第3話 城戸とクロハ

ややあって、城戸が恐る恐る目を開くと、自分を拉致した男たちは皆暗闇の中に倒れていた。自分を人質にとっていたリーダー格の男もすぐ横でのびていた。だがそれはよく見ると、人間ではなかった。背格好こそは人間そのものだが、帽子の下をめくってマスクを剥がしてみればそこからは無機質な樹脂製の顔がその姿を現した。口と思われるあたりには発声スピーカー用の穴が開いている。


何より驚いたのは、男の右腕が変形して右手の甲から銃身のようなものがのぞいていたことだろうか。おそらく他のメンバーにも同じ武器がついていたのだろう。これが本物の武器という確証はなかったが、もしもこの銃で撃たれていたら命はなかったとおもうと体の底から身震いする。しかし、自分はこの通り助かったのだ。「彼」のおかげだ。しかし、「彼」はどこへ行ったのだろうか。周りを探し始めた城戸の後ろから声がかかった。


「戦闘人形なんかに襲われるなんて、まるで”マネキン・ウォーズ”だよな。」

「!?」


「彼」はすぐ後ろにいた。だが、それよりも城戸は「彼」の言葉が気になった。マネキン・ウォーズ。それは自分のようなフーヴィアンでも知っている言葉だ。忘れるものか、9代目ドクターが初登場した――ドクター・フーが久々にテレビに帰ってきた――シリーズ1の一話目のタイトルの名前を・・・


「・・・見てくれたんですね!」

「悪い、字幕版しかネットになくてな。出来れば邦訳版が見たいんだが・・・」

「僕の家で、いくらでも見せてあげます。助けてくれたお礼に!」

「そりゃあ助かるな。」


城戸はふと「彼」の右腕に握られている棒状の装置をちらりと見やった。形状や色こそは違うものの、「彼」の風貌も相まって、城戸にはそれがドクターの持ちうるアイテムの一つ、ソニック・ドライバーにしか見えなかった。


「そのソニックドライバーで、こいつらをやっつけたんですか?」

「ん?ああ、だがこいつの名前は音速ねじ回しソニック・ドライバーじゃない、フラッシュ・コンバーターだ。しかしたまげたな、ここまで似通ってたらまるで俺がドクターのパクリみたいだ、BBCに謝ってこないと・・・」


どこか”円谷”的な響きな名前ではあったが、城戸はそれでも満足だった。まるでフィクションのような世界が今自分の目の前で繰り広げられているのだ、なによりドクターのような宇宙人が実際に存在していたのはなんと素晴らしいことか、と城戸は一人感動していた。


「巻き込んじまって悪かったな、おそらくお前も検視団にマークされるだろう。お詫びとしては何だが、お前を守る意味でもしばらく行動を共にさせてくれ。」

「いいんですか?」

「ああ、俺がしばらく留守にしていた間に何があったのかも聞きたいしな。・・・んで、お前、名前は?」

「僕は、城戸。城戸ロトです!よろしくお願いします!」


城戸は右手を差し出した。「彼」は右手の得物を胸ポケットにしまうと、差し出された手をがっちりと握り返した。


「俺はクロハ。ただのクロハだ。よろしく。さて、自己紹介も終わったところで・・・とりあえずここから出ようぜ。」

「はい!」


日もすっかり沈み、夜のとばりが降ろされようとする頃、二人は人気のない廃工場を後にして、繁華街へと戻っていった。


・・・


深夜でも明るい繁華街とは対照的に、昼でもそっけない雰囲気を灰色の構造物から醸し出す官庁街のど真ん中に、その建物はあった。アスファルトと言う地面からビル等雑草が乱立する一帯ではかなり目立っている古風なレンガ積みの建物の玄関には、「公安特殊検視捜査課」というプレートが重々しく掲げられている。不気味なほど人気が少ないこの4階建ての建物に入り、このご時世にしてはやけに狭苦しいエレベーターで四階に向かうと、この特殊検視捜査課の課長室に直接向かうことが出来る。


