月涙

「やぁやぁ、よく来てくれたね」

「呼び出したの間違いだろ」


 いつもの転移先の部屋。

 そこで仕事を終えたのか、完全に溶けた様子のテルミが待ち構えていた。

 いつもの覇気が全くない調子で、机に項垂れながらこっちに向かって手を振ってくる。

 シグレさんがいない。

 さては全部任せっきりにしたな、この人。


「呼び出したのは他でもない、昨日言っていた件なんだけどね」

「言ってた。あれでしょ、あにぃとレベル上げして来いっつぅ」


 妹は自分の席に座った。

 おれは……まぁ適当に地べたにでも座っていよう。

 聖国の席に座るとか嫌だし。


「そそっ。あれ今日からでお願い」

「はぁ? こちとらまだ準備も終えてないんだけど」


 テルミは全然反省していない様子で、「ごめんねぇ~」と手を振っている。

 あっ、なんかピシッて堪忍袋の緒が切れる音が聞こえたような気がした。

 分かりみしかないので無視。


「いやホントにごめんって! けどさ、ハルピュイアの襲撃も会ったんだから早めに行動しとかないとって」

「……仕方ないか」

「ついでに魔族の国にも行ってきて。頼んでいた兵器ができたって連絡あってね」


 テルミの言い分も一理ある。

 それはそれとしてさ、おれは挙手をする。

 するとテルミに「はい、バリキチ君!」と許可をもらったのでずっと気になった事を聞いてみる。


「純粋に兵器って何? なんか造ろうとしているのか?」

「あー、それはねー」


 テルミがチラッと妹に視線を送った。

 対して妹は首を横に振る。


「六魔王に対抗しての兵器なんだけどね! ずっと各国で話し合っていたんだ!」

「テルミ!」

「テル!?」


 妹とヤーティの驚き具合から察するに、本当は沈黙しようとしていたんだろうな。

 それをこの人は平然と暴露したわけだけど。

 ……マジで大丈夫かこの国。

 こんな人が女王で。

 他の国からカモにされていない?


「まっ、ほぼほぼ無駄だって分かったんだけどね。バリキチが今付けている宝石。【マジックキリング】っていうんだけどね。マナを枯渇させる宝石を利用しようと思ったんだけどね」


 えっ……、これマナを枯渇させる宝石?

 じゃあ何か、今おれが呪力を身に纏っているこの状態って、本当に異常だっていうことか!?

 てっきり呪力が強すぎるから筋力を封じてもダメだと思っていたんだけど。

 妹の言っていたことって本当……。

 あれ?

 妹さん、なんてもの兄に付けさせているの? 別にいいけどさ。

 テルミが叫ぶ。


「その状態でハルピュイアと戦えるとか、もうほんとさ! ふざけんなろくまおぉぉぉぉう!! ってなるでしょ!」


 弱まっているから、身に纏っている状態で済んでいる。

 じゃあもし、最初の時のように弱まっていない状態だったとしたら……。

 呪力垂れ流し状態じゃん。

 そりゃ悪意を感知する結界に引っかかるわ。

 あの時のおれって、学校に本物のマシンガンを持ち込み、乱射しながら誰も殺す気はないって言っていたようなものか。

 悪意しかないわ。


「はい! そんなわけで効きませんでしたって、お詫びも兼ねてサクッチ行ってきて! マナ測定とかしてくれると嬉しいなって。だからほらっ、姉妹で楽しんで!」


「……だから姉妹じゃないっての」


 妹は席を立った。テルミから何か麻袋を投げ渡され、転移陣一歩手前で立ち止まった。


「はい、バリキチも。今だヤーティ! 剛速球だ!」


 こいつらの金の渡し方癖ありすぎじゃないか!?

 さぁこいとばかりに構えていたら、ヤーティから普通に渡された。

 ……ごめん、それはそれでつまらないわ。

 中身は千ガウル。

 銅は確か一と十。

 銀は百と千。

 ちなみに金は万。

 桁が小さい方は悪魔。

 大きい方は天使。

 金には麒麟がプリントされている。

 千ガウルって軽く稼げなかったっけ?


「子どもの内から大金を渡したらどうなるか!」

「魔族の成人十五歳なんだが?」

「ついでに国滅ぼす魔王になりました。つってね」


 妹よ。

 その冗談はおれが駄々っ子に聞こえるからやめてくれ。

 テルミも口笛吹いて誤魔化としている。

 まったく音出ていないけど。

 なんかもう、おれも聖国に汚染されたような気がする。

 こんなに誰かと会話すること自体がまずなかったからな。

 おれはため息ひとつ溢して、近くにいるヤーティに話しかける。


「これしか作れなかったけど、やるよヤーティ」


 おれはヤーティに小瓶を渡しておく。

 何なのかさっぱりわかっていないのだろう。

 小瓶を適当に眺めていた。


「【月(ルナ)涙(ドロップ)】だ」

「ええぇぇぇ!!」


 テルミの方が大声出したし。

 ヤーティはその名を聞いたからだろう。

 小瓶を太陽にかざした。

 陽光を受けて、中の液体が静かに銀色へと輝いた。

 ヤーティは少しだけ小瓶の中身を自分の剣に垂らす。

 するとその一部分だけ、淡く銀色に輝きだした。


「多分希少だろうし、おれは自分で作れるからやるよ」


【月涙】は、まぁ単純に邪を沈静化させる効果を持つ雫のことだ。

 太陽克服のために試行錯誤をしていたら、副産物で作れるようになっていた。

 邪を増幅させたり、抑制させたりする狂気月のことだ。

 この【月涙】は月の抑制の光を存分に浴びたことで、沈静化させる性質を持つ水に変わったとされる。


 なお、普通は【月光の果て】っていうそこらのプレイヤーじゃ歯が立たないほどの、超高難易度ダンジョンで手に入るアイテムである。


「神聖術にはよく使うと思うし、旅となれば妹にいくらでもあげられるからな。だから先にヤーティにやる」

「使うなんてもんじゃねぇよ! ありがてぇ!」


 ヤーティは剣に付けられた神彩の宝玉に触れると、速攻【月涙】を倉庫にしまっていた。

 ……なんかみんなその宝玉武器につけるよな。

 おれの場合、武器を持っていないから髪飾りにつけているわけだけど。

 おれもテルミとヤーティに一言二言旅立ちの挨拶を交わし、妹と共に転移陣に足を踏み入れた。

 光に巻き込まれて消える直前、妹は「なんか忘れてるような」と口にしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る