三大粒子生命体(トライミクロンズ)編
第15話 燃える山、震える大地、怒る海
首都直下地震。
南海トラフ地震と、それによって太平洋側に発生した10m級の津波。
そして泣きっ面に蜂と言わんばかりの、富士山噴火。
災害と言うものは規模が大きくなることはあれど、違う種類のものがいっぺんにやってくるというのはあり得ない・・・と言う一種の経験則的な通説は、僅か一晩で文字通り音を立てて崩れた。前述の三つの災害がほぼ時を同じくして発生し、名だたる都市が壊滅状態に陥ってしまった。あわや日本と言う国が滅びてもおかしくなかった。
しかし、これほどまでに甚大な被害を出しておきながら、死傷者の割合は全人口の1/6と、比較的少なく済んだかに思えた。
クロハや城戸の住んでいる街は内陸部で、大きな川もなく、強固な地盤の上に存在していた為比較的地震被害は軽微に抑えられたが、その後やってきた火山灰の除去作業が一番厄介であった。そして、その除去作業を手伝う傍ら、彼らは被害が甚大だった区域へと出向いて、がれきの撤去作業と仮設住宅、もしくは避難所に避難した人々への炊き出しのボランティアを行っていた。
こんなこともあろうかとクロハは自分の家に向こう50年分の食料や飲料をため込んでおり、――そのほとんどは特異点の力で買ったばかりの新鮮な状態で保存されてある――炊き出しの際にそれを持ち込んでカレーを作った際には他のスタッフに非常に感謝された。今日もまた、彼は腕を振るって寸動鍋をかき回してもつ煮込みを作っている。城戸は炊飯を担当していた。といっても、α化米に水をかけるだけの仕事であったが。
「非常時たちで張り詰めた緊張を解きほぐすのに、暖かい食べ物はかなり効果があるんだとよ。ずいぶん前に東北の方でもデカい地震があったが、その時に救援にやってきた国土自衛軍の炊き出しで出された豚汁は、それはそれは美味しかったそうだ。」
「確かに、暖かいご飯を食べているときほど、安心するときはないよね。」
「その通り。あったかい飯があるだけ地球は羨ましいよ、俺が昔務めてた銀河連邦軍なんか、一口一年分の栄養スティックがたったの一本・・・確かに俺ら半機械人間はそれで十分だけどよ、どんな時でもこれだけで済ませろって言うんだから銀河連邦は全く無慈悲だぜ・・・」
「ははは、効率がいいのも考え物だね・・・」
そして、炊き出しを終えて余ったものにがっついてた時、城戸はふとクロハに尋ねた。
「しかし、今回は大変だったね。あんなに大きな地震や津波、しかも噴火まで起きるなんて。」
「ああ、この国で懸念されていた災害がここぞとばかりにやってくるのは珍しいな。SNSではいつものごとく人工地震だの宇宙人の仕業だの変な噂が飛び交ってるが、本当に宇宙人がやってたら俺が動かない訳ないっつーの。」
「でも、もしも本当に宇宙人が関わっていたとしたら、クロハはどうするの?」
「そりゃあ、事を起こす前にとっちめてやるさ、俺はそういうやつらのにおいを見逃しはしないんだ。・・・しかし、今回はそういうにおいはしなかった。という事は、あくまでもこれは自然現象に過ぎないから、特異点である俺の出番は炊き出しボランティア以外にないってわけだ。」
「ふうん、あまり干渉はしないんだね。」
「ま、無用なトラブルを避けたいってのもあるんだがな。だが、目の前で行われようとしている悪事は宇宙人だろうが地球人だろうが全力で止めてやるさ。俺も一応人の子だからな。」
自信満々に胸を張るクロハを見て、城戸は最初に出会った宇宙人がクロハで良かったと、また他にもいるらしい宇宙人が皆クロハみたいな性格だったらなあと心の底から感じていた。
・・・
