第2話 検視団
・・・
長い空白の後、ようやく目を覚ましてみると、そこはコンクリートの壁がむき出しの薄暗い部屋であった。周りには自分をさらった謎の男たちが自分を見て立ちすくんでいる。大声を出そうともがいてみるが、そこでやっと自分が猿轡をかまされてパイプ椅子に縛り付けられていることを認識した。
「むぐぐ!!むぐぐ!!」
「・・・やっと起きたか、おい、轡だけ外せ。」
二人の男が近づいて、轡を外してやると、ようやく口だけ自由になった城戸がわあわあと喚き散らした。
「助けて!!誰か!!助けて!!」
「無駄だ、この廃工場は我々によって特殊な防音装置が仕掛けてある。いくら叫んでも誰の耳にも届かないよ。」
この謎の集団のリーダー格だろうか。室内が明かりに乏しいのもあるがトレンチコートも深くかぶった帽子も全て黒ずくめだ。男は何やら書類をまとめるとデスクから離れて城戸の真正面に仁王立ちになった。
「手荒な真似をして済まないと思っている。だが、これも君が”彼”に接触してしまったからだよ。」
「”彼”・・・?」
そういえばあの男は何やらこんなことをつぶやいていた。
『職業柄後を付けられることが多くてな。』
あの時は特に気にも留めなかったが、まさかこのような形で真実と分かるとは。彼はいったい何者であろうか。いったいなぜこのトレンチコート軍団に追われる羽目になったのだろうか?
「安心してくれたまえ、何も君に乱暴を働こうという訳ではないのだ。スタンガンの件はこちらから謝罪させてもらおう。あれは仕方なかったんだ・・・」
そういって形だけの謝罪の言葉を述べている間も、男は顔色一つ変えなかった。城戸は余計この男たちが怪しく思えてきたが、その心を見透かしたかのように男が口を開く。
「君が私たちの質問に正直に答えてくれたら、すぐにでも君を解放してあげよう。なあに、質問は単純だ、君は”彼”と何を話したのかについて聞くだけさ。」
「・・・別に、そんな話すほどの事じゃないですけど・・・」
「我々は”彼”についてどんな些細なことでも聞き逃さないように上からの命令を受けているのだ。どんな些細な話でもいい、さあ、話してごらんよ。」
男の顔の上半分は帽子の陰に隠れて見えなかった。ここにいる自分以外の男が皆そうであった。口調は優しくしているつもりでも、全く表情が知覚できない。それが城戸により男たちに対しての不信感を与えた。本当に彼らは信用できるのだろうか。いきなり車に押し込んで、自分を気絶させたにもかかわらず暴力するわけでは無いとのたまうこの男たちは。
「さあ、話しておくれ。」
「・・・」
「聞こえなかったのかい。」
「・・・」
「話せと言っているのに。」
「・・・」
段々と口調が強くなってくる。周りを囲む謎の男たちの威圧感に負けて、城戸はとうとう口を開きかけた。別に大した話じゃないのだし、正直に話せばすぐに開放してくれるだろうと思いながら。だが、その開きかけた口は、突然部屋に響いた第三者の一喝によって再び閉じてしまった。
「何も話すんじゃねえぞ!」
怪しげな男たちのずっしりと重く低い声ではなく、明確に血の通った軽快な男の声。
その声の方向に顔を向ければ、そこには声の主の「彼」が突っ立っていた。だが城戸には、状況も相まってそれが自分のピンチを助けに来た九代目ドクターにしか見えなかった。
「ど、ドクター・・・!!」
「・・・俺はそのドクター・
「彼」は捉えられている城戸の方にゆっくりと近づき、男たちに城戸の解放を要求した。
「俺の事を追ってるんだったら、俺だけに狙いをつければいいじゃねえか。無関係な市民を巻き込みやがって、仮にもお前ら公安なんだろ?
「・・・公安所属はあくまでも書類上だ。我々検視団はこの国のどの警察組織よりも優位性を持つ。特に、君のような”
公安?公安って公安警察のことか?この男たちが?そして彼が?なんだって?宇宙人?彼が?
