冒険者組合の洗礼

起きたらそこは昨日の宿であった。

 後ろでリーフが横を向いて寝息を立てている。

あわよくば元の世界で目を覚ましていた。

 なんて起こるはずもなくか。

意外と冷静でいられている。

 自分でもつい驚くほどに。


もしくは思った以上に疲れていたのかもしれないな。

窓から差し込む空はまだ真っ暗闇で。

 数人の話し声が聞こえてくる。

 ……非常に快眠だ。

 あくびがでる気配すらない。

 恐らくまだ二時間くらいしか経っていないだろうに。

 現実世界で目覚めないことより、二時間程度の睡眠で大丈夫な方に驚くとは。


「月が隠れているんじゃな」


 今のおれにここから出るすべはなし。

 早く自分の力をコントロールできるようにしないとな。

 あー、読書しよ。

 おれが呪術書を読み始めて数時間。

 日の出と共にリーフがベッドから上半身を起こした。

 おれを視界に入れて……パチクリと瞼を動かした。

 リーフが洗面台の方向へとかけていく。

 歯磨きの音がして、瞬時におれは悟った。

 これ、昨日の再来じゃないか? と。


「口を開けてくれないと歯を磨けないよ?」


 やっぱりか。

 リーフが歯ブラシを持って近づいてくる。

 もう諦めた。

 うん、もう諦めた。

 恥ずかしいのは変わらないけど!

 けど口臭はこっちも気になってしまうので、大人しく口を開いて磨かれる。


 朝食の時も食器を握れないからリーフに食べさせてもらった。

 スプーンがひしゃげてしまうのでご飯を食えなかったからだ。

 いや、おれも女の子主義だよ。

 女の子の方が大好きだよ?

 けどさ、違うと思うんだよ。

 同じ女の子に食べさせてもらうという光景でも、どっちかといえば介護色の方が強いからな?

 ほんと、絶対に自分の力をコントロールできるようになってやる!


 そんな朝だったせいでもう疲れた。

 自分のことは自分でやりたいよ畜生!

 おかげで宿から出る頃にはまた顔が赤くなっていたと思う。

 横からリーフが頬を突いてくる。


「超越者の人達は基本的にラナのような状況に陥るから、できる限り周りがサポートしてあげてって国から言われているんだよ」

「……それって、男同士で食べ合う可能性もあったってことか?」

「男しかいないパーティはそうなるみたいだよね」


 前言撤回。

 リーフで良かった。

 ありがとうリーフ。

 本当にありがとうリーフ!

 そんなテンションの振れ幅がおかしい状態で、おれとリーフは冒険者組合を目指していく。


「それで何の依頼を受けるんだ?」

「簡単なの。あまり難しくするのもね」


 それもそうだな。

 練習でちょっと難易度 AA 級の氷結 龍アイスドラゴン に挑んで来るわ! っていうのはプレイヤー時代でしか見られないよな。

 ぶっちゃけ今日の分の金さえ稼げれば、おれはそれでいいからなぁ。

 リーフが人差し指を立てる。


「それと、C ランクの人と一緒にいるというのを忘れずに」


 それは分かっている。

 もう散々聞いた。

 そんな感じでグダグダ歩いて十分ほど、冒険者組合についた。

 昨日と変わらない騒がしさだな。

 朝からよく騒げるもんだ。


「じゃあここで待ってて。良さそうなのを選んでくる」


 リーフはそう言うと、掲示板方面へ行ってしまった。

 どうも C ランクには見えないんだよな。

 冒険者の中でも C に上がれるのってほんの少数だろ?

 それが今更魔術を使いたいって。

 その頃には秘術使いじゃなくても育っているよな?

 考えてみれば、リーフって魔族だよな?

