マナ無し

 クロステイルから出て、おれが一番初めに通った丘。

 今回の依頼は、そこの付近に最近多く出没するゴブリンを狩って来いとのことだ。

 あの実力を持ったリーフからすれば役者不足も良いところだと思うけど……。

 練習台というのならもってこいの相手だな。


「そういやなんで魔術を使いたいんだ? 秘術戦士でも目指すのか?」


 いやまぁ、最終的には誰でも秘術戦士になるわけだけど。

 剣も拳もどの道最後はマナに頼るからな。


「ん? いいや、私はマナを使ったことが無くてね」


 ……

 …………

 はっ?

 心に落雷を落とされたような気分だ。


「それって一度もってことか? 生まれて誰もが持っているマナを」


 リーフは力なく笑うと、そのまま首を縦に振った。

 マジ? そんなことあり得るのか?

 だって地球とこの世界、同じ人間でも生きている世界どころか体の構造もまるで違うんだぞ。

 生物の強度も地球上にいるそれと比じゃないくらい。

 リーフは力の無い笑みから、浮かない顔つきへと変わっていった。


「ははは……、マナ無しなんだ。私は」

「そんなはずあるか!」


 マナを使えなくとも、持っていないなんてあるはずがない。

 電気ウナギが電気を持っていないような物だぞ!

 そんな状態でこの世界、生き抜けるわけがない!


「魔法は? 妖術は?」

「それも使えない。私は生まれてマナに関する力を使えたことがない」


 リーフはおれの手を放す。

 昨日あげた魔術書を片手に詠唱までし始める。

 そんな軽い魔術にマナを溜める必要なんてな……い……。


「ほらねっ?」


 そう言ってリーフはおどけて見せる。

 嘘だろ。

 火どころか何かが出る気配すらしなかった。

 魔術書に描かれた術式も、詠唱すれば光るはずなのにその気配すらない。

 そんなはずはない。

 試しにおれはリーフから魔術書を借りる。

 魔術書の方が違うのではないかと思ったけど、そんなことはなかった。

 おれが内容を読み上げてみる。

 すると魔術書の術式は、呼応するかのように黒い光があふれ出した。


「黒い光……。それって……」

「これ、ありがとうな」


 おれは魔術書を閉じて、リーフに返す。

 リーフは胸に魔術書を抱いたまま、きょとんとした表情で見てくる。

 あーっと、


「昨日魔法具を使えていたじゃないか」

「あー、えー、あぁー! あれはね。マナを霊脈から引っ張ってきているんだよ」


 マナを……霊脈から。

 何それ。

 その発想は無かった。

 地中のマナをひとつに纏めて川のように流す霊脈なら、確かに発電所の役割にピッタリかも知れない。

 よく考えたな。

 いや、肝心なのはそこじゃない。

 試したおかげで、本当にリーフがマナを使えないという証拠ができてしまった。

 この世界にいる者すべてが持つマナ。

 血統とかは関係ない。

 魔族人間魔物も関係ない。

 マナの通り道に淀みができている?

 それなら詠唱をしても十分なマナを送られないことへの納得は行く。

 どっかでそんな病状を聞いたことがあるような……。


「なにがあるんだい?」

「ごめん。胸まで出かかっているんだけどな……」


 どこかで聞いたことはあるんだよ。

 あくまでどこかでだけどさ。

 おれは自分の胸部の中心を突いてみる。


「あー、通り道小さそうだしね……」


 リーフはおれの胸を見て、小馬鹿にするかのような声でそんなことを言ってくる。

 何となく小さな乳をネタにしようとしたことだけは分かった。

 けどごめん、それで怒るほど器は小さくないんだわ。

 中身男だし。


「治せないけどどこかで聞いたことがあるんだよ」

「怒るどころか突っかかりもしないんだね、ラナは。吸血鬼なのに」


 怒る要素どこにあったし。

 戦闘において小さいというのは便利なんだぞ。

 無駄に当たり判定ないし。

 妹の知り合いとかなら治せそうな気もしなくもない。

 けど神聖術って、病気には大して強くないんだっけ?


