力加減


「……」


食べきった。

 おれは食べきったぞ。

 正直味を感じる余裕すらなかった。

けど何だろう。

 今のおれは、歴戦の強者に打ち勝ったような。

 どことない達成感を覚えていた。

未だ体の震えが止まらない。

 突っ伏したままようやく持ち上げたスプーンは零れ落ち、カランと乾いた音を鳴らす。

 なのに妹は悪びれもしない。

 キッチンから滝のように水の叩く音が聞こえる。


「よし、復活したっ!」


金属が擦れる音共に水音も鳴りやんだ。

 妹は手をヒラヒラ振って乾かす。

 そして今度はゆっくりと、ソファーへ背中を預けた。


「さて! おれは魔族共を倒してくればいいのか?」


話しを聞く限りでは行けそうだよな。

 というか絶対いける。

 ガーリックライスを食い終わった今なら、何が来ても返り討ちにできる自信がある。

 それにその魔族はフルメンバーの導き手と戦って相打ちなわけだろ。


「場所分かんの?」

「……。いえ……分かりません」


やっぱり襲撃側と守備側だと勝手がかなり違うな。

 そこに敵がいるという考え方がぬぐえない。


「どの道今のアンタじゃ無理だから」


そう言うと、座っていたはずの妹の姿が影のようにブレた。

音?

 音だ。

 微かだけど地を踏む音が聞こえる。

 それににおいも移動している。

 この感じからして、行く末は――正面!


「……思った以上にやるじゃん」


 予想通り、正面だったな。

 悔しそうに眼を逸らした妹がその場に現れた。


「今のおれだと何が無理なんだ?」


ちゃんと妹を捉えることができた。

 魔族を倒すのに無理だと思うようなことは思いつかないけど。

近づいてきた妹はしゃがみ込んでおれを目を合わせた。

 そしておもむろにおれの目を指さす。


「見えてなかったっしょ」

「……言われてみれば」


見えてなかったな。

 微かになる音とにおいのおかげで妹を補足できわけだし。

AWI にそんな相手が速すぎて見えないなんてことなかったはずだ。

さらにいえば吸血鬼は防御がとてつもなく薄い。

 代わりに攻撃を避けやすいよう速度はかなり高いわけだし。

おれは「どうなっているんだ?」と率直に妹へ問いかけた。


「今のアンタは、本来バリルの持つ実力の 1 パーすら引き出せてない」

「この国自体、アンデッドをかなり弱体化させる気質なんだけど」

「知るか。この程度で弱体化すんならバリルの討伐秒で終わるわ。私らクラスの国同士集まって総力戦してんのに全滅とか普通じゃねーし」


あったな、そんなことも。

 じゃあ今現在弱体化を受けているのも力を引き出しきれていないってことなのか?

 何が原因で。

 内側にバリルの人格がいるとか?

 そんなことはないか。

 無様な姿を晒していたら絶対表に出てくるだろうし。


「明日、テルミ達が帰る。そんとき話す」

「その間は?」

冒組ぼうくみ行って登録しろ。身分証作れ」

「ですよねー」


冒組って恐らく冒険者組合だよな。

 妹ってたまに変な略し方するからな。

 なんて考えていると、不意に妹がおれの服に手をかけてきた!


「脱げ」


……脱げ?

何を言ってらっしゃるんでしょうかこの妹さんは。

脱げってもちろん服のことだよな? ……。


「ごめん妹。いきなりそういうのは……。ほらっ、兄妹だし」

「……勘違いきっしょ。はよ脱げ」


違うの?

 いきなり脱げって言われたからてっきり……。

冷静に考えてみたらなぜ今おれは妹に服を脱げと急かされているんだ?

妹もおれと同じ人種……。

 いやいや、あの妹に限ってまさかな。

けどもしそうだとしたら……。

……受け入れよう。

 妹がおれの趣味を受け入れてくれたように。

おれの中身は幼女じゃないとどう諭してやる方がいいのか躊躇っている内に、妹はにわかに離れていった。

 さっき食器が入っていた場所を開けて……スプーン?


「取ってみ」


 おれに向かって抛られたスプーン。

 言われた通りキャッチする。


――ぐにゃ


……はっ?

 えっ?

 なんか到底あり得そうにない感触が手元で起こったんですけど。

 スプーンが……曲がっている。

 見事に指の跡がくっきりと目立っている。

 さっきのスプーンは普通に持てたよな?


「分かった?」


妹が言い聞かせるかのように見上げてくる。


「いつからおれはスプーン曲げを出来るようになったんだ」

「握力で曲げているのすぐに分かるわ。それ一般用」


マジで?

 これが?

来た時のジャンプを思い出すな。

 あれも力の具合のせいでああなったわけだし。

指をちょっと動かすだけでスプーンの原型が崩れていく。

 終いにはボールになってしまった。


「けどこれ人間――」

「魔族用。それもかなり強い方の。PL 用のは素材たけぇんだよ」


プレイヤーどの道この世界で生きていきにくいじゃん。

 世界が違うから物質の強度もかなり違うと思うんだけどなぁ。

 その上でこれ。

 なるほどな。

 今着ている巫女服はおれの最強装備。

 故にかかるバフもかなりのものだ。

 現状で考えるのなら脱げと言うのも納得いく。

……しかし脱ぐか。

 あー。


「理由は分かったけど……分からないんだよ」


おれが渋ったからなのか、「何が?」と妹がムスッとした顔を向けてきた。

 逃れるようにおれは首を横に逸らす。


「……脱ぎ方が」


おれの巫女服。

【黄泉の装束】はアニメのちょっと変わった萌え系イメージの巫女服だからな。

 ゲームじゃボタン一発だったし。

 中身が男であるおれが、女の子の服の脱ぎ方を知っているはずがない。


「……バンザイ」

「妹にバンザイさせられる日が来るとは」


言われたとおりに腕を上げる。

 少女の体が目に映るので妹の顔をじっと見つめる。


なんかもう、すごい恥ずかしい。

だって妹に服脱がされるってどういう状況なんだよってなるじゃん。

 上から見下ろされている状況で。

しかも妹さん、なんかブツブツ呟いているし。

 目も怖いし。

 何を考えているのやら。

そしてさらばミニスカよ。

 もう二度と着ることは無いでしょう。


「つかなんで黒統一。もったいな。素材良いのに」

「黄泉の穢れ、瘴気っぽいかと。禍々しいだろ?」

「厨二乙……」


身長に関しては先に自己申告しておく。

 これ以外装備持ってないし。

 すると妹は……おれの【黄泉の装束】を弄ってどうした?

 なんかよく分からないけど、冷たい顔で「待て」と命令してどこかへ行ってしまった。

 その後響いてきたのは何か重厚感のある音。

 金庫でもあるのか?

 それにしたって服選びだよな?

 クローゼット……はあってもサイズ合わないか。

 あと服を返してほしい。


 暇つぶしに呪の書物を取り出した。

 壊さないようにそっと慎重にソファーの方へと移る。

 ……直に尻からソファーのふわりとした感触が伝わる。

 女の子になった後だと、この冷たさが……。

 返ってくる感触まで柔らかい。


 ……無視だ無視!

 こういうのは気にするから気にしてしまうだけだ!


 書物に集中しよう!

 心頭滅却すれば何とやら。

 無の極致に入ろう!

 道具や武具にかけられた呪いを解読した書物をぺらぺらとめくる。

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