TSしても兄として

  妹の気迫の込められた瞳に押され、おれは一歩後ずさっていた。


「唯一の家族? それは私じゃなくて、アンタにとってでしょ。アンタにとって、私しか家族がいないから取り入ろうとしているだけでしょ?」

「それは……。うん。その節もあったかもしれない」


 厄災と謳われしバリル。

 今やバリルとなったおれに居場所なんてほとんどないと思う。

 いや、あるわけがない。

 妹と違って、おれは基本ソロでプレイしてきた。

 リアルでも、ゲームでも、フレンドと呼べるものは存在しない。

 それは単純に人付き合いが面倒くさかったからだ。

 リアルでもゲームでも。

 人のプレイ状況を見て、自分もログインしなきゃとか焦ること無く、自分のペースでやっていきたかったからだ。

 自分ペースでやれないゲームなんてのは、ハッキリ言って楽しくない。

 楽しくないのに無理してログインして、みんなと一緒にイベントをこなす。

 リアル世界とどう違うのだろうか?

 単純におれは、楽しみたいからゲームをやりたい。

 それだけだったのだ。

 その結果がこの状況。

 ゲーム世界がリアルになった瞬間、おれにとって今一番に身近だと言える人が妹しかいなくなった。


「正直私は、後悔しているかだけ聞きたい。そこんとこどうなの?」

「後悔はしてない。するだけ無駄だから。」


後悔するくらいなら前をみている方が時間を有意義に使える。

 あそこでああすればよかったなんて所詮たらればでしかない。


「やってしまったものは仕方ない。次気を付ける。それだけだよ」


家族ね。

 家族か。

 暴力とか振るってきたけど、なんだかんだ優しいんだよな妹は。

 こうして話し合いの機会をくれたわけだし。

騒ぎの種がいないんだったら戦争もないか。

 おれはおれなりに、気ままに黄泉でも探すかな。

準備終わり。

 おれは立ち上がり、


「……パチモン。そいつらがいる」


妹のぽつりと呟いた言葉で、この場が極寒へと変貌する錯覚に陥った。

 急に妹から漂う空気が濁る。

 いや濁るどころじゃない。

肌からチリチリとした痛みを感じる。

 それほどまでに妹の目からは怒りが滲み出ていた。


 ……何かあるってことか。

 話しを聞くためにおれはもう一度椅子に座る。

 妹はおれが再び座るのを見るや、それこそ呪詛のような言葉を吐いた。


「魔族……は分かるか」

「それはうん」


 魔族の祖先は魔物。

 長い年月を過ごしてきた物。

 強大な存在に戦いを挑み続けた物。

 その身に到底収まり切れないほどの智慧を身に着けた物。

 強大な何かを手にした魔物は、時に魔族へと変異する。

色々な説が提唱されてきている。

 けど、魔族と魔物は近いってだけで未だ細かい部分は判明していない。

魔族より強く、知恵を持った魔物だって存在しているから。


「あんたらみたいな魔族共がいてさ。五年前にそのパチモン共がこの国に襲撃をかけた」

「襲撃!? えっと、今はどうなんだ?」

「そん時は私らが全集合してたから」


そりゃ撃退できるか。

 バリルですら全員集合した導き手は相性的に不利だし。

 妹は力強く、「けどさっ!」と言葉をぶつけてくる。


「相手は単騎。しかも綺麗に六匹いるとかほざきやがった」


それはその、……大変でしたね?

 それ以外にどう答えれば?

 当事者じゃないから何とも言えない。

導き手十二人を一匹で相手にした魔族。

 そいつと同じ実力を持つ奴が、少なからず後六匹はいる。

できなくはないな。

 前例の中にバリルも入っている。

 何なら相打ちどころか全滅もできる。


「あれから三年は経つ。今頃こっちが足掻いてんのを見て草生やしてんだろうよ」


妹のただならない感じからして、恐らく本当のことなんだろう。

大爆笑しているかはさておき。

 時間的に考えるのであれば、襲撃は二年間ほどか。

 そしていつまた攻めてくるか分からない状況と。

六魔王を名乗っているということは同じプレイヤーである可能性が高いか。

 もしくは違う魔族に同様の冠を着せて名乗らせているだけか。

 前例もあるし。

というよりそっちの可能性の方が高いよな。

 現に【黄泉の巫女】がここにいるわけだし。


「目的とかは?」

「知るわけないでしょ」


話していないと。

 今までいた偽物の傾向からして、国のトッププレイヤーを倒すのが目的か?

もしくは世間に自分の実力を誇示するのが目的?

 ダメだな、思考がゲームよりだ。

 大抵は世界征服とかいう、しょうもない行き当たりばったりな物が多い。


「つかさッ! ほんとなんで今来たクソ魔王」


 言葉を吐き捨てたまま、妹は拳をギュッと固く握った。


「そのパチを何とかするために国同士必死に動いて。お互い PL だから。いちよーそこんとこ信用できるっつー話だけどさ。リアルでそう上手くいかない」


口調は変わらず軽い。

 けれど妹からどことないやるせなさを感じた気がした。

 膨らみ続けた風船が弾ける慟哭を押さえつけるかのように喉を妙に引くつかせて。


「おれは――」


――じゃあ出て行くよ。

 そんな無責任な言葉を口にしようとしていた自分に驚いた。

唯一の家族と言っておいて。

 何かあるなら言ってくれと言っておいて。

なぜ?

 妹がおれを追い出そうとしているから?

 それとも妹たちにとって新たな脅威でしかないから?

……。


国の運営なんてしたことない。

 所属したことも無い。

 ある程度上級プレイヤーがそろっていた国以外興味ない。

 実際他人事だし。

 ニュースで報じられる事件のように。

 遠くの国が滅んでもああそうなんだで終わらせていた。

 どこまで行っても、おれは創る側じゃなくて破壊する側だから。


「つっても分かんないよね」


妹の声は酷く感情を押し殺していた。

 過度な力が入っているのだろう。

 赤くなった瞼は小刻みに震えていた。


「悠々と生ける厄災に!」


……。

見えない槍が、どこか深々と胸に突き刺さった気分だった。

喉が締め付けられる想いで、ようやく呼吸の忘れに気が付いた。

ゲーム時代、現実の頃から妹がどれほど苦労してきたかなんて知らない。

おれにとっては単にそこにいる当たり前な存在で。

 話すこともせず、ただ顔色だけを窺って。

それで兄面か。

 血の繋がっていない今、あの頃よりも赤の他人と何ら変わりないのに。


「ごめん。アンタには関係なかったのに。……とにかくこっちは相手してる暇ないから。もう自分の好きなようにやって」


妹はそのまま窓の方角を指した。

 酷く辛そうな顔。

……ここで消えたら兄として失格だよな。

 おれは立ち上がると、真正面から妹の目を見据えた。


「手伝うよ。いや、手伝わせてほしい」

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