第4話 ワーキング・デッド
平日の一番打者、月曜日の朝は誰でも憂鬱だ。ことに城戸に至ってはいろいろあった末にできた新しい友人クロハと夜中まで談笑していたというのもあって、とても眠い。満員電車に揺られながらうつらうつらとした頭で、城戸は昨日のことを思い返していた。話によれば、彼は己の職業を特異点と言ったか。
『それで、結局特異点の仕事ってなんなのさ。』
『そうさな、まあ端的にいえば、誰も知らないところで、誰もが気付かないうちに起きる事件を、誰にも知られず、誰にも気づかれないように解決する、宇宙の正義の代行者。それが特異点だ。とはいえこの基本的な信条は解釈が色々あってな・・・俺の他にも宇宙の管理を任されている特異点が五人ほどいるんだが、それぞれがそれぞれの解釈をして各々任務をこなしてるわけだ。』
特異点について覚えているのはここまでだ。そもそも特異点とはいかにして特異点と呼ばれるのかという事について聞いた気がするが、並行座標体がどうとか、六つに分けられた宇宙とか、その中にある複数の世界線とか、色々と話しのスケールが大きすぎてよくわからなかった。だが、今朝会社についたときにその特異点がどれだけの力を持ち得ているかを目の当たりにして、城戸はすっかり目が覚めてしまった。
「今日からうちで働くことになった
「黒羽です。よろしく。」
上司が連れてきた、城戸のデスクの隣に座ることになった黒羽と言う中途採用の眼鏡の男は、まさしくクロハであった。昨日の今日でまさか自分の職場を突き止めてその上普通に社員として入ってくるとは。まるでさも当然のように隣に座ると城戸の方を向くなり笑顔でウィンクを飛ばした。
「いったい、どうやったのさ?」
「言わなかったか?俺は特異点だ。これくらい朝飯前よ。」
わざっとらしい伊達眼鏡をくいと直して早々に仕事に取り掛かったクロハはあっという間に今日の分の仕事を終わらせてしまったので、城戸は自分の仕事を半分クロハに回しつつ、あとは昨日のように談笑を続けていた。ふと、城戸はクロハの事を自分の仕事仲間の大川という人物にも紹介しようと思い、昼休憩に入るときに彼のデスクがある部屋を訪ねた。だが、彼はいなかった。どういう訳か、彼の上司も会社に来ていないという。だがそのほうが城戸にとっても、会社にとっても都合がいい。
「大川さんの上司は、はっきり言ってみんなから嫌われているんだ。セクハラ、パワハラ、当たり前。上にはぺこぺこ下にはがみがみ、他人の手柄は自分の手柄、自分の責任は他人の責任と言った感じで・・・」
「ああ、その言葉だけでいかに嫌われてるかよぉく理解したぜ。とどのつまり、ブラック上司なんだよな?」
「そういうこと。でもおかしいな、二人ともなんだかんだで休んだことはなかったのに。」
結局、その日は二人とも出勤することはなく終わった。大川の欠勤理由が気にはなったものの、その日の城戸の興味はクロハ一辺倒だったためにそこまで深刻には考えなかった。しかし、翌日になってから状況が一変した。城戸は出勤直後に大川のデスクを覗いてみると、彼はそこにいた。城戸は大川に声をかけた。
「大川、昨日はどうしたんだよ、欠勤なんて珍しいじゃないか。」
「あー・・・」
「・・・大川?」
「うー・・・」
「お、おい・・・大川・・・?」
大川の様子が明らかにおかしかった。顔からは生気がないし、目の焦点もあっていない。それに・・・何やら変なにおいがする。体臭と言うよりは・・・こう、何かが腐っているような・・・だが、思索を巡らせているのに夢中で城戸は後ろから近づいてくる気配に気づかなかった。
「なにをしてる!」
例の上司だ。こいつも出勤していたのか、ずっと休んでいればいいものを何を律義に出社なんてしているんだろうか、という気持ちをどうにか心の中で押さえつつ、城戸はなぜ昨日大川が休んだのか、大川の様子が変だが何があったのかと尋ねた。だが、大川の上司は答える義理はないの一点張りで全くと取り合ってくれなかった。城戸はなおも食い下がろうとするもしまいには
「しつこいんだぁ!!お前には関係ないったら関係ないんだぁ!!」
と叫んで城戸を部屋から勢いよくつまみ出して転ばしてしまった。
「いててて、一体何だって言うんだ・・・あ。」
「おいおい大丈夫か?騒がしいんで見に来たらまあ大変なことになってるな。」
「まったく、だからあいつは嫌いなんだ。」
「今の騒ぎでお前の気持ちは理解したぜ。しかし・・・」
クロハは大川のデスクの方を壁越しに一瞥した。話によると、彼は疑似網膜と言う、女の子の下着以外なら何でも――一度それを見てクロハは痛い思いをしたことがある――見透かすことのできる優れものの
