火の魔精霊
「なんで!?」
自然界から逸脱した歪んだ存在。
自然の怒りを体現した狂気の化身。
あれは、魔精霊だ!
火の!
あいつらは自然の調和が乱れた時に現れる。
自然発生する存在じゃないんだぞ!
妖精の異常な数。
それと魔精霊。
このクロステイルで何か異常事態が起きている?
太陽の陰から魔精霊の炎が陽炎の如く揺らめいた。
こちらの姿を捉えるや否や雄叫びを上げ、人型のその身から紅蓮の火柱を噴出させた。
あっつ! ……くない?
熱くないな。
熱気で草原が揺れている。
リーフは額からダラダラと汗を垂らし、フード服を濡らしている。
じゃあなんでおれは熱さを感じないんだ?
自然に反発している吸血鬼でもそんな特性はないはずだけど。
「ラナなら余裕だよね」
リーフはナイフをホルスターに納めると、おれの後ろへと下がっていった。
……余裕?
あんな炎纏った奴相手に?
画面越しにしか見ていなかった奴を相手にしろと!?
「精霊はマナを介した攻撃しか当たらない。私じゃ太刀打ちできないよ」
そうだ。
精霊は
マナを纏った武器でしか攻撃を加えることができないのはおれも分かっている!
けど昨日までただの高校生だった奴に?
次の日燃えているあれと戦えと?
怖い。
怖いはずなのに、身体は全く震えない。
そうだ。
バリルは魔精霊如き、対した相手にもなりゃしない。
力だけで見ればおれの方が上なんだ!
「前!」
その声でおれは気づいた。
眼前まで炎の弾が迫り切っていたことに。
あっ……。
これ死ぬ。
バリルの防御じゃ受けきれない。
ここまで迫っていたら間に合わない!
そうか。
妹はこれを――
リーフがおれを突き飛ばした。
「リーフ!」
とにかく今は考えるなッ!
おれは既に宣言したんだ!
今更降りるなんてことはしない!
それに何より妹に「使えねぇ」って言われるのだけは!
所詮口だけって思われるのだけは絶対に嫌だ!
刹那、炎の弾が異常なまでに遅くなったような気がした。
時が止まったのではないかと錯覚するほど。
手は……動く。
自分でも何を思ってやったのかは分からない。
分からないけど、おれは炎の弾を素手で這わせることによって弾き飛ばしていた。
「……ぇ」
遠くへ飛ばされた炎の弾は人知れず爆ぜた。
言葉にならない呼吸を漏らし、リーフが絶句する。
けどそれ以上におれは自分自身で驚いていた。
さっきのはいったい……。
精霊の攻撃は基本全て妖術に当たる。
これを弾くなんて、妹のように何らかの力を纏っていない限りは……。
何らかの力を纏っていない……限りは?
……おれの触った物が壊れる原因、分かったかもしれない。
火の魔精霊は炎を噴出。
速度を上げて接近する。
「この程度でビビっていたら、夢は夢でしかない」
「来てるよラナ!」
分かっている。
だからおれは【氷符】を作成。
飛ばした符は一瞬にして、火の魔精霊を巨大な氷像の中へと変えた。
「……」
氷で固められた火の魔精霊を見て、リーフがまたも絶句する。
おもむろにおれに詰め寄り、
「できるんなら最初からやってよ! なんで迷う必要があるのさ!」
「ああぁ、えっとな……」
どう言い訳しよ。
どこからともなく炎の弾が飛来する。
リーフへと当たる直前でおれは割り込み、上空へと炎の弾を打ち返す。
「二体……いや、三体もいる」
さっきと同じ火の魔精霊。
それがおれの【魂魄眼】に映っている。
残りの二体はこっちに気づいていないみたいだけど。
リーフが叫ぶ。
「合計四匹! どう考えても異常事態じゃないか!」
精霊が何の気もなしに魔精霊に転ずることは絶対にありえない。
近くに負の力を放つ、それこそ強大なアンデッドがいるならともかく……。
とも……かく……。
バリルって【黄泉の巫女】でアンデッドの中でも最上位の【真祖の吸血鬼】だよな?
……。
呪いは魂に作用する。
精霊は幽霊と同等、つまりは霊魂である。
おれの身体は精霊の攻撃を弾いた。
恐らく常に呪力か妖力を纏っている。
……ぁ。
「おれが二体を相手する! だからリーフ!」
まずいまずいまずい!
妹にばれたら大変なことになるッ!
弱い魔精霊でも一般人は軽く死ねるレベル。
こんなのをそんな気がなくとも作り出したとなれば……。
殺されるッ!
妹に滅されるッ!
紅蓮の炎を纏う爆破する弾。
盾になるようにおれは【土符】を発動する。
盾となるべく盛り上がった土壁を背に、おれは【呪符】を三枚リーフの手に握らせる。
「いやいや、こんなの渡されても困るよ!」
リーフは困惑気味に符を掲げてみせた。
「その符はおれの呪力が込められている。正確には呪力で構成されている」
字面だけ聞くとやべぇもん渡しているな。
リーフもおれの渡した【呪符】を、遠ざけるように見ているし。
リーフはナイフを炎の弾に合わせてみせた。
せっかくだからちょっと試してみたい。
ただの思い付きだけど。
世の中荒治療って言葉もあるくらいだし。
「符の呪力に当てられて、リーフがマナを使えるように――」
「ほんとかい!」
「なるかもしれない。なお前例はない」
希望を持つかのように顔を上げたリーフ。
だけどおれがオチを話すと、がっくりとこけていった。
そもそもマナを持っていないという根底から前例がないんだけどな?
貴族だけが持っているとかじゃなく、人間の赤ん坊から全ての魔物魔族に至るまで、生物なら持っているからな。
「言っただろ? 秘術を使うのに一番必要なのは疑問だって」
「言ってたけど! これラナの疑問だよね!」
リーフのプルプルと握った拳が震えていた。
それは恐怖だからだろうか。
それとも、
「冗談じゃないよ……」
リーフが目を見開いた。
それからおれの耳たぶを掴んで、大量の空気を吸い込んだ……。えっと、何を――
「私は土さえあれば復活できる吸血鬼とは違うんだぁぁぁぁぁ!!」
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