 なら妖術は使えると思うんだけど。

 実際、自身のマナを使う魔法具は使えていたし。

 今考えても仕方ないか。

 折角伸び切った背筋を曲げないよう、おれは姿勢を正して椅子につく。


 冒険者たちの賑わいが少しうるさい。

 鼻には何か酒? のような酒気が漂流する。

 ようやく冒険者組合にこれたって感じだ。


「お前、E ランクか?」


 ふと背後から肩に手を置かれ、振り返ってみれば鉄の壁が広がっていた。

 再度、「お前、E ランクか?」と頭上から投げかけられた。

 顔を上げてみると、そこには少し顔が広い男が立っていた。

 全身からは気力が溢れんばかりに漲う。

 男を中心にして、波紋のように組合内が静まり返っていく。

 遠くから「サイハーツ!」「大丈夫かしら?」といった息を飲む声が聞こえてくる。

 サイハーツと呼ばれた青年は、岩のようにゴツゴツとした手のひらでおれの頭を叩いてくる。


「俺のチームに入れてやる。こい」


 なるほど、これがリーフの言っていた洗礼か。

 いざ対面してみると超こえぇ!

 威圧感がやばい。

 もう語彙力なくなるほどやばい。

 いくらおれの方が強くても。

 けどもうおれはリーフと組んでいる。


「申し訳ないですが遠慮します」

「な、何だと! このサイハー――」


 サイハーツが背中の大斧を大上段に掲げた。

 周囲からは「頑張ってるな」、「今日は良い線行っているぞ!」といった趣旨の声が。


「逆らえばどうなるか――!」

「そういう習わしなんですよね。お疲れ様です」


 大斧を大上段に構えたまま固まるサイハーツ。


「おまたせ! ゴブリン退治の依頼しかなかったけどいいかな?」


 そこで登場してきたリーフ。

 ……再度実感した。おれの心は汚い。

 リーフはおれとサイハーツに視線を送る。

 そして「ああー」と口にすると、リーフは自分の冒険者カードを出した。


「こっちは私に任せてくれないかな?」

「お、おう。そうか。あーそのーなんだ」


 男性はバツの悪そうな顔で頭を掻く。

 これはなぁ。

 顔が引きつってたし。

 喚き散らし方とかこれじゃない感が凄まじかったからな。

 やじ馬の声も、恐らくおれにではなくサイハーツに向けたものだと思うし。

 いちおう言っておくか。


「馬の耳に念仏ですけど、もう少し自分が性格悪いなって思う奴を意識したほうが……」

「仲間にも言われるが難しいんだよ、これが」


 めっちゃ良い人じゃん。

 本当の意味での強者じゃん。

 こんな人に異世界チンピラ役やらせちゃダメだろ!

 もっとこう、小心者しかいない



 六魔王ドクズにやらせるべき。

 サイハーツは「じゃあな」と一言。

 仲間と思しき人たちと「先客がいたみたいだぜ」と笑いあっていた。

 組合の中にも活気が戻る。

 なんかおれに対して声を投げかけられている気もするが…… 無視しよう。


 新人には厳しく接して身の程を分からせる。

 そこに超越者とかの隔たりは関係ない。

 生存率を上げるため。

 荷物持ちという体で狩りに同行させ、イロハを叩きこむらしい。

 いうなれば冒険者流の洗礼。

 これ発案したの絶対プレイヤーだろ。

 調子に乗った冒険者が主人公にやられる流れのそれ。

 推薦状で上がった奴とかどうすんだよ。

 まぁそれはさておき。


「おれは今日の宿代さえ確保できればそれでいい」

「旅に出るのかい?」

「さぁ?」


 それはこっちが聞きたい。

 元々は旅に出るつもりだったんだけどな。

 妹がどう来るか分からないし。


「そっか。それは人それぞれだよね」


 まぁな。

 リーフは依頼書を丸めて懐に仕舞いこんだ。

 おれの手を掴み……掴んだ!?

 ちょっ、えっ!?


「それじゃあ行こうか」


 困惑するおれを無視して、リーフは冒険者組合を背に走り出した。

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