「・・・おい、城戸。」
「どうしたの?」
「ドアから三番目に近い所に座ってるやつが大川でいいんだよな?」
「う、うん、そうだけど・・・?」
「おまえ、あいつと喋って、何か変な所は感じなかったか?例えば、顔に生気を感じなかったり、腐臭がしたり、何を聞いてもあーとかうーとしか答えなかったり・・・」
「・・・どうして、そうだとわかったの・・・?まるでついさっきまでその場にいたかのように・・・」
「やっぱりな。城戸。お前にゃつらいだろうが俺の疑似網膜は基本的に間違った結果を叩き出さない。それを踏まえて、言わせてもらう。」
そして、次にクロハが述べた言葉を城戸はすぐには信じられなかった。
「大川さんは、すでに死んでいる。そしてどういう訳か、ゾンビになっている。」
・・・
夕方。その日は珍しく残業が発生せず仕事が終わったのは城戸にとっては好都合だった。タイムカードを切るや否や城戸は大川のデスクへと向かった。大川が死んでいるなんて、ゾンビになっているなんて、まさか。どうしてもクロハの言葉を信じ切れない城戸はもう一度大川に会って直接確かめてみることにしたのだ。だが、大川のデスクの部屋のドアを勢い良く開けた時には、大川はすでに退勤していた。それどころかあの上司もいない。この会社は毎日そうではないとはいえ全体的に残業が多く、特にこの部署は上司が上司だけにサービス残業が日常茶飯事のはずだが・・・
何か変だといぶかりつつ、城戸が会社から出てみると、なんと当の大川が車に乗り込む瞬間が目に飛び込んできた。さらにその車の運転席に座っているのは、あの上司ではないか。いったいどういう風の吹き回しであろうか、社員をなじることしか能のないあいつが、大川を車に乗っけてどこへ行くつもりだろうか。城戸のいぶかしげな目線に気づいた大川の上司は、どこか切羽詰まった様子でアクセルを強く踏み込んでその場を後にした。
「あ、待て!!」
これはただ事ではない。大川とその上司は何かを隠している。そう確信した城戸はまるでこの時を待っていたかのように目の前に滑り込んできたタクシーを捕まえると、急いでいる、あの車を追ってくれと運転手に告げた。あの車でいいんですかい?と運転手が逃げ去る上司の車を指さす。
「そうだ、あいつだ、それでいいから早く出してくれ!」
「カーチェイスはお高くつきますぜお客さん?」
「お金はどうにかする!!とにかく早く出して・・・あっ!!」
顔が分かるように帽子を少し後ろにずらして、こちらを振り向いた運転手の顔は、何とクロハであった。
「え・・・クロハ・・・な、なんで・・・君は、今朝、弊社に・・・」
「なあに慌てなさんな、すぐに追いかけると奴さんにまかれちまう。奴の位置情報はとっくに把握済みだからなるべく距離を取って追跡するぞ。」
「位置情報・・・ど、どうやって・・・?」
「特異点は、何でもできるのさ。」
帽子をかぶり直したクロハは、前に向き直ると例の車が十分に離れたのを認めてから、西に傾く太陽に向かって車を発進させた。運転しながらクロハは城戸に話しかける。
「少なくとも奴が向かった先の見当はつく。まさか大川さんの家まで送るなんてことはないとして、城戸、お前なら死体を隠すならどうする?」
「・・・どこか、山奥に捨てるとか、海に沈めるとか・・・」
「なるほど。模範的な答えだ。だが、それは死体が完全に白骨化してもいい場合にでのみ通じる話。だが逆に比較的綺麗な死体、そう、それもゾンビに転用できるような死体をこの日本で隠すなら、どこがいいと思う?」
「ぞ、ゾンビの隠し方なんて・・・分からないよ。」
「聞き方が悪かったな。じゃあこうしよう、木を隠すならどこに隠す?」
「木を隠すなら・・・森・・・」
「そう、木を隠すなら同じ木がたくさんある森に隠すのが手っ取り早い。それと同じ考えを、さっきの俺の質問に当てはめてみな。」
クロハの駆るタクシーはランプを上り、料金所を通過して高速道路に乗った。
「綺麗な死体を隠すなら、死体置き場・・・で、でも!日本にそんな死体を置いて置ける場所がある訳・・・」
「あるんだな、それが。」
ぺらり、とクロハが後ろ手で渡したチラシを見て、城戸ははっとした。そうか、ここならそこまで腐食していない綺麗な死体を置いてもすぐにはバレることはないだろうし、早々人目につくこともない。クロハの考えが当たっていれば、おそらく彼らはここへ向かったのだ・・・急がねば!
片面のみフルカラーで印刷されたチラシは観光用の物で、見出しの部分にでかでかと「富士の樹海日帰りツアー」と記されてあった。
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