黒幕の居場所
テルミに呼ばれたおれたちは、転移部屋に集合していた。
シグレさんはもう戻ってきていたようで、凛とした佇まいでテルミの隣に仕えていた。
テルミさんを十二時にして、右回りに四時にシグレさん、七時に妹、九時にヤーティ。
決まった席に導き手たちは腰を下ろす。
おれは……壁のシミにでもなっておくか。
早速といった面持ちでシグレさんは銀色の弓に付けられた宝玉へと触れる。
机の上に万遍なく地図が広がっていく。
遅れて十二の席の正面に同じ小さい地図が投映された。
「クロステイルおよそ北東の山脈におおよそ百匹ほどのゴブリンと魔精霊が混同して待機していました。こちらは既に対処済みですが、南東、北西、南西の方角にも同数待機しているとの報告がありました」
シグレさんが再び手を動かすと、地図に分かりやすく大きな赤丸が出現した。
もしその位置に百ほどの数がいるのだとしたら、正しく百鬼夜行だ。
出現数が異常すぎる。
「事前に決めてたんだけど、ゴブと魔妖精の対処はサクッチと魔勇で」
ヤーティのあだ名魔勇なんだ……。
テルミの言葉に、ヤーティは「おうッ」と拳を突き出した。
妹の方は話を聞き終えると、早々に席を立っていた。
シグレさんは止めようともしていない。
けど妹の横姿はどこか無理しているように見えて。
「妹!」
着々と転移陣の方へと向かって行く妹に、おれは呼びかけていた。
「なに?」
そっけない態度で返事をする妹。
こっちを見てすらいない。
こういう時に限ってなんて声を掛ければいいか分からない。
今の妹は普段と違ってどこか違う。
戦闘前と考えれば当たり前なのかもしれない。
妹の民に手を振る姿を見て、ひとつ思ったことがある。
ああ、頼りにされているんだなと。
テルミも言っていたように、導き手はこの国に無くてはならない存在なのだと。
おれのような部外者と違って、何か特別な思いを抱いているんだと思う。
だけど、
「本命はこっちに任せろ!」
おれは自分の胸をドンと叩く……。
違う!
そうだけどそうじゃない!
おれが言いたいのはそうじゃない!
ゴブリン相手に頑張れは流石に舐めすぎだし。
困ったらとか、おれがついていったところで過剰戦力が過ぎるし。
心配ごとはないかもしれない。
……変な所でビビりだ、おれ。
妹は特に何か答えるわけでもなく、ヤーティと共に転移陣にて姿を消していった。
あー、やっぱ主人公より悪役がいい。
「いいんですか?」
妹とヤーティがいなくなったこの場所で、おれはシグレさんとテルミに声をかけていた。
多分あれらは囮。
本命はまた別に潜んでいるはず。
顔色一つ変えず、シグレさんは頷いた。
「構いません。あなたの言う通り、本命はこちらで叩けばいいのですから」
その本命がどこにいるか分からないんだけどな。
それさえ分かればこっちも手出しできるんだけど。
突如として浮かんだ地図のホログラムの輪郭が徐々にぼやけてきた。
天井から吊るされたシャンデリアは、二、三度ぱちっぱちっと光ったのを最後にぱったりと辺りは暗闇に包まれた。
これは……停電ならぬ停マナ? なんでいきなり。
慌てた様子も無くテルミが口を開く。
「バリキチ的にはどう? 囮に釣られて導き手が二人も国から居なくなった絶好の機会。襲撃する側としてどう考える?」
暗闇の中でテルミが笑っている?
よく分からないけど、襲われた時じゃなくて襲撃側としてか。
暗闇で、相手はこっちと違って暗視無し。
女王とその近くにはひとりしかおらず、ましてや実力はこっちの方が圧倒的に上。
そんなの。
「本命を叩くに決まっている」
誰もが行きつく答えだろ。
あくまで個人的な主観だけど。
そこまでお膳立てされれば狙いに行かないわけがない。
けどどうだろう。
「どうしても勝てないなら、逃げるという手段も取るな」
おれもよくやることだけど、正直面倒くさいな、ってなった時は囮に任せてその場から撤退する。
これは勝てない時もそうするんじゃないか?
だって女王の近くにいる人もまた導き手なわけじゃん?
簡単に勝てる存在じゃないだろ。
「では、今が絶好の機会であると認めるんですね」
「どっちの意味を取ってもな。けどどうするんだ? 多分マナの歪みが生じている場所を特定しない限りは、無限湧きすると思うぞ。魔精霊共」
精霊は倒しても精霊界に還って休養するだけ。
十分程度で復活して、また元の場所に戻ってくる。
これは妖精にも同じことが言える。
精霊が肉体を持ったような存在だからな。
いくら妹たちが叩いたところで、いずれ消耗するのが目に見えている。
やっぱり大本を潰さないと。
「霊脈ですね」
シグレさんがぽつりと呟いた。
……霊脈?
それってあの霊脈か?
シグレさんはテルミの傍を離れた。
おれの手を取ってくると、そのまま転移陣に向かって行く。
シグレさんの手……少し固い。
それでいて柔らかくて……じゃなくて!
「テルミは?」
「こちらが先に本命を叩けば問題ないでしょう」
それは結果論のような……。
転移陣から光が漏れていく。
景色が変わる直前に見えたテルミは、満面の笑みでこちらに手を振っていた。
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