大きな噴火の後、富士の噴火口からどくどくと流れる溶岩。大気に触れ、冷えて黒くなった表面の合間合間から、高熱を発する灼熱の動脈がうごめいている。溶岩は山肌に沿って山麓を目指して流れゆく・・・はずが、突然ある一か所から溶岩が隆起し始めた。溶岩の隆起はむくむくと肥大化し、ある高さでぴたりと止まったかと思うと、そこからグニャグニャと溶岩の”枝”が生えてきた。
そして、いつしか溶岩の塊が、まるで人の形に見えるようになったころ、塊の根本付近が中腹から二股にわれた。完全なる人型になったそれは、段々と形を整えて行き、とうとう溶岩の中から足を抜いて、ひとりでに歩き始めてしまった。ふもとの町に現れた頃には、すっかり体中がごつごつとした岩肌に覆われており、顔のあたりと思われる部分から怪しげに光る眼がらんらんと輝いていた・・・
一方こちらは、普通の山。と言っても、スギ・ヒノキが生えている所謂針葉樹林だ。とても迷惑な話だが、なぜかは分からないが5月になってもスキとヒノキは花粉を出し続けていた。それは地震が起ころうが、山が噴火しようが、海が荒れ狂おうが関係なく放出し続けていた。だが、火山の方で化け物が確認されたとほぼ同じ時刻に、一生懸命に放出されていた花粉が突然ぴたりと止まった。
次の瞬間、空中のある一点を目指してスギ花粉、ヒノキ花粉がらせん状に吸い込まれていく。そしてその一点にできた花粉の塊が、やがて山をも超すほどの大きさになったころ、わしゃわしゃと動き出して己の形を整えていく。果たしてそれは、人の形になった。花粉でできた化け物は、顔の中心部に妖しく光る赤い単眼をぎょろぎょろと動かし、どしん、どしんと大きな音を立ててある方向へと進み始めた・・・
津波の引き潮によって地上のいろいろなものが洋上に流されたが、今、海綿状ででぷかぷかと浮いているプラスチック製の物体が次々と引き込まれている。何者がプラスチックを海に引きずり込んでいるのだ。呑み込まれたプラスチックの周りに、塵のようなものが取り付いて、せっせとそれをむさぼっている。
よく見ると、それもまたプラスチックであった。海中に不法投棄されたプラごみを根源とするマイクロプラスチックが、なんと同じプラスチックの物体をむさぼっているのだ。これが生物なら普通に共食いとしてあり得る行為であるから驚愕に値しないのだが、どちらも無生物のはずである。しかし、今目の前で行われているのは、まさにプラスチック同士の共食いであった。
それら全てをその腹の中に収めた生体マイクロプラスチックは、海中のある一点にらせん状に集結し始めた。その凄まじい勢いで海面上に渦が発生し、その勢いに乗じてさらに効率よくマイクロプラスチックが集結する。そして、渦の中央にできたプラスチックの巨大な塊が、ビクンと動いて渦の中へと沈んだかと思うと、ざばあと大きな波を立てて海面に浮上した。既に塊は、人の形を成していた。そして、ずわあ、ずわあとその大きな図体で波をかき分けながら、陸に向かってゆっくりと、そして確実に進んでいく・・・
「・・・!!」
溶岩、花粉、マイクロプラスチック。それぞれが全く構成要素の異なる巨人、あるいは怪獣たちが、ほぼ同時刻に、まるで示し合わせたかのように動き始めたのだ。それを知覚したクロハは、顔面蒼白になり、思わず自分の分の食事をよそったお椀を落してしまった。
「ど、どうなってんだ、一体・・・!!」
「く、クロハ?どうしたの?」
「悪い、城戸!大事な用事が出来た!」
「よ、用事って!?」
城戸の問いに答える時間はクロハにはなかった。大慌てで避難所から一目散に駆け出したかと思うと、すでにクロハは己の体を塵化して、それぞれの異変が起きた場所へと向かった後であった。
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