「それは一度置こ」


 リーフが目を向けた先。

 ナイフや棍棒を手に持ったゴブリンの集団がじりじりと歩み寄ってきた。


「二人そろってゴブリンの餌食になるかもだね」

「ゴブリンが餌食になる、の間違いだろ」


 突きつける様に符を構えながらおれは思う。

 珍しい。

 ゴブリンって良く魔物の代名詞とされているけど。

 分類的には敵対する醜い妖精。

 そのゴブリンがまたも集団とは。

 昨日と合わせると少し異常じゃないか?


「きみは見ていて。私が危ないから」


 あっはい。

 力の制御ができていない状態しか見せていませんもんね。

 妖術を見せておけば……もしかしてリーフ、妖術を知らない説ある?

 リーフはナイフを両手に構え、軽やかにステップを踏みながらゴブリンたちを見る。

 地を蹴りだした勢いで、一気にゴブリンたちとの間合いを詰める。


 やっぱり速い。


 風の如くリーフのナイフが舞う。

 ひとつ、ふたつ。

 一部の乱れもなくゴブリンの首が跳ねる。

 ブレることなく次々に首を狩っていくその姿は神に舞を奉納する巫女のようだ。

 ナイフが動くたび鮮血で草原が汚れていく。

 飛び散る血しぶき。顔に浴びても平然とするリーフ。

 そろそろ十匹目、ゴブリンの数ももう少ない。

 それでもリーフの顔から涼しさが伝わってくる。


 本当に……現実なんだよな。

 飛ぶ血潮。

 地面から漂う血の生臭さ。

 横たわるゴブリンの瞳孔の開き切った顔と悲鳴にも似た叫び。

 そして当たり前のように命を奪うリーフの姿。

 次々と魂が浮かび、少しの間残留しては消えて行く。

 どこかへ飛んでいく者もいるけどそれは少数だ。


 気付けばおれの手は震えていた。

 いや、呼吸しようにも肺に血生臭い空気が一緒に入って、小さく咳き込む。

 妙にぼんやりする。

 自分を上から見下ろすかのような、気持ちの悪い浮遊感。

 ――前を向け!

 これがこの世界の日常だ!

 なによりバリルは【真祖の吸血鬼】だ!

 こんなことで怖気づいてどうする!


 ゴブリンも流石に勝てないと判断するよな。

 残った数匹が味方を担いで逃げ出した。


「盾……」


 生き残るために何でもするってことか。

 ゲーム時代にこんなことやっていたら批判殺到ものだったろうな。

 例え元仲間であっても。

 人間も同じことをやるのかな。

 それともゴブリンだけの習性か。

 舌が引き締められるような気がして、おれは倉庫から取り出した緑茶サイダーを口に含んでいた。


 リーフの追撃は止まらない。

 最後のゴブリンにナイフを投げてヘッドショット。

 リーフは通学路を歩くかのような足取りでナイフを回収している。


「ラぁぁナぁぁ? なんで座りながら飲み物なんか飲んでいるのかなぁぁ?」


 そして振り返ったリーフの第一声がそれだった。

 先にパーティを始めている高校生にキレるようなノリで。

 生物を殺した後なのに……。

 それも人型の。

 ……吸血鬼が血を怖がる。

 笑い話に……はなるか。

 おれは二度三度瞬きをして意識を再起動。

 無言でそっと麦茶の瓶を差し出した。


「飲む?」


 リーフはナイフを一振りする。

 ビュンと刃に乗った血が草原に飛び散った。


「きみは逆の立場で考えることもできないのかい?」

「いやすまないて。ついな? それよりまだ来るみたいだぞ」


 おれの持つ【魂魄眼】が丘の向こうから近づいてくる魂を捉えた。

 あれは……なんだ?

 ゴブリンとは違う?

 魂の進んだ先から地に横たわるゴブリンが連鎖して発火する。

 即座にリーフが数歩後ずさる。

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