課長室のデスクのぼんやりとした明かりに映し出されている人影は、やはりデスクの上にあるモニターに向かってビデオ通話をしていた。画面の向こうの相手は・・・黒い帽子をこれでもかと深くかぶり、トレンチコートを着込んだあの検視団の男だった。


「・・・君のような”指揮型”に対FCフラッシュ・コンバーター用記憶保護プログラムを施したのは無駄ではなかったろう?」

「はい。彼らが姿を消した後に仲間の記憶領域を調べ上げましたが、どれもみな初期化に近い状態になっていました。・・・間違いありません。奴は第六特異点のクロハです。」

「そうでなかったら困るよ。」


男は回転いすをくるりと翻して窓の方を向いた。画面の向こうの男は構わず続ける。


「一応、彼に対する対策のために”量産型”にも同プログラムを導入ダウンロードしたうえで、簡易武装の携帯をするべきだと思いますが・・・」


男は窓から目線を外さずにかぶりを振った。


「いいや、現状維持で構わない。君たちはこれからこの”人形劇”の裏方として頑張ってもらう。キャストはすでにこちらで揃えてあるよ。それにもし彼とやり合ったところで、彼にはこの星の兵器は通用しないよ。旧式の人工子宮世代とはいえ、仮にも銀河連邦の半機械人間サイボーグだからね。」

「では、いよいよ”シナリオ”を発動させるのですか?」

「いいや、まだ本シナリオを発動するときではない。それらの下ごしらえも兼ねた、ちょっとした小手調べの前座を頼むよ。彼の事を信用していない訳じゃないが、いきなり本気でぶつかるのもしょうがないからね。」

「畏まりました・・・旧支配者オールド・マスター様。」

「新しい体は地下二階の五番ブースにある。インストールが終わったらすぐに量産型を引き連れて裏方の仕事に取り掛かってくれ。・・・これから忙しくなるよ。」

「は、では失礼。」


モニターの中の男の意識は、ネット回線経由で地下へと流れていった。旧支配者と呼ばれた男は窓越しに星空を見上げていた。「彼」がこの第六宇宙に複数存在する並行世界の内、第七世界線の地球をねぐらにしていることを調べ上げ、彼が別の世界線で惑星風邪やら色杯やらとひと悶着しているころに、この星に入り込んで公安警察に所属する組織という建前でこの公安特殊検視捜査課を立ち上げたのはつい20年前――地球時間において――の事だ。


20年間の年月をかけて舞台をセッティングし、あとは主役クロハが来るのを待つだけ、と言うベストタイミングで「彼」はこの星に帰ってきた。既にこの国は、いや、この星は隅々まで旧支配者が張り巡らせた見えざる根に覆われていることも知らずに。役者はそろった。だが、幕はまだ開けないよ。まずはゆっくり前菜を堪能してもらおうか。


男と言うにはどこか中性的な顔を少しほころばせた旧支配者は、窓の外を眺めるのをやめて自分のデスクに向き直ると、自分の携帯に通知が入っていることに気づいた。SNSアプリの通知だ。ダイレクトメッセ―ジが届いている。送り主は、「トーチ・キッド」というユーザーからだ。


――こんばんわ!益田さん(旧支配者の日本での通名)、実は今日、また一人フーヴィアンを増やすことに成功したんです!もしよければ益田さんにも紹介したいので、久しぶりにオフで会えませんでしょうか?彼どうもSNSをやっていないし、これからもやることはなさそうなので・・・


・・・どうやら、こちらも経過は順調のようだ。だが、今はまだ仕事が忙しくて時間が開けられない、だが、そのうちきっと機会を設けるよ、とだけ返信しておいた。お楽しみは最後まで取っておくから良いのだ。愛しいクロハ。再び君に会えたことを嬉しく思うよ。いつかきっと会いに行くよ。その時を楽しみにしておいてね、と旧支配者は心の中でつぶやいた。


第666番目の特異点である僕から、あと一歩のところで銀河連邦を支配しかけた僕から、何もかもをその忘却の光フラッシュ・コンバーターで消し去っていった男。やっと見つけた。僕たちはやはり交わる運命なのだ。運命からは逃れられないし、もう逃がさない。

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