城戸は一度に大量の情報を摂取し過ぎて頭が混乱しかけていた。動揺しているのは自分だけな所から察するに、お互い既に大概の事は知り尽くしているらしい。「彼」の口角がニヤリと笑みを浮かべた。
「大したおもてなしだな。そんなに宇宙由来の技術がほしいのか・・・?」
「小さな島国が大国と対等に渡り合うためには必要不可欠なのだよ。すでに大国はいくつかの宇宙人と取引を行っている。」
「みんなやってるから俺もやる、か。いかにもこの国らしい考え方だ。だが・・・サル山のボスはボスになるときは己自身若しくは同じサルの仲間の力を借りるもんだ。人間の手は使わないもんだぜ。」
「彼」の挑発的なレトリックに、男は動じなかった。しかし、革手袋をはめた拳を強く握りしめている。
「・・・つまり、君は我々に協力するつもりがない、と。」
「もとよりそのつもりだ。自分の星のことくらい自分でなんとかしろ。」
男は「彼」がそう答えるのを予測していたかのように、城戸をぐいと引き寄せてそのこめかみに黒く光る鈍いものを突き付ける。城戸はその正体を直接目にしなかったが、自分が今どのような状況に置かれているかは理解し、動悸が早まった。
「あ・・・い・・・いやだ!・・・乱暴なことはしないって・・・!」
「君の解放条件がたった今変わった。今我々が求めているのは君ではなく”彼”の答えだ。さあ、どうするね。」
人質に取られた城戸を前にしても、「彼」は動揺もせず、むしろけだるそうにしてポケットをごそごそしながら、
「80億人もいるうちの一人が消えたところで何がどう変わる訳でもないだろ。そんな古い手で俺は落ちませんよーだ。地球人同士でしか通用しない手が宇宙人に通用すると思うのは一種の傲慢だぜ」
と一蹴した。それを聞いた城戸は絶望のあまり男の腕を必死に引きはがそうとしていた自分の手から力が抜けるのを感じた。
「そ・・・そんな・・・」
こめかみにかかる圧力が大きくなる。助けに来てくれたと勝手に思い込んでいたのは自分だが、現実と言うものはどうやらドラマのようにはいかないらしい。たとえ服装をどんなに似せたとはいっても、目の前の男は「ドクター」ではない・・・自分を助けてはくれない・・・心がぎゅっと締め付けられて、思わず涙を流してしまった。
「(おい・・・おい・・・!)」
「ううっ・・・なんだよっ!!・・・うぐっ・・・やるなら一思いに・・・」
「(ちゃんと声を聞け、俺だ、俺!)」
城戸は男から話しかけられているのかと思ったが、違った。この声は男の声じゃない。「彼」だ。だが、彼はこちらを睨んではいるものの、口を開いている様子はない。では、どうやって・・・?
「(SF好きなのにテレパシーも知らねえのか?)」
「(て、テレパシー・・・!?)」
なんと「彼」は城戸に
「(いいか、この状況から助かりたかったら今から俺のいう事をおとなしく聞くんだ。・・・今から十秒間目をぎゅっと瞑れ。)」
「(え・・・目を?)」
「(いいからやれ!死にたいのか!!)」
城戸は訳も分からずに「彼」に言われるままに瞼に力を込めて瞑った。それを「彼
が確認すると、ポケットの中から手を出した。その手には、白いペンライト状の装置が握られている。男たちはそれを一目見た時、「彼」の武器だと思っていた。だが、これはあくまでも武器ではない。装置だ。それが彼の持論だった。
「それはなんだ、武器か。」
「武器じゃねえ、装置だ。」
「何の装置だ。」
「それは・・・自分の”目”で見るんだな!!コード:005!!」
カチッと言う音と共に「彼」が装置を作動させると、装置から真昼の太陽のように明るい閃光が飛び出した。男たちはその光をまともに網膜に取り込んでしまい、とっさに目を覆ったが、間に合わなかった。ただ一人、「彼」にテレパシーで言われた通りに、ぎゅっと目をつぶっていた城戸を除いては。
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