンカなので、つかみ合いとなり、髪の毛を引っ張ったりする程度だけれど、猿族の村で、犬族のクワンがケンカするのは分が悪かった。周りに集まった野次馬はすべて猿族で、一つ間違えば袋叩きだ。
いざとなったら、クワンを抱えて脱出か……とまで考えたとき「止めろ!」という声とともに、一瞬にして猿族の興奮が収まった。村長が現れたのだ。
「このような所業をしておいて、さっきの話はなかったこと……でいいな? さっさと村を出ていってもらおう」
村長はそう言い切った。なるほど、少女にけしかけてケンカをさせたのは、村長のようだ。冒険者を無碍に追い払ったら契約違反。だから不祥事をおこさせて、追いだそうとした……。
「強制退去……。でも、それだけでいいんですか?」
「…………何?」
「ケンカ両成敗。それが一般的な解決の仕方だろ? ボクたちが追放となった……。じゃあ、そっちの猿族の少女はどうなんだ?」
猿族の少女も慌てている。恐らく、村長から命じれれてケンカを吹っかけたのだろうけれど、それで処罰をうけたら話がちがう、となる。でも……ボクの発言で、猿族にも動揺が広がっていた。
そう、この程度の屁理屈、転生者として見た目より長い人生を歩んだ者なら、造作もないことだ。
「ボクたちは正式に、冒険者募集をだすためにこの村に来た。それを、もめごとの理由も聞かず、一方的にこちらだけを強制退去するなんて、説明がつくと思っているのかい?」
ボクがギルドに訴えると、問題になると相手も気づいたようだ。
「無罪放免にしろ、と?」
「そうじゃない。でも、ボクたちが追放になるなら、彼女だってそうだろ? なら、行き場を失った彼女が、ボクのパーティーに参加するのも悪くないかなって……」
ケンカを吹っかけてきた少女が、先ほど以上の鋭さで、挑みかかってきそうな目になっている。
しかし村長も、伊達にその地位についているわけではなさそうだ。損得を考えた結果、結論をだしだ。「分かった。三ヶ月だけ、キキリを貸し出そう」
「アドガル様⁈」
少女も驚愕し、呆然として村長のことをみつめるが、その村長と目をみかわすと、何だか納得した様子だ。
「分かった。三ヶ月だけ、パーティーに参加してあげる」
その日は遅くなったこともあり、猿族の村に泊まることとなった。
「さっきの村長、変だったじゃん?」
クワンは宿屋でくつろぐと、そう首をかしげる。
「変だと気づけたなら、合格だよ。要するに、ボクたちを嵌めて追いだそうとしたら失敗して、次の手を打とうとしたのさ」
「次の手?」
そのとき、宿屋の女将がボクを呼びに来た。キキリから話がある、というので、何ごとかとボク一人でついていく。
部屋へと通された。ボクたちが宿泊するスイートルームより、断然広くて快適そうな部屋だ。和室で、すでに夜でもあり、布団が一組敷かれている。
待っているよう伝えられたけれど、そこにキキリの姿はない。一人でポツンと、布団の敷かれた部屋で待つのも、何だか居心地が悪い。しかも、これから少女と二人きりで会うのだ。
そのときふと、障子がひかれた窓の外から、人の気配がするのに気づく。歌っているような声がするのだ。
ボクも気になって、恐る恐る障子をひき開けた。すると、外には露天風呂が設えられていて、そこに少女、キキリが入浴する姿があった。
「きゃーーーーッ‼」
キキリも慌てて、全裸のその姿を隠すように、湯船に体を沈める。むしろ、ボクが障子を開けるよう、窓の近くで歌っていたようなのだ。
ハニートラップ? 美しい裸体をみた代償は、次の手というより、奥の手を打たれて絶体絶命、という感じだった。
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