火の魔精霊回収後

「どう? 感覚掴めた」


 出来るだけ服の部分を見ないように、おれはリーフの顔を覗き込む。

 もちろん水分補給のためにも、倉庫から出した抹茶ミルクを渡しておく。

 リーフは瓶のふたを開けると、一気で抹茶ミルクを飲み干した。


「できれば甘くないのをもう一本」


 甘いの苦手なのか?

 それとも運動後は甘いの苦手なタイプか?

 玄米茶を渡すとこれまた一気で飲み干していった。


「きみお茶好きだね?」

「巫女といえばお茶だろ?」


 豆茶だけはどうしても飲めないんだけどな、このキャラ。

 なんかダメージ食うんだよな。

 節分とか知らんし。

 一息ついた後、リーフは天に拳を伸ばしながら開閉を繰り返す。

 そして不思議そうに首を傾げた。


「……さっきは確かに」

「おれも見えたから大丈夫だ。そして」

「その札は何」


 警戒心が上がっているのか、嫌そうな顔でリーフはおれの作った札を指さした。

 中央に目が開眼している特殊な符。


「【 びょうしき】だよ」

「へぇー! それは知ってる!」


 マジで?

 まぁ呪術というより呪禁師とか、陰陽道の方が近いもんなこれ。

 リーフはおれの符を興味深そうに見る。


「確か病気にかかっているかどうか分かるんだよね!」

「当たり。それしか分からない欠陥品だけど」

「きみはバラまくだけでほっときそうだもんね」


 よくお分かりで。

 解呪するより解析して上からさらに呪いかけた方が速いし。

 正しく呪いの重ね掛け。

 おれは【病識の符】をリーフに掲げて念じてみる。


「おー! なんか、黒い灰に変わったね」


 リーフは落ちた黒い灰を見つめてそう言った。


「当たりだな」

「ほんとに!? なら!」

「言っておくけどおれは治せないからな」


 他にも病気にかかっていることが分かるのみで、症状は分からないし、どこが異常なのかも分からない。

 あくまで病か呪い、どっちにかかっているか分かる程度。

 だから欠陥品なんだよな。

 今回は黒い灰に変わったので病。


「リーフは病にかかっている。……それだけ分かった」

「きみって痒い所には手が届くのにそのまま掻くことはできない人だよね」


 リーフはその場で体を伸ばす。

 破邪や息災効果があったらおれの方が危ない。

 だって厄災のひとりなんだから。

 邪悪なのはこっちだ。


「そこの聖国で治せるんだからそっち行けよ」

「診療費高すぎて手を出せないよ!」

「手を伸ばせたんだから良いだろ」


 スタート地点に戻されただけって見方もできるけどな。

 改めてリーフが自分の手を眺め見る。

 ぐっと拳を力強く握り、「フフッ」とニヤケた。


「魔精霊の件もあるし。一度報告に戻ろうか」


 そうだな、魔精霊の報告に……。

 ……やばい。完っっっっっ全に忘れていた!

 そうだ!

 そうだよ!

 魔精霊の発生っておかしいんだから報告案件じゃないかっ!

 火の魔精霊と戦ったばかりなのに、もう心身ともにが冷え切った!


「ラナ」

「ひゃい! なに……か?」

「多分今回の件とラナは関係ないと思うよ」


 えっ……本当に?

 おれ妹に殴られない?

 殺されない?

 滅されない?

 魔精霊の件に本当に関わっていない!?

 リーフの肩を掴みかからんばかりの勢いで問いかける!


「どれだけ必死なのさ。救おうとしている妹に殺されそうって……」


 だってあいつ不死王殺しだぞ!

 基本アンデッド即滅だぞ!

 おれを除いた全アンデッドプレイヤーが、ダントツで会いたくない人物に挙げているからな!


