シャワー

 何度見ても鏡は真実を映し出す。おれが吸血鬼であるという真実を。


「私は何も言わないよ」

「……不思議に思わないのか?」

「何がだい?」

「吸血鬼がここにいるの」


 リーフは洗面台にあるおれの服を畳んでいる。

 これで気づいていないはずがない。

 なのにおれに背を向けている。

 本来だったら後ろから襲われて終わり――ってなんで服を脱ぎ始めているんだ!?


「ちょっ! おまっ! リーフ何して!」

「そんなの!  一緒に入った方が速いからね!」

「そうじゃなくてだな! いまお前の前には吸血鬼がいるんだぞ! 吸血鬼が!」


リーフは冒険者なんだろ!

 危機感が薄いなんてレベルじゃない。

考えてみれば今朝がた連行されていたおれと、同じ部屋に泊まろうとするっておかしいだろ!

 いくら魔術のためとはいえ!

困った顔でリーフが頬を掻く。


「うーん。えっとね、ラナ。超越者の中にも吸血鬼っているよね? だからその辺管理して、吸血鬼も正式に魔族認定されたの知らないのかい?」

「えっ……、マジで?」


やばっ。にわか晒した。

 はっず。

聖国入るときと妹の時に【アンデッドだから】で問題になったから不必要に警戒してたわ。

……なんかそれ、あいつらの方がおかしくないか?


「そ・れ・に!」


 なんかリーフが抱き着いてきた!?

 えっ待って待って。マジで待って。当たっているから!

 濡れ羽色の髪から微かに桃の匂い。

 健康的な輝きを放つ肌は非常に滑々で。

 ……ダメ、もう死ぬ。


「これくらい女の子なら誰でもするスキンシップだよ? 百合の多い吸血鬼が女の子に耐性ないなんてからかい甲斐あるよね!」


本音そっちか!

 そういや確かに吸血鬼って百合多かったな!

 みんな女の子からしか血を吸おうとしてねぇんだもん!


「けど離れて! 吐息当たるから……」

「えー、もう少し! 体洗ってあげるから!」


なんでリーフさんこんなグイグイ来るんだよ。

 会って数分くらいしかまだ経ってないじゃん。

 絶対なんか裏がある奴じゃん。

おれの後ろにリーフが来る。

 シャワーの流れる音が聞こえてくる。

 ……もう無心だ。

 目を瞑ろう。

 これは逃げではない。

 ただの瞑想――


「冷たっ!」


おれは反射的に飛び上がってしまった!

 リーフはそれこそ不思議そうな声音で言う


「おかしいなぁ? 確かにさっきはお湯だったのに」


後ろ見れないからリーフがどんな顔してんのか分からない!

 もし本当にいきなり水に変わったのなら申し訳ないし。


「無心になろうとしていたから、わざわざ空が水を降らしてくれたんだろうな。滝というには小規模だけど」

「どっちかといえば地じゃないかな?」


 そんなくだらない会話を挟みつつ、おれはリーフの手によって隅々まで体を流してもらった。

タオルで拭かれ、一着しか持っていない装束を着させてもらい、ドライヤーで髪を乾かしてもらう。

部屋に戻ってきたリーフの意外なパジャマにまた驚かされる等、目白押しの展開が目まぐるしく流れて行き、ようやくおれは解放されたのだった。

とりあえず一言、リーフさんの胸部はふくよかだった。


「あー、次は魔術の覚え方だ。やるぞぉ……」

「おー! その前にやる気を出してくれないかな!」


椅子の背に思いっきり身を任せるおれ。

 反対にリーフは腕を天上に突きだして。あー。


「あるところに色白の綺麗な娘がいてな。助けられた恩返しに布を織っていると徐々にやせ細っていき――」

「絶対に覗かないでくださいとは言ってないじゃん」


よく通じたな。

 鶴の恩返しなんだけど。

 そういや組合の書類も日本語で書かれていたわ。

 創設者が日本人だからか。

 外国に日本語を染み込ませるとか流石日本だわ。


 * * *


さらに深くまで魔術の話を教授していると、リーフはおもむろに口をあんぐりと開けた。

 かなり大きなあくび。

 半分閉じた眠り眼を擦り、こくりこくりと夢の世界に旅立とうとし

 ていた。

ここで終わりだな。

最後に魔術に限らず、秘術を使うのに一番大事なことを教えておくか。


「まぁ細かく言ったけど、一番秘術に必要なのは疑問だ。少なくとも個人的にはな」

「疑問?」

「これ出来るんじゃね? 不思議だな? って思うこと。一応発想力とは違うからな」


防御がマイナスになる装備を着ると、なぜ逆に打たれ弱くなるのか。

 おれの場合はそれが原点だったからな。

 仮説はできているけど今でも疑問。

冗談半分なのか、リーフは妙に目を輝かせて声を荒げた。


「じゃあもし、もしもだよ!? もしも王になれる術とかあったら!」

「既にあるぞ。【操糸そうし】っていう人を操り人形にできる妖術がだな」

「なんだあるんだ」


クソ共が一柱、蜘蛛女が使う妖術。

 毎回不思議なんだけど、どうしてこう糸使いというのは人を操り人形にしたがるのか。

あれ見るといつも糸使いってチートじゃね? って思うわ。

リーフは「いったんこの話は置いといて」と首のタオルを、ベッドの隅に放り投げた。

 リーフは机の明かりを消すためにおれの近くを通る。

 直前にシャンプーの桃の香りが鼻孔を擽ってくる!

 吸血鬼は暗視を持っている。

 そのせいなのだろうか、闇にいたリーフの表情はどこか違って見えた。


「ねー、明日開いているかな?」


そうこっちに問いかけてくるころには、いつものリーフの顔に戻っていた。

 何かあるのかと思ったけど、気のせいか。


「明日はな」

「おっ! じゃあ少し付き合ってもらってもいい? あっ、付き合うって言っても――」

「分かってる!」


……なんか苦手だこういう人。

 おれは座っていたベッドからどく。

 面白がるようにリーフはベッドに入り「ほらっきみも」と布団をめくってきた。


「……椅子で寝る」

「ああそう? じゃあおやすみ。……送りオオカミに――」

「おれはならない!」


ほんと苦手だこういう人!

リーフの「かーわいい!」という笑い声を背に、おれはさっさと机に突っ伏して目を閉じる。


「……変わりたいなぁ」


消え入りそうなリーフの声。

さっきの表情が脳裏をよぎるせいで、「何が」と問いかけることができなかった。

 だってさっき暗闇で見えたリーフは、どこか諦めたような表情をしていたから。

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