紫電
――ッ!
みみがッ!
鼓膜が貫かれた気がしておれは両耳を抑えた。
地面に突っ伏してリーフを見上げる。
フードの下では、リーフが息を荒くして怒った顔をしていた。
やばい麻痺した。
聴覚の鋭い吸血鬼の耳元で叫ぶとか酷くないか?
「今じゃなくてもいいじゃないか。後で教えてくれるだけでも!」
「明日からおれはもういないんだよ!」
耳がまだキーンとする。
おれは痛みを少しでも和らげるために手で擦る。
リーフはきょとんとした顔でおれを見ている。
「そうなのかい?」
「なんも言わなかったのは謝るけど。妹のために、おれが付き合ってあげられるのは今日だけなんだ」
妹のために何をすればいいのかさっぱり分からないから。
まだ何にも云われていないから。
冒険者なんてこれっきりで終わりなんてこともある。
あれを倒した後に教えることはできる。
できるけど、マナを持ってないリーフに何を教えればいいのか分からない。
「ワガママが過ぎたよ、ごめんね」
足取り強く、リーフは【呪符】を指に挟む。
相手が見えるようにおれとは反対側の方から顔を出した。
「実は私もラナと同じなんだ。私も迫害を受けるエン・ケット族のために。魔術を覚えないといけないんだ」
「それがリーフの魔術、マナを使いたい理由か」
「うん、その為にも会わなきゃいけない人たちがいるんだ。どこにいるかは分からない。けど、必ずこの世界にいる」
リーフは一度深呼吸。
闘魂を注入するかのように、自分の頬を叩く。
そして暑苦しそうなフードも脱ぎ捨てた。
二つのネコミミがぴょっこりと立つ。
「その人たちから魔術を教わって。強くなって。魔族国の有する【
「【四絶の堕天使】といえば魔族国の。この国でいう導き手みたいなもんじゃないか」
迫害を受けるエン・ケット族のために強くなりたい。
ただ黄泉の力を得て強くなりたいだけのおれとは大違いだな。
妹も、こんな感じだったのかな。
たったひとりで。導き手として国や民を守る責務に立たされて。
……やっぱ、おれはどこまで行っても襲撃する側なんだな。
わがままで。自分勝手に守備する側に守ろうとしている。
この魔精霊の発生も、おれのせいかもしれないのに。
「おれが二体を倒したタイミングで。いいな?」
「じゃあそれで」
リーフの言葉を聞くや否や、おれは氷の壁から飛び出した。
火の魔精霊たちは一斉に氷の壁からおれに目的を変える。
炎の弾はさっきと同じように遅くならないか。
ならやられる前にさっさとやる。
炎の権化すら逃がさぬ呪いの氷。
おれの放った【氷符】によって、魔精霊の一体が凍り付いた。
次に【水符】を放つと見せかけ、おれは遠くにいる火の魔精霊に接近。
火の魔精霊の本体に、呪力を纏う素手を突っ込んだ。
「吐きそうな感触だな」
呪いは霊魂に作用する。
呪力さえ纏ってしまえば、例え素手だろうが魂を握りつぶせる。
妙に固くて、それでいてゆらゆら揺れる。
まるで動物の首を握っているかのようだ。
これが魂の感触か。
握りつぶすのは止めておこう。
代わりにおれの糧となれ。
【集魂】
おれは火の魔精霊から魂を引っこ抜いた。
その瞬間、火の魔精霊の身体は僅かな残影すら残さず消えていく。
「リーフ!」
「使えるかどうか分からないけど!」
最後の一体を目標にリーフは【風符】を投げた。
符から生じた風は一瞬にして、竜がとぐろを巻くかの如く魔精霊を包み込んだ。
「えっ、うそぉ!? ほんとにでたぁ!」
リーフが驚いた声を出す。
なるほどね。
人に譲渡しても【呪符】は使えると。
少しでも多く発動できるようかなり力を抑えたと思ったんだけど。
ちょっと威力やばいな。
想定をはるかに超えてきたわ。
だけど、風の中で何かの双方が深紅に染め上がった。
竜巻は徐々に炎を纏い始め、魔精霊の雄たけびと共に霧散する。
激高した火の魔精霊から紅蓮の柱が立ち昇る。
リーフは半歩後ずさる。
「効いていない」
「ごめん! 【水符】を使え!」
もしかしてこれ、おれが倒した火の魔精霊より強い個体か?
魔精霊は一瞬にして獄炎の鎧を纏った。
飛び散る火花が草原を燃やしていく。
「【水符】はこれだね!」
リーフは残り二枚の符の中から、青色の【水符】を構えた。
だけどすぐに、リーフは回避を専念させられる羽目になる。
魔精霊がジェット機と同じ原理で推進力を上げたからだ。
一瞬にしてリーフの間合いに入った魔精霊は、隙を与えぬ勢いで拳を振るう。
そうだよな。
ケット族のリーフなら躱せるよな。
けどなんか不思議だ。
リーフの動きが妙に洗練されていくような……?
それにリーフから何か漏れ出ているような?
これは……マナか?
バチンっ!
それは一瞬の出来事だった。
ほんの一瞬、おれはリーフの体から稲妻が迸るのを幻視した。
紫の……雷……。
「やああぁぁぁぁ!!」
リーフの腕にバチバチと紫電が迸る。
手のひらに紫電が収束していく。
そしてリーフは魔精霊目がけ、渾身の掌破を放った。
決まる!
そう確信したのも束の間、紫電は魔精霊に当たる直前で消失した。
そこからの光景は酷くスローに見えた。
消失したということはマナを纏っていない状態。
さらにリーフは力を失った様子で魔精霊の方へと倒れ込んでいく。
「よくやった……方かな」
「やりすぎだ」
火の魔精霊の拳を受け入れそうになるリーフ。
その前におれは火の魔精霊に手を突っ込んだ。
グイっと火の魔精霊の魂を握り込む。
【集魂】
取り出した魂を体内に取り込んで終了と。
最後の火の魔精霊もその場から消えていった。
青空を見上げるようにリーフは地面に寝そべった。
相当汗を搔いたのだろう。
濡れた服が身体にぴったりと貼り付いていた。
鮮明に光る額の汗を浮かべたリーフの顔はとても晴れやかで。
その爽やかな笑みは、青い空に負けない程輝いて見えた。
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