第16話 怪物3体VS特異点1/3体

 ほとんど同時に現れた謎の生命体三体。それが一か所ならまだしも別々の三か所にそれぞれ現れるのは困る。本当に困る。それらに対応できる特異点はたった一人しかいないのだ。

 だが、特異点になって早々にワンオペ状態を改善しようとあの手この手で対処してきたクロハには対策があった。

 クロハは瓦礫だらけの街を走り抜け、丁度崩れたマンションが向かいのビルディング倒れ掛かって、いい感じの日陰になっている場所へと走りこむ。そして、腕を顔の前で交差して精神を集中させた。

 すると、目の前で砂塵のような渦が二つほどさらさらと舞い上がり、人の形を構成し始めた。やがて塵はクロハとうり二つのコピー体を作り上げた。クロハから見て右かコピー1、左がコピー2、である。


「コピー1は火山の方を、コピー2は花粉の方を頼む。俺は海に現れたプラスチック野郎を食い止める。」

「おっしゃ、どんなたわけものか知らんがばっちり食い止めるでよ!」

「ほな、いっちょいてこましたるさかいなぁ」


 ・・・コピーと本物を分けるために即興でクロハはささやかな「特徴」をコピー二人に付与したが、自分の顔でコテコテの方言をしゃべる姿は何とも滑稽な姿であり、少しむずがゆさを感じる。しかし、今はそんなことを思っている暇はない。

 三体に分身したクロハは、それぞれの任を帯びて各地へと散っていった。


 ・・・


 最初に怪物と対面したのはコピー2の方であった。花粉の化け物と聞いてはいたが確かに周囲の大気が若干黄ばんでいる気がする。巨人――あるいは怪物――がどしん、どしんと歩くたびに花粉がもうもうと上がり、普通の人間ではすぐに鼻水と涙で顔をぐじゅぐじゅにされてしまうであろう。


「こらあかんわ、こんなんが街に出よったら下手な毒ガス散布より被害がえらいことになる・・・どうにかここで食い止めんと!」


 コピー2は花粉を食い止めるために赤色電磁集積球レッドスパークを放って一気に焼き払おうとしたが、ある考えが脳裏をよぎり、思いとどまった。


「(待てよ・・・奴さんがほんまに花粉の集合体、粒子の集合体やったらど真ん中に攻撃を当てた所で上手く避けられるんと違うか・・・?)」


 そこで、近くにあった花粉の怪物がなぎ倒した杉の木に手をかざし、ふわりと浮かせてそのままやり投げの要領で敵に向かってやあっ、と一声ぶん投げてみると、見立て通り怪物は器用に体に穴をあけてスギの木をそのまま通して攻撃を無効化させてしまった。


「思った通りや。せやかてそれくらいでへこたれる特異点様やない!コピー体だからって舐めたらあかんで!」


 コピー2はそう叫ぶと全身の精神力を込めて両手を上にあげた。すると、それまで雲一つなく晴れていた上空にもくもくと薄暗い灰色の雲が集まってきた。やがて雲は大きな一つの塊となり、ついに雨を降らす雨雲になった。花粉の怪物は最初こそはきにっせず動いていたものの、やがて雨がしみ込んだ花粉の体がどろどろと形を保てなくなっていき、ついに膝をついてうずくまってしまった。


「やっぱり、花粉には雨がきくんやなあ・・・日本中から雨雲仰山集めて降らせた大雨さかいにしばらくは動きたくても動けんでっしゃろ!ははは!!」


 とりあえず足止めできたので、腰に手を当てて勝ち誇っていたコピー2であったが、しばらくすると自分の体がさらさらと崩れかかっていることに気づいた。クロハが操る微小構成体ナノマシンによってつくられたコピー体には活動時間があらかじめ定められているのだ。


「ああ、ワイの出番もそろそろ終わりやな・・・まあ、とりあえず奴さんは完全乾燥するまで動けへん。ほな、あとは頼んます、オリジナルはん・・・」


 そして、コピー2はただの塵へと戻り、主の元へと戻っていった。


 ・・・


 次に怪物と対峙したのは、コピー1の方であった。コピー1は溶岩を止めるために手っ取り早いのは連続して水をぶっかけること・・・即ち雨を降らすために溶岩の化け物の目の前に立って”雨ごい”を行っている最中であったが、すでに雨雲はコピー2の方向に向かって集結している丁度その時であったためタイミングが悪かった。


「雲がめっちゃめちゃすけないでかんわ!!コピー2のたわけもんが、だだくさに使いよって・・・こっちにもちょっとくりゃあ残してちょう、雨雲あらせんとどうやってあいつ止めるがね!!」


 コピー体の特徴らしくとてもコテコテの方言で話しているが、かいつまんでいえば雨雲をこっちも使おうと思っていたのにコピー2に先を越されてしまって、かなり不機嫌になっている。その間にも溶岩の怪物は刻一刻と街を蹂躙しているのだ。雨雲が使えない以上何か別の方法で奴を止めなければならない。


「・・・うん?よお見ると奴の体、めちゃんこごつごつしとるでよ・・・という事は、粘性が強いちゅう事きゃあ・・・?」


 粘性とはすなわち粘り気の事だ。溶岩自身が内包する主成分シリカの比率によって粘性の弱いものと強いものの二種類に分かれており、それらの判別は冷えて固まった溶岩の形から容易に見分けることが出来る。粘性が薄ければなめらかな形状になるが、粘性が高いとごつごつとした形状になる。今目の前を歩いている溶岩の怪物は冷えて固まっている表面がごつごつとした見た目をしているため、粘性が強い溶岩で構成されている可能性があるとコピー1は予測した。ならば、金属をぶち込んで溶岩内のシリカ構成比率を薄めることが出来ればあるいは・・・!


