疑惑

置いてきてよかったのか?

いちおう女王だろ、あれ。

倒されたら終わりなんじゃないのか?

城の外に出てきたおれとシグレさん。

テルミのことを気にも留めていない様子で走り出す。


「ここクロステイルの西側に霊脈のある山があります。少し急ぎましょうか」


逃げられる可能性の方がかなり高いからな。

なんせ導き手たちはプレイヤーの中で最上級の存在だ。

六魔王が異常すぎるから弱そうに見えるのであって。

本来なら不死王のような、二つ名で王の冠を持つ魔物ですら片手間に倒してしまう存在だ。

そんな奴らと戦いあったところで、まず勝ち目はない。

だからこそ逃げるしか選択肢はないと思――。


「そっちは東ですよ! 西はこっちです!」


おっ、とっ、とっ。

……えっ?

おれの行く方向とは逆側を指さすシグレさん。

……えっ、マジ?

正面が北だから左のこっちが西だと思うんだけど……。

方角図的にはそうだよな?

シグレさんは妙に何か含んでいそうな目で、足を西側? に向ける。


「道案内をしますのでついて来てください」

「はい……すみませんでした」


方向音痴ですいませんでした。

北は上ということしか覚えていない魔族ですいませんでした。

こうしておれはシグレさんに導かれるまま、超速で道を進んでいく。

横を見れば自分でも驚くほど、広がる景色は移り変わりしていく。

建物は線のように靡くのみで、目に留まることはなかった。

考える間もなく、おれとシグレさんはいつの間にか国を飛び出していた。

速度を維持したまま、シグレさんが話しかけてくる。


「何日か前から国に備え付けられている魔法具すべてに異常が発生していました」

「リーフが言っていたな。霊脈のマナを引っ張ってきて魔法具を使用しているって」


生物は死後、体内に残ったマナは外部へと放出する。

これが厄介。

この時に放出されるマナは、いうなれば魔力や霊力などの力に近い性質を持っている。

少量であれば問題ないだろう。

しかしもし、昨日の日のようにゴブリンを大量に一掃したらどうなるか。

その答えは赤潮のように停滞して、生態系を狂わせてしまう恐れがある。

霊脈とはそんなマナたちをひとつに纏め、純化、つまりはマナの形に戻すという役割を持っている。

この役割のおかげで、どれだけ魔物が葬り去られようとも魔妖精が出現しないようになっている。

簡単に言えば洪水を起こさないための地下にある施設だな。

あれと同じ。

……何回かシャワーが水に変わっていたのはその為か。

安宿の時は普通だと思っていたけど、考えてみたらそうだよな。

城のシャワーが不具合を起こすなんて早々ない。


「実を言うと気が付いていました」

「……。まぁ、そうですよね」


シグレさんが衝撃の事実めいた言葉を口にしているけど、おれからすれば「へぇ~そう」としか言いようがない。

むしろリーフでも知っている事実に、シグレさんが気づいていないわけがない。


「正直に申し上げますとバリル。私たちはあなたを黒幕だと思っておりました」


やっぱ信用されていなかったか。

それだけはなんとなく分かっていた。

逆の立場なら、同じようにおれも信用しないから。

というかおれだったら、試すこともせずに追放していたかもしれない。だって、


「おれだけじゃなく、クソ共全般に言えることです。大概バカなので正々堂々、正面から殴り込みますよ」


こんな囮戦法を取らずとも、あいつらなら真向から対抗するだろうからな。

そこだけはなんとなくわかる。

というかおれの場合がそれだから。正門から堂々と入って開戦の狼煙をあげるから。

警戒をする必要ないからな。


シグレさんがどんな顔をしているのかは分からない。

仕草も走りながらのせいか、ほとんど分からない。

けど少し、シグレさんの走る速度が落ちたような気がした。


「これは私の結論です。バリル、あなたは信頼に足る人だと思います。あなたはサクヤにだけじゃなく、私たちにも嘘をつかなかった」

「面白い物を面白くない。面白くないものを面白いと言えるほど、おれは器用じゃありませんから」


日常面に関して言えば。

本音で殴り合った方が速いからな。

ついたとしても顔に出るから結局できないんだよな。

目が言葉を語りすぎる。

自分でも治さないとって思っているんだけどな。


「なるほど、確かにあなたはサクヤの【兄】なのでしょうね」


気のせいだろうか。

シグレさんの言葉に笑みが乗ったような気がした。

そうか?

あいつは割と嘘をつくの上手い方だと思うけどな。

顔にも出ていないと思うし。

どこらへんに妹の兄要素を感じたのかさっぱりだ。


「そろそろつきます。準備をしておくように」


シグレさんがそう言うと、途端に空気が変わったような気がした。

気づけばおれの目の前には、圧倒するほど豪快な山が聳えていた。

山に渦巻く不吉な暗雲。

今日に限って、まるで邪竜でも潜んでいるかのように不気味に見えた。

舌から水分が無くなってくる。

鼓動がバクバクと動いているのを感じて、おれは肺いっぱいに空気を取り込んだ。

もしかすれば、これがおれにとって初めて本格的な戦いになるのかもしれない。

そして、これからを左右する戦いになる。

空気を吐き出しながら、自分に大丈夫と言い聞かせる。

においは分からない。

けれど、冷たい風が顔に何度もぶつかってくる。

……よしっ、覚悟を決めた。

おれは自分の意志で、黒幕が潜んでいるだろう霊脈に足を踏み出した。


「確認です。何が起こるか分からないので、被害の出る呪術の使用は全て禁止です」

「了解」


整備された山道を通り、ついた先は頑丈な鉄の門。

それが完全に開き切った状態で待っていた。

何とも何か待ち構えていますよっていう予感が伝わってくる。

聞いた話ではここら一帯、魔法具の光で照らしているんだっけか?

暗視の上で目視でしかないけど、消えているように見える。

一歩、おれとシグレさんは侵入する。

漂うのは泥がへばりついてくるかのような風。

舞い散る土煙が鼻に入ってきてうっとおしい。

味もどことなく湿っぽい。

そこには果たして、一匹の魔族がいた。

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