暗き黄昏

「……ハルピュイア族ですか」


本来は真っ白だったのだろうか。

ところどころが茶色く変色した二対の翼腕。

視線を下ろせば、魔族からは鳥の足が生えていた。

足元には赤色に輝く、いくつもの術式が重なった大掛かりな魔法陣が描かれていた。

ハルピュイア族と呼ばれた男は、おれ達の存在を視認すると、腹立たしそうに翼腕を振った。

シグレさんの問いにハルピュイアは攻撃という形で返事する。

翼を広げたかと思えば、宙に数十もの羽根が緩やかに舞っていった。


「行けっ」


ハルピュイアの号令。

羽根群は意志を持ったかのように、その先端をおれたちの方へと向けた。

これはハルピュイアの妖術か。

よく見かける面白みもな――ヒュン! っと、飛んできた羽根のひとつがおれの頬を掠め取った。

……生暖かい液体が頬を伝っていく。

赤。

恐る恐る触れた手は真っ赤に濡れていた。

見え……なかった?


「させません」


なおも迫りくる羽根の猛追。

シグレさんが先頭に飛び出し、手元を輝かせた。

残光収まりきらぬ間に現れたのは、神彩の宝玉がぶら下がる銀の和弓。

弾く弦の音が聞こえた時には、既に数十本もの光矢が放たれていた。

これは確か、【アローレイン】。

弓で放つ武闘術のひとつだ。

確か剣や斧、弓や拳などの武器を介した力が武闘術ぶとうじゅつだったはず。

マナの変換先は気力。

矢は寸分たがわず標的の羽根に炸裂。

甲高い金属の衝突音の連続。

ぶつかり合うたびに金槌で打ったかのような火花が生じていく。


「……なっ」


ハルピュイアは声を詰まらせていた。

その顔を驚愕で染めている。

それはおれも同じだった。

なんせ数百もあった羽根が、たった一本の矢で全て撃ち落とされたのだから。

【アローレイン】は分散する上、狙い通りの場所に当たらないのが常だったはず。

それが全弾狙った場所に飛んでいくなんてありえない……。

これが、【雨光矢シグレさん】。


「それなり、といったところですね。無駄が多いですが」

「クッ!」


シグレさんの言葉通り、その先は同じだった。

同じように数百もの羽根が、たった一本の矢で相殺された。

シグレさんにとって、矢は三本すら必要ないのか。


「……同じじゃない」


ハルピュイアは魔法陣の方へと駆け出した。

何やら手をかざすと、描かれた魔法陣がよりいっそう鈍く光り輝いた。


「これは」


シグレさんの身体が崩れそうになった?

駆け寄ろうとしたけど、シグレさんに手で制止された。

何かをされた節は無い。

となれば、あの魔法陣に何か秘密がある?


「あの魔法陣が何かわかりますか?」


シグレさんは足元がおぼつかないながらも、ハッキリとした声音で言う。


「霊脈のマナを吸引、国に繋げる役割を持つ魔法陣です。しかしなぜ」


あの魔法陣がクロステイルにマナを供給しているのか。

考える暇も与えてくれないハルピュイア。

羽根での攻撃は諦めたのか、今度は斬撃性のある突風を飛ばしてくる。

シグレさん、手元がかなりブレている。

矢を番えることもままならない様子だ。

けど風なら!

おれはシグレさんを庇うように前に出る。

飛んできた突風を、腕で振り払う形でかき消した。

よしっ、火の魔精霊の経験が活きている。

呪力を纏ったこの身体なら、相手の風に対抗できる。


「多分ですけどあの魔法陣。霊脈の外にあるマナを吸引するよう、描き換えられたんじゃないですか?」

「あなたも……そう思いますか」


そりゃな。

こんな分かりやすくシグレさんが弱っていたら誰でもわかる。

国ひとつ分のマナを供給できるほど強烈な吸引作用のある魔法陣。

こんなのに吸引されるとなれば、一分も持たずにマナが枯渇するに決まっている。

それでもシグレさんが喋ることができているのは、持っているマナが一般と比べて膨大だからだろう。


「よしっ! じゃあ交代です!」


元々、あのハルピュイアを何とかする役割はシグレさんじゃない。

おれだ。

おれの役割だ。

それにあの雑魚を倒せない時点で、妹を助けるなんて夢のまた夢だ。

それどころか妹に笑われちまう。

六魔王も堕ちたなって。

あいつらにカウントされるのは嫌だけどこっちだってプライドはあるんだ。


土壁より前におれは歩いていく。

後ろへと振り向き、シグレさんを庇うように【土符】を発動。

ハルピュイアの攻撃を受けてなおびくともしない土壁が、天井に向かって盛り上がっていく。

未だに塞がっていない隙間。

シグレさんが力なく倒れ伏していた。


「ひとつ、忠告を……。あなたはまだ、自身の、身体に、馴染んでいない……」


おれの耳に届けられた、シグレさんの擦れた言葉。

土壁は最後、天井すら押しつぶす勢いで塞がった。

これでハルピュイアに手出しをするすべはない。

おれを倒さない限りは。

今度こそおれは、一対一の形でハルピュイアと対峙する。

指に五枚の呪符を作り出し、突きつけるように向けた。


「亀裂が入った陰と陽。穢れに穢れた黄泉の瘴気。さぁ厄災の時間だ! 暗き黄昏の下、今宵おれの糧となれ!」

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