「えーっとね、ゴブリンの多さは今に始まったことじゃないから」

「今に始まったことじゃない?」

「二、三週間くらい前だったと思うよ? それでいくら何でもおかしいって国が動いていたし」


 リーフは顎下に指を当てて、思案気味にそう答えた。

 な、なんだぁ~。

 それならよかった。

 じゃああれか。

 妹が明日誰か帰ってくるとか言っていたような気がするし。

 多分その人が国の重役とかだろうな。

 とりあえずおれのせいじゃなさそうで安心した。


「他に心配ごととかは大丈夫そう?」


 まだ暑いだろうに。

 リーフはフードを深く被り込んだ。

 首元の紐をきつめに締めて固定している。

 ゴブリンの死体が残っているままだけど、リーフの反応からして持っていく価値すらないんだろうな。

 妖精や精霊の本体は魂にある。

 肉体を殺したところで死にはしない。

 いずれゴブリンの死体も自然と消滅していくことだろう。


 魔族の件についても市民は知らないみたいだろうし。

 変に聞くこともないか。

 おれは「もう大丈夫だ」と告げ、リーフと共にクロステイルを目指した。


「魔物のなんだけどね。倒した奴は自動的に冒険者カードに刻まれる魔法がかかっているんだよ」


 おもむろに冒険者カード入りのパスケースを見せてくるリーフ。

 確かにゴブリン討伐数十匹と記されている。

 なるほどな。

 わざわざ討伐の証とかを持っていく必要はないと。

 おれは魔精霊を四匹も倒しているから、駆け出しの身と考えるなら上々の成果だよな。

 なんて希望を持って、おれは自分の冒険者カードを取り出した。

 ……あれ?


「どうしたのラナ?」

「なぁ、リーフ。依頼以外の魔物を倒した場合でも記録されるのか?」

「そりゃあね。じゃなきゃただ働きになるし――」

「おれの冒険者カード何にも書かれていないんですけど」


 リーフの足が止まった。

 くるりと踵を返し、おれの冒険者カードを横から眺めてきた。

 ……ごめん、汗のせいか結構臭う。

 美少女の汗はフローラルの香りがする。

 これやっぱり迷信だったか。


「……ほんとだ。何か変なことした? ラナ」

「何にもしていない。精々魂……込めて倒したくらいで」


 まさか魂を抜いたから?

 いやいやまさかな。確かに氷に閉じ込めた魔精霊からも魂を引っこ抜いたよ?

 けど……それだとおれ以外にも魂を扱える奴がいるってことになる。

 最低十年は経っている。

 なら、おれ以外にも呪術を扱える奴がいてもおかしくはない。

 本格的にまずいか?


「冒険者カードの魔法を開発したやつを知っているか?」


 首をかしげるリーフ。

 おれの身長が低いおかげで、フード下でネコミミも一緒に下がって可愛い。

 けど今はそれどころじゃない。


「ちょっと分からないかな」


 分からない?

 じゃあ、じゃあどうするんだよこれ!

 おれ明日は野宿暮らしだよ!

 説得するかのように、リーフは指をひとつ立てた。


「だ、大丈夫だよ! 自己申告の制度があるし。虚偽判明の魔法具で判別もつく。実は割とよく起こったりするんだ、この現象。主に超越者に」


 はい撤収!

 心配して損した。

 冷静に考えてみれば陰陽道だって呪術のひとつなんだから今更だわ。

 黄泉に到達とかしなければ別になんだっていいわ。

 帰ろ帰ろ。

 別に魂だと決まったわけじゃないし。

 リーフが呆れた声音になる。


「きみってば、意外とさばさば系だよね? 呪術とかやってることはネチネチとしているのに」

「むしろ誰よりもねちっこいぞ」


 黄泉に辿り着くためにずっと呪術に執着しているからな。

 妹の言うメンヘラLV99っていうのも側だけ見ればあながち間違いじゃない。

 けど六魔王だなんだと何百回も戦いを挑まれて、その度にそいつらの国を破壊しに行くのもねぇ?

 お前随分と暇人だなって話だし。

 やりたいことを後回しにしてでも呪いたいわけじゃないからな。

 呪術を使っていても、先を見据えていればこうなるこうなる。

 さっ、もう帰ろう。

 魔精霊の報告をしないとな。

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