魔王の誓い


「……手伝う? 手伝うって言ったの? アンタが? 今まで数え切れない国を滅ぼしたアンタが」


あっけにとられた様子で、けれど妹は迫力満点の目で鋭く見据えてくる。

良くは分からないけど、多分こっちの苦労も知らない癖に。

 そんな気楽そうに言うな。

 とかそんなことを思っているのかもしれない。


そうだよ。何にも分からない。

 ムカつく、手を出してきた。

 それだけで国を呪いの災禍に陥れた。

 そんなおれが、今更分かるわぁとか共感するほざくつもりはさらさらない。

 けど、


「ここの民が野垂れ死のうが興味ない。国が滅んでも【そうなんだ】で終わらせる」

「力自慢キモ。そんなんいいからさっさと――」

「だけどな! 妹が苦しんでいるのを見て、何も思わない兄はいない!」


この場所は非常にアンデッドであるおれと相性が悪い。

 現状、かなりの弱体化を受けているほどに。

それにおれはプレイヤーからの印象がとにかく悪い。

 妹以外の導き手に何されるか分からない。

けれど、いくら外道だと言われようと、妹が震えているのを見て何も思わない奴にはなりたくない!

黄泉へ行くよりも妹が大切なんだよ。

 断られても良い。

 それならそれで今まで通り、おれは好き勝手やらせてもらう。

 しかめっ面のまま、妹はおれの顔をまじまじと見てくる。


「……兄面あにづらキモいんだけど」

「だろうな。だけどこれだけは確かだ。おにいちゃんに任せろ」


おれは笑みを作って自分の胸をドンと叩く。

 ……自分で思うのもなんだけど、この小さすぎる胸だと頼りないな。


「……今の姿を見てから言えよ」

「あいにく鏡に映らないもので」


やはりおれに吐き出していない何かがあったのだろう。

 それこそいくつもの積み重ねが。

 妹は数度瞬きをしたのち、顔を逸らした。

 そして小さく、「……あんがと」と呟いたのをバリルの聴覚は聞き逃さなかった。


妹が平常を取り戻すまで背中を擦ってやろうかと思ったけど止めた。

多分見られたくないだろうし。

 見なきゃいけない程、おれは鈍くない……と思う。

 おれはソファーから立ち上がり、窓から外の景色を眺める。

……やっぱり、ただの町としてか映らない。

 フランスにありそうな街並み。

 賑やかで血気盛んに行き交う人々。


 そこに綺麗とか、美しさとかは感じない。

 元の町がどんなだったのかも分からない。

 ただ、守ってきたんだなと感じられる。

 それだけ。


……襲撃側が守備側に転ずるか。

 やらないと。


 おれは覚悟を決めて振り返る。

 するといきなり、ゴーンゴーンと重く低い鐘の音が部屋中に響き渡った。


 なんだなんだ!?

 もしや敵襲か。

 襲撃を受けているって言ってたし。

 今このタイミングで。

 なら早速腕を見せ――


「昼食、何にしよ!」


……はい?

 チュウショク?

いつの間に平常通りに戻った妹が、腕を天上にまで持ち上げグッと背を伸ばしている。


「何間抜けな顔してんの。昼知らせるベルだけど。何? なんだと思ったの?」

「紛らわしいわっ!」

「勝手に勘違いしただけじゃん」


 いや……その通りだけどさ。

 何も部屋中に鳴り響くことないじゃん。

しかも話の流れ的にさ。

 何かあるって思うじゃん。


「いっつも昼食忘れるからシグレにアラーム付けとけってめっちゃ言われてんだよ。健康第一って」


 なんも言えねぇよ。

 昼食はちゃんと取っておけよ、くらいにしか。

 しかしログインしたのって確か昼超え……。

 妹が何年前に来ていたとか言っていたのと同じ現象か。

とりあえず時間通り昼でも食べるか。

 そう何気なく所持金を開いたおれは言葉を失った。


「なぁ妹よ。兄として、非常に兄として恥ずべきことではあるのだが」

「たかろうって? 妹から?」

「金が無いんです。恵んでください」


 おれは神にでも懇願するかのように手を合わせた。

金がねぇ……。

 手持ちのガウルが丸々ねぇ……。

 装備類、アイテムはすべてそのままなのに。

 所持金だけ閑古鳥がやかましい!


いや所持金以外はそのままって書いてあったのは覚えているけどさ。

 まさか全部無くなるとは思わないじゃん!

始めたての頃でも三千はあったぞ!


「……そこで待ってろ」

「ありがてぇ妹よ」

「……はぁ」


なぜ今ため息をついた?

 なぜ今おれを見てため息をついた!?

 それからなぜおれの頭を撫でてくる?

 気のせいか妹がボソッと「……やっぱ天使」って呟いた気がした。


「そういや話変わるけどさ。秘術って戦闘以外でも使えるようになっていたりするか?」

「なに? それは私の拳打を軽く防いだ嫌味なわけ?」

「あれ別に本気じゃないだろ」


 本気なら今頃おれは残機をひとつ失っている。

 不死王を軽々と滅する拳打をバリルが受けきれるわけないだろ。

 こちとら五桁は優に超えているステータスの中で、唯一防御だけ一桁だぞ。

 どんだけ低いと思ってんだ。


「ともかく、出来るってことだな」


ならとおれは、虚空を描くように五行印を結ぶ。

 そして小さな感動を覚えていた。

 本当に常闇の五芒星が浮かび上がった!

 浮かび上がる五芒星から漏れ出た厄災の瘴気がおれを包む。

 まるで何かの入り口だ。

 使用する呪術は【穢土】。

 次なる呪術の下準備。

 おれは断ち切るように印を切る。

 するとドロドロと五芒星が崩れ落ちる。

 ヘドロとなった五芒星は床で再び形成される。

 這い出る様に穢れた土が現れた。

 さぁ、いよいよ大詰めだ!


「今こそ出番だ終わりなき戦いを求めし怨鬼、アクルよ。今こそ現世へ来たれ! 【黄泉還よみがえり】!」


人形代と呼ばれる符を、おれは五芒星の中へと投じる。

人形代が闇に堕落していく。死してなお戦いを望むねがいによって。


 眩い黒闇の柱が五芒星から伸びた。

 しかしそれも瞬きの間。


 ——枯れ果てるように柱の中から巨躯の男が現れた。

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