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…………

………………

まずい。

 まったく集中できない。

かれこれ一時間。

 全裸で書物読むとか何?

 新手の性癖?

しかも窓フルオープン。

 風が入ってくるせいで解放感がフルマックス。

やばい。

 下半身までムズムズしてきた。

 ……早く妹帰ってこないかな。

 服選びにどんだけ時間をかけているんだ。


「妖怪の呪い?」

「オワァァァァァーー!! 覗くなよ!」


いきなり声かけられたせいでソファーから転がっちまったじゃないか!

 情けないにもほどがあるわこの姿!


「慣れ……いややっぱゴメン」


 そっと妹は申し訳なさそうに目を泳がせた。

 妹が……謝っただと。

 ならまぁいいか。

 それより速くしないと決壊しそうだし!


「……その……トイレってどうしているの! 一緒に水に流したいんだけど!」


 ごめん、割ともう限界。

 さっきの衝撃と合わせて肌の感触とか気にならなくなってきた!


「ちょっ、もう少し待てっ!」


 ちょ、両脇を抱えられた!?

 待てっ妹!

 これだとほんとの本当に幼児に対するそれなんだけど!?


 * * *


 トイレに間に合ったのはいいんだけどさ。

 妹と一緒にトイレに籠り何かを教わる状況って……。

 妹に見られながらのトイレ。

 顔が熱くなるのを感じて、思わず手で覆ってしまう。


「そんで――聞いてる?!」

「……聞いているよっ!!」


 まさか流れる水の音が、これほど以上に恥ずかしさをもたらすとは思わなかった。


「……いやあのなんでまた巫女服?」


 妹に代わりに持ってきてくれた服。

 着せてきた妹は頷き混じりに「うん、似合ってる。可愛い」とか言っている。

腰辺りも袖もちょうどのサイズ……。

 妹とおれ、体格差全然違うよな?

それこそ小学生と高校生くらい違うよな?

 深海に光が差し込んだかのような神秘的な群青色。

 淡青色のグラデーションもさることながら二面性を持つ海って感じだ。

 というかこれ!?


「【多岐都の装束】だよな? なんでここに……」


 【多岐都の装束】は現在の巫女服、【黄泉の装束】を着るまで使っていた装備。

 【黄泉の装束】を創る礎になったからもう無いはず。

 なんでこんな場所に?

 そしておかえりミニスカート。

 あまりにも早い再会だ。

 短すぎるという訳でもなく長すぎるという訳でもなく……。


「……友人から貰った」


それはありえない。

 だって【多岐都の装束】はおれの力が宿った拍子に生まれたのだから。

 ……まっいいか。

 そんな偶然もあるってことで。

 終わってみればおれはただ巫女服の色を変えただけ。

 しかもこれ見た目だけだな。

 精々破れにくいってだけか。


「ところでなんで? 元々吸血鬼でしょ?」

「いや、特に知らないけど。多岐都って何かあるの?」

「激しく流れる海流って意味」


 それは……確かに……。

 吸血鬼って意味ではおかしいけど。

 おれ本当に何も知らないんだよなぁ。

 とりあえず検問で外した髪留めで揺ってもらおう。

 サイドテールじゃなければバリルか分からないし。


「はいこれ」

「お・お・ぬ・さて。呪禁師じゅごんしでも本当の巫女でもないぞおれ」


状況証拠的に隠れヲタクだろ、こいつ。

 ゴリゴリの西洋神を信仰しているこの国に東洋のお祓い棒なんか置くわけ無いし。

まぁ詮索はしないでおこう。

 触らぬ妹に祟りなし。

 一応胸ポケットに挿しとくか。


「風呂とか心配もあっけど、今日明日は宿にいて。女王、テルミの許可無しで不死泊めていいか分かんないし」


そう言うと妹は机から何かを取り出してきた。

 緑の宝石が施されたペンダント?

多分魔法具だな。

 身体強化や爆発などの特別な効果を引き起こす、魔法が付与された道具。

 ということはあの緑の宝石は仲介役か。

 注ぎ込んだ呪力を魔法具の動力源になるマナに変えてくれる宝石。

投げ渡されたペンダントをキャッチする。

そうだな。

 この緑の宝石に術式が刻まれている。

 やっぱ魔石だ。


「結界無視。力も抑制できっから提げとけ」

「集合場所は?」

「私が行く。午後、冒組に集合」


手渡された宝石は言葉通りに首にかけた。

 妹は宜しいとでも言いたげに両腕を組んで頷いた。


「いい? 今のアンタはハッキリ言って信用ゼロ。むしろマイナスに振り切っていると考えろ」

「まぁ何度も国潰しているからなぁ。さもありなん」

「私がどうこう言っても無理だし」


……当面は魔族を何とかする前に、導き手たちの信用を得る必要があると。

そっちの方が難しいような。

 悪人の行動って何もかもが悪く見えるような物だし。それに、


「信用される必要あるか?」


あくまで共闘って形なら信用とかいらないだろ。

 魔族を倒した後は敵同士ってわけじゃないけど別に仲間同士ってわけでもない。

人の顔と名前を覚えるのが苦手ってだけだけど。


「どうせ顔を覚える気もないし、友達とかいたら趣味の時間潰れるからヤダし、学校にいる間だけの関係って思っている奴の思考乙」

「……いいだろ別に」

「確かにね。……ゴメン、こっちが言いすぎた」


あら意外。

 前まではトゲしか無かったのに。

 ここに来てから若干素直になっていないか?


「どうせまだ呪術しか使ってないんでしょ? A ランク級の魔物で身の勝手になれとけ」


A ランク級の魔物。

 それ軽く町とか破壊できるほどの災害ですよね。

 現状で倒せるかそんなの。

いちおう妖術も使ってはいるんだけどな。

 勝手に発動系が多いから分かりにくいけど。

それ含めて、自分の身体に慣れろってことね。


「ちなみに慣れるコツとかあるの?」

「自分の今の身体を受け容れろ。アンタの場合……、自分の胸でも揉んでみたら?」

「できるかッ!」

「風呂入りゃ嫌でも意識する。可愛くなってんだから色々弄ればいいのに」


 面白おかしさを含んだ失笑を漏らす妹。

 だからできるかよッ!

 もういいとおれは、冒険者登録をするために部屋から足を踏み出した。

外はすっかり夕暮れ時。

 長い間話していたからなぁ。

 城下町の賑わいは徐々に鳴りを潜めていく。


「おい!」


 いつの間に立っていたのか、玄関にいる妹から麻袋が飛んできた。

 いっつ!

 キャッチできたのはいいけど、どんだけ力込めて投げてるんだ。


「宿代と食事代」


 手のひらがじんわりと熱くなるのを感じながら中を開く。

 銅と銀の硬貨が数枚。

 実物を見るのは初めてだけど。

 この枚数だと確か五百ガウル。

 ほんと、何から何まで。


「サンキューいも、じゃなくて……ああーええーサンキューな!」


 おれはできる限り笑顔で手を上げる。

 すると人目も憚っているからか。

 妹も少しそっぽを向きながら返してきた。

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