「そんなら、奴に鉄分ぶっこんで形状を保てにゃあくりゃーにさらさらにしたるでよぉ!」


 火山の近くにある街なので地面に穴をあけてすぐ真下の溶岩を含む地層から鉄分を吸収しても良かったが、今は一分一秒が惜しいので――丁度人々も避難してもぬけの殻ので――街にあるものだけで鉄を集めることにした。コピー1が再び点に掲げた両手の中心に、鍋、マンホール、鉄道のレール、果ては貯金箱の硬貨までが集結し、色々な金属が集結した、怪物と比べて1/3ほどの大きさがある鉄の拳が出来上がった。


「どえりゃあ大きさの鉄拳だがね!!受けてみよーっ!!」


 コピー1が右こぶしを突き出す動作をすると同時に、大きな鉄拳が溶岩の怪物に向かってごうごうごうと風を切りながら飛んでいく。果たして怪物はそれを呑み込んだ。途端に、ごつごつとした図体の合間合間に見え隠れしていた溶岩の粘性が薄まり、どろどろとまるで血のように流れだしていく。おそらくそれが各部の接合材兼潤滑油となっていたのだろう、溶岩の巨人は立ったまま動きを止めて、流れ出た溶岩の全てが足元で冷えて固まっていった。かくして怪物は完全に停止したが、止まっていてもそのたくましい図体にはどこか畏怖感を覚えるものであった。


「や、やっと止まりよった・・・で、でも・・・まああかん・・・リミット・・だがね・・・」


 雲を集めようとしたときにエネルギーを使った上に、残りの全てのエネルギーを鉄拳の創成、操縦に使用したため、コピー1はとうとう立っていることすらできなくなり、怪物が止まったところを見届けると同時にばったりと路面に倒れこんでしまい、そのまま塵に帰していった。


 ・・・


 さて、こちらは当のオリジナルのクロハであるが、一体どうしたわけだろうか、コピー1,コピー2がかなり活躍したのに対してこちらはなぜか目の前のプラスチックの怪物が伸ばした触手にからめとられている。眼前に迫るプラスチック製の目のないぬるりとした顔。こんなことなら、現場についた瞬間に何も考えずに突っ込まなければよかった・・・その時ぐにゅ、と何かを踏んでしまった感触がしたのが運の尽きであった。それこそが奴の仕掛けた罠だったのだ。


「くそう、コピー達はうまくやってるのにオリジナルがこんな調子じゃ情けねえ・・・」


 もがいてみるがこのプラスチック製の触手は思ったより頑丈で身動きが取れない。本当ならこんな触手すぐにでも引きちぎってやるのだが何分3体に分身してしまったためにパワーが通常の1/3しかないのでそれすらもできないのだ。しかし、なぜにこの怪物は自分をじろじろと舐めまわすように覗き込んでいるのだろうか。

 だが、その意味はすぐに分かった。奴の顔面の口に当たる部分から、何やら平べったいものがのぞいて右から左に動いたかと思うと、すぐに口の部分が半開きになる。そしてそこから液体のようなものがだらりと垂れた時、クロハは自分が今どのような立場に置かれているのかを嫌でも理解する羽目になった。


「まさか・・・俺を食う気か!?」


 バクン!


 怪物が大きな口をあんぐりと開けて触手ごとクロハにむしゃぶりついたのが何よりの答えであった。怪物は口の中で”獲物”を好き放題舐りまわした末に、どうもこれは自分が食べられる類のプラスチックではないと判断して、すぐにそれをぺっ、と吐き出した。流石の怪物も超剛体樹脂ハードプラスティカでできているクロハの体を消化することは出来なかったようだ。


「うええ・・・」


 プラスチックの怪物に死ぬほど舐りまわされたクロハは全身がぬとぬととした黒い粘液に包まれてとても気持ちが悪かった。しかもどことなく油臭い。プラスチックは石油を原料として作るらしいのだが・・・まさかこれは石油だろうか?

 そうこうしているうちにも怪物は陸に上がろうとしている、どうにかして止めなくては・・・と思った矢先、クロハの頭上にどこからかヘリがやってきた。マスコミの連中だ。体臭に知られる前に早く始末しなければ・・・と立ち上がろうとしたクロハをよそに、怪物はヘリに向かってこう言い放った。


「己の欲のままに母なる星を汚す人間どもよ、我々はその程度では静止することは出来ぬぞ!!我々は貴様らを滅ぼすために地球の意志によって溶岩、花粉、そして海中に存在するマイクロプラスチックから創成された、この星の意志代行者だ!!貴様らがこの星に対して侵した業を、その身をもって思い知るがいい!!」


怪物はなおも叫んだ。


「我々の行いを止めたくば、直ちにこの星を汚す活動を止めよ!それ以外の条件は飲まぬ!これは最初にして最後の通告だ!要求が受け入れられなかった場合には、すぐにでもこの星から人類種を滅ぼしてくれようぞ!!」


そう叫んだのを最後に、プラスチックの怪物は自らが生まれた海中へとゴボゴボゴボと音を立てて戻っていった。


「くそう・・・い・・・いったい・・・なんだってんだ・・・」


クロハは未だにねとねとする自分の体をどうにかして引きずりながら、這う這うの体で砂浜を這っていく。ここはいったん、仕切り直しだ。











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