閑話休題

EX(14話):特異点が特異点たる理由

 ある日の昼下がり、城戸とクロハは飲食店で昼飯を食べていた。

 ふと、城戸が気になったことをクロハに質問する。


「んぇ?特異点はなぜ特異点たるかって?」

「うん、いろんな呼び方があるだろうに、何故特異点と呼ばれるのかなって。」

「そうか、それをまだ話してなかったな。ものすごく概念的な話になるけど大丈夫か?」

「大丈夫!聞かせて!」

「よし、お望みとあらば・・・」


 手にしていた5段サンドイッチを一気に潰してガブリつき、コーラで押し流してからクロハは語り始めた・・・


 ――


 まず、宇宙が6つあるというのは前にも話した通りだったが、その宇宙の中にもさらに並行世界線がいくつもある。ちなみにここは第6宇宙の第3世界線だ。並行世界はそれぞれに微妙な違いはあれどおおむね似たり寄ったりだ。そしてそれは人間にも該当する。わかりやすくいうならば、例えば城戸、お前と言う存在も並行世界の数だけ存在するんだ。


「並行世界にも、僕と同じ、城戸ロトと名乗る存在がいるってこと?」


 うーん、同姓同名とは限らないし、または地球にいるとも限らない。ではどうやって判別するかと言ったら、座標さ。


「座標?」


 実はこれは俺もこの力を経てから分かったんだが、全ての宇宙、全ての世界線に生きとし生けるものにはそれぞれ固有の”座標”が振られている。そして、ある存在を表す座標が並行世界線上に複数存在する場合、俺ら特異点はその存在を”同一座標体”と呼んでるんだ。ちなみに、これら同一座標体は同一宇宙に存在することは出来ても同一世界では存在することが出来ない。だが、宇宙は完全じゃないから、何かのはずみで完全に干渉不可の世界線同士がくっついて、同一座標体が同一世界線に存在してしまう事がたまにあるんだ。


「・・・ドッペルゲンガー!!」


 そう。あれは都市伝説の類でも怪奇現象でもなく、ただの宇宙の不具合で発生する現象、バグだよ。それを修正するのも、俺らの仕事の内なんだがな。

 ・・・そしてな、同一宇宙内の同一座標体の数が少なければ少ないほど、その座標体がもつ”力”の大きさが強くなる。と言うよりかは、一つの存在座標に振り分けられた力はいつも一緒なんだが、同一座標体の母数が二人ならその力は2等分、10人なら10等分と、母数が多ければ多いほど力が等分されるからそう見えるだけなんだがな。この”力”は生命力や精神力、ありとあらゆる力の種となりうる原初の”力”と言う意味だ。因みに歴史の本などで出てくる偉人たちの存在座標はみな母数が少ない同一座標体だ。

 そして、同一座標体が同一宇宙内で自分一人しかおらず、最初から振り分けられた力を独り占めできる存在座標こそが・・・


「それが、特異点・・・なんだよね?」


 その通り。だが、最初から力を行使できるわけじゃない。特異点は生まれた時点で力を大幅に制限された状態にされるようにこの宇宙は設計されている。これらの力を解放するためには、その時の第6宇宙の管理を任されている特異点や、上位存在への忠誠、そして祝福を受けなければならない。こうして初めて、俺たち特異点は生まれ持った自分の力を存分に行使できるわけだ。


「第6宇宙の特異点は、何もクロハだけじゃないんだ・・・もしかしたら、今でもどこかで新しい特異点が・・・」


 特異点はそう簡単には出てこない、だからこそ特異点でもあるんだが。それに加えて、第6宇宙全体がそこまで人が多くないから昔よりさらに出にくくなった・・・


「多くないって・・・それでも地球の100倍又は200倍、軽く超えるんでしょ?」


 城戸。実はな、第6宇宙全体の人口は、四捨五入やいろいろ妥協して数えてもわずか一兆人くらいしかいないんだ。俺の生まれた第七宇宙なんて、地球含めても500億人いるかいないかだ。


「そ、そんなに・・・!!宇宙でも少子高齢化が激しいんだね・・・」


 うーん、そういう訳じゃねえんだ・・・じゃあついでに軽い歴史の授業と行こうか。

 元々第六宇宙は6つの宇宙の中でもだいぶ人口が多いとされていた宇宙だったんだが、ある時を境にその数が100分の一にまで減少してしまった。


「おおきな戦争でもあったの?」


 戦争なんてもんじゃない。一方的な残滅。ジェノサイド。実際それで滅びた星はそれこそ数えようがないくらいある・・・このある種の天災ともいえる大殺戮を、銀河帝国なる船団国家を率いて行い、絶対的な恐怖で支配したのが、第六宇宙最低最悪の非道な権力者、恐怖大帝アフレイダスってやつなのさ。

 まあ、悪は長くは栄えないとはよく言ったもので、こいつもすぐにやられちまったけどな。


「そ、そんなことが・・・でも、そいつもクロハがやっつけたんでしょ?」


 ああ、そん時は俺の先代に当たる奴が第六特異点として活動してたから俺はやってない。何よりこれは俺が生まれる前の話だ。地球の時間に換算すればもうそれそれは遠い遠い、むかしむかしの話になる。


「じゃあ、その時の特異点が、そいつをやっつけたんだね?」


 ・・・そうだな。・・・そういうことになるな。俺はあまりよくわからんけど。


 ――


 城戸はついついクロハの話に夢中になってしまい、結局会計を済ませて店を出る頃には日が少々傾き始めていた。二人が駐車場に止めてあった車の中に乗り込んで店を後にする。


「クロハって、本当にいろんなことを知ってるんだね。もしよかったら、他にもいろんな話を聞かせてくれる?」

「勿論。惑星を滅ぼす風邪とか、色に含まれるエネルギーを巡った戦い、妊婦を生体パーツとした戦闘ロボ、惑星ごと呑み込んで惑星そのものになったスライム生命体。そして・・・快速停車駅論争を利用した宇宙人の話。何でもござれだ。何がいい?」

「うーん、迷うなあ・・・」

「ははは、まあ、時間はたっぷりあるんだ。とりあえず次の目的地までドライブがてらのんびり話してやるよ。」

「うん!お願い!」


 二人を乗せた車は昼下がりの道路を飛ばして行く。クロハは城戸にたくさんの話を言って聞かせた。しかし、彼は一つだけ”嘘”をついた。その証拠にいまだに右手が親指ごとハンドルを握りこんでいる。いや、それは言い方の問題であったかもしれない。城戸はその嘘に気が付かなかったが、たった一人その嘘に気が付いたものがいた。その人物は、自分が勤めている「公安特殊検視捜査課」と正門に札がぶら下がった煉瓦造りの建物からこの会話を聞き終えた後、自分のデスクに腰を下ろして一人笑いをこらえていた。


「フフフ・・・クロハ。君も上手になったねえ・・・肝心なところをあえてぼかすなんて。」


 彼は知っていた。知っていて、わざとその事実を隠した。それを言ってしまうと、特異点=善と認識している彼の相棒が困惑するからだろう。だが、自分は知っている。知らないわけがない。自分は彼の言う”先代”なのだから。当事者なのだから。


「歴史は正しく教えなきゃ駄目だよ。クロハ。・・・先代の特異点、即ち僕こそが、アフレイダスその人なんだ、って・・・」


かつての呼び名を呼ばれて愉悦を感じていた旧支配者の含み笑いは、その後、大きな笑い声となって、課長室全体に響き渡った。






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