第2話 パーティー

2.パーティー × 犬


 ボクはこの異世界に転生してきた。でも、転生といっても誰かの腹を借りて誕生したわけではない。

 乳幼児の姿でカプセルに入れられ、送りこまれたのだ。

 そして、ある老夫婦に拾われた。老夫婦には子供がいたけれど、夭折したこともあって、ボクを自分の子供として育ててくれた。愛情深かった……というほどではないし、貧しかったけれど、すくすくと成長した。

 ただ一点、気になることといえば、ボクの名前だ。正直、名付けに対してあまり執着がない……。どうでもいい、とすら考えていたようで、飼い犬はワン太郎、鶏はコッコ太郎……といった風に、鳴き声に『太郎』とつけるのがクセだ。ボクはピーピー泣いていたから、P太郎――。

 大きくなったボクが冒険者として登録するとき、受付嬢から奇異な目をむけられたのには、閉口した。

 この世界の冒険者は、基本的に鬼を退治する。鬼は先にも示したように精霊に近い存在だ。この世の歪み、不平、不満、怒り、悲しみ……。そういったものが鬼として実体化する。

 鬼は少女の形をとり、膨大な魔力とともに、魔法を駆使して人々を苦しめる。それは負のエネルギーにより誕生した存在であり、人間への恨み、つらみ、怒りといったものを向けてくるのだから、退治するしかない。

 人々を守るために、冒険者は鬼を退治する。ただ、ふつうに倒すだけではダメで、怪我や心身の疲労なら、回復するとまた人を襲うようになる。

 だから、鬼を昇天させる。女性型をとる鬼とエッチをして、気持ちよくさせて幸福にする。だから冒険者は、男がなるものと相場が決まっていた。


 エッチをするのが退治の方法……といっても、まずは鬼を倒さないといけない。そのためには強大な魔法使いである鬼に、実力で上回る必要があった。そこで、冒険者はパーティーを組む。

 ただ、冒険者は人間がなるものだけれど、それ以外のメンバーはケモノ族から択ぶのが一般的だ。人間自体の数が減っていることもあるけれど、人間同士だと、鬼の負のエネルギーに中てられて諍い、仲違いなど、よくないことが起こる、とされているからでもあった。

 そこで、冒険者として登録した者は、ケモノ族の村をまわって協力者を募集することとなる。

 ボクはまず、定番の犬族の村に向かった。

 ケモノ族といっても、動物種ごとに別れており、それぞれが人族とは独立して暮らしを営む。

 かつて、生物が混沌のスープに投げこまれ、人間と動物が融合して誕生した……とされるのがケモノ族。人間と姿は似るけれど、まったくの別種。生活様式もそうで、犬族は夜行性。昼に活動する人族とは、相いれない部分も多かった。

 だから、ボクが訪ねたのも夜。土を盛り上げただけの、ドーム型の家で、村長と対面していた。

「無理ですな」

 開口一番、そうダメ出しを食らった。


「鬼との戦いは、それこそ命がけ。それなりのものをいただかないと、ついていく者などおりません」

 丁寧な言葉をつかっているけれど、要するに冒険者としての実績も、格もない相手なら、より高い賃金を約束しないと誰もついていかないぞ、と言っている。

 その通りなのだけれど、ちまちま魔獣討伐をしてレベルを上げ、お金を稼ぐ……という過程を省こうとする転生者の事情など、話すわけにもいかない。

 とにかく募集だけはかけてもらって、その間は手持無沙汰なので、犬族の村をぶらぶら歩く。

 まだ夜の帳が降りたころだけれど、犬族の村はこれからが活動するタイミングなので、町にはケモノ耳を生やした犬族が多く出歩く。

 人族は白い目でみられ、後ろ指をさされるのが居心地悪く、村から出ようかと考え始めたとき、角を曲がったところで、激しく誰かと衝突した。

「いった~いッ!」

 尻もちをついたのは、口にパンを銜えた犬族の少女。それは犬族の学校の制服だろうか……? 明るい白を基調とした制服に、めくれ上がったスカートの中も、純白の下着……。

 何だかラノベにありがちな、転校生とのファーストコンタクトのようだ。

 でも、どうやら目を怒らせ、こちらを睨みつける少女の立場は、ちょっとちがっていた。その怒りがふっと解け「あなた……、冒険者?」

「え? あ、うん……。パーティーのメンバーを募集しに……」

「はい! はい! 私行く! パーティーのメンバーになる! 行こう‼」

 そういうと、ボクの手をつかんで大股で歩きだし、そのまま村を出てしまった。


「私、犬族のクワン。よろしく!」

「よろしく……はいいけど、キミは冒険者なの?」

 ケモノ族も、冒険者は登録制で、未登録の者を冒険者として雇うことは、協定違反とされていた。

「登録済み。でも、親には内緒で登録したから、それで大喧嘩して……」

「家出?」

「えへへへ……」

 クワンは頭を掻く。学生の、しかも女の子が冒険者登録なんてしたら、それは親も怒るだろう。そして家に居づらくなり、パンを銜えて家をとび出したところで、ボクに出会ったのだ。

 忙しい朝に、寝坊しそうで「遅刻、遅刻……」と走るより、家出をしようと家を飛びだしてきた少女の方がパンを銜えている必然性はあるけれど、それはより「深刻、深刻……」と唱えているようなものだ。

「どうして、そうまでして冒険者になりたいの?」

「私、憧れている冒険者がいて、その人に近づくために、自分も冒険者になりたかったの」

 アイドルとお近づきになりたいから、自分もアイドルに……という発想か? 不純だけれど、そんな動機もあり……?

「お近づきになるのに、ボクとパーティーを組んでいいの?」

「経験値がなければ、その人のパーティーに参加するなんて絶対にムリだし、まずは駆けだし冒険者のパーティーだろうと、私の経験値を上げるためには参加してあげてもいいってね!」

 踏み台にします、と言っている。もっとも、不純な動機で冒険者になりたい……という以上、手段など択んではいられないのだろう。でも、これはパーティーメンバーを募集するボクとお互い様で、利害としては一致している。

「ちなみに、装備は? まさか、その恰好で戦うわけじゃないよね?」

「そういうのは、メンバーを募集する側が準備してくれるんじゃないの?」

 どうやら雇用主として、制服を支給するのも福利厚生として必要なようだ。ただ学生服姿のクワンをみていると、まるでバイト気分で冒険者になろううとしているような気もして、甚だ不安でもある。

 そして、ボクの冒険者生活は、借金から始まるのが確実となりそうだった。


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