第5話 ネクロ・マシン

 昼でさえ太陽の光が届かなくて不気味な富士の樹海は夜になって初めてその本性をむき出しにする。太古の昔からこの場所はパワースポットとされており、それゆえ訪れるものも多い。だが、数あるパワースポットの例にもれずその内訳は生きることに疲れて精神的に参ってしまったものたちがここの見えないエネルギーに見初められてしまい、ここを最期の地と決めて自ら命を絶つものが過半数を占めている。それゆえこの場所はおそらく日本では唯一死体――自殺による――が置かれている場所と言っても良い。ゾンビを作るために一番必要な材料たる新鮮な”死体”を手に入れるには絶好の場所だ。そして、それらを隠すのにも・・・


 その樹海を突っ切るように敷設された道路を樹海の中ほど辺りまでまっすぐ行くと、果たしてそれはあった。あの上司の車だ。クロハがそのすぐ後ろにタクシーを止めて、城戸と共に車内を確認する。やはりもぬけの殻だ。


「クロハ、あいつがどっちに行ったか分かる?」

「待て、いま走査してる。」


 樹海はかつて富士山が噴出した溶岩の上にあり、その溶岩が放つ磁場によって方向が分からなくなると言われているが、これは誤りで、多少の狂いは出るものの方角を見失うほどではない。第一、地球の方位磁針ならまだしも、その程度の磁場のみであれで迷うほど彼の疑似網膜――銀河連邦軍ならだれもが導入する汎用型に過ぎないが、クロハのはさらに高性能なものにカスタマイズされている――は伊達ではない。


「ここから南西の方角に生体反応があるな・・・あのガードレールの隙間から、」

「あの方向だね?よし!!」

「あ、ちょっと、おい、城戸!」


 クロハの静止も聞かずに城戸は指示した方角へ一目散にかけていった。いくら樹海はそこまで迷うほどの場所ではないとはいえ、それはしっかりと装備したうえでの話。着の身着のまま、しかも何も明かりがない場所にに飛び込めば樹海でなくてもすぐに迷ってしまうだろう。やれやれ、無鉄砲な奴だと肩をすくめながら、クロハは城戸の後を追った。


 ・・・


 縦横無尽に広がる樹の海には人工物は似つかわしくない。それゆえここを生涯最後の地と定めたものが所謂練炭自殺を行う際に設置したテント――一種の現代の古墳ともいえる――などは真夜中でもよく目立つ。そこへ、ぼんやりと青白い光を放つ人一人がまるまる格納できるようなカプセルを内蔵した大きな装置が置いてあれば嫌でも目に付くであろう。しかしそれは昼のうちは真上に迷彩幕で覆われているため、逆に明るい時ほど目立ちにくい。


 名をネクロマシンと言うその機械がゴウンゴウンと音を立てて作動している前で、二人の男が何やら話し合っている。一人は小太りの男でえらく憔悴しきっているが、もう片方の男は夜なのに深く帽子をかぶってベージュのトレンチコートを羽織っている。そして、その装置のカプセルの中にはこの樹の海に転がっていた比較的状態のいい死体が収めてある。だが、機械の正面から見て一番右のカプセルに収まっている、生前大川と名乗っていた死体は、つい三日前に自らの上司に当たる小太りの男が職場でしでかした不正を咎めようとして、逆上した上司に殺された死体であった。


「実験を中止したいだと?」

「社員の一人に違和感に気づかれちまった、それでなくても腐臭がきつくて耐えられねえよ・・・」

「いいだろう、ただしその代わり君がこの大川と言う男の命と共にもみ消そうとした君自身が会社で犯した不正の数々と、それをさらけ出そうとした男に逆上して殺してしまったことを世間にさらしてもいいというのなら。」

「あっ、い、いや・・・それは・・・とても困る・・・」

「ならば、我々の実験にこれからも付き合ってもらおう。いい結果が出れば君の職場は君の理想的なものになり得るのだ、さえ我慢できれば誰も君に文句も言わずなおかつ金もかからない、最高の労働死体ワーキングデッドが量産できるのだぞ。」

「・・・」


 上司は自分が置かれた状況をひどく後悔した。後先考えない、直情的な性格が仇となってとうとう犯してしまった殺人の隠ぺいの場所に樹海のど真ん中を選んだまでは良かったのだが、まさかその奥で検視団と名乗る怪しい連中が実験をしているとは知らなかった。実験に協力してくれるという条件でどうにかその場を乗り切ったが、いくら上司にとって最高の部下とはいえ、隠し切れない腐臭を室内滲ませながら淡々と死体が横で働いているという事実に上司は気が気ではなかった。この男にも一応は人の心は存在するのだ。


「だいたい、なんであんた等検視団は死体を動かす技術を持ってるんだ、死体を動かして何をする気だ、ゾンビ物の映画でも撮るつもりか!」

「・・・悪いが、それを君に話す義務はない。君は言われた通りの事をやって我々にデーターを渡してくれればそれでいいのだ。今更おじけづいたってもう遅い。恨むなら三日前に死体を捨てに樹海までやってきたにもかかわらず、我々と鉢合わせした自分を恨むんだな。・・・それとも、11に、君がなるか?」


 上司は思わず尻込んでしまった。深くかぶった帽子のせいで口の動きでしか表情を読み取ることが出来ないこの男はまさしく不気味そのものだった。同じ人間をまるで道具のように扱うのは確かに自分にも共通点があるが、死体までこき使おうとは流石に心を疑う。一体検視団とは何者なのだ。自分はもしかしてとんでもない陰謀に巻き込まれたのではないか、と上司が思った時であった。


「うわああっ!!」


 背後から自分たちではない何者かの叫び声が聞こえた。それと同時に、ずるずるとロープが巻き上げられる音がする。いったい何事かとその方向へ視線を向けてみたら、なんとその大川の異変に勘づいた例の社員が、片足を大木から垂らされたロープにつられてぶら下がっているではないか!


「お、おまえは・・・!!」


 ・・・


 樹海に威勢よく飛び込んだ城戸は、しばらくさ迷い歩いたうちにぼんやりと青白く光る光源を発見し、恐る恐る近づいてみるとそこには機械の前で会話している例の上司がいた。しかも、その横にいるもう一人の男の格好には見覚えがある。なぜ、奴らが上司と面識があるのか、いったい何故、検視団が関わってくるのだろうか。一度に謎が濁流の用に襲い掛かってきたのをどうにか整理しながら、奴らが話し込んでいる最中に機械のカプセルの中に納まっている大川だけでも救い出そうと踏み出したのがまずかった。


「万が一のために備え付けておいた罠に、まさかかかるものがいたとはな・・・」


 検視団の男はため息交じりに逆さにぶら下がっている城戸を見やった。城戸は逆さになりながらも非人道的な行為を行う二人を強いまなざしでにらみつけた。


「全部聞いたぞ、この人でなしども!!死人にだって権利はあるんだ!!今すぐ彼らを解放しろ!!」

「我々は彼らに再び生きる権利を与えたのだ、賞賛こそすれ、軽蔑されるのはいただけないな。」

「死を尊重できないくせに生の尊重を押し付けるな!!」

「何を言おうと君はここに踏み込んだ時点で手遅れだ。・・・そうだ、まだテストしていない項目があったな。ちょうどいい。」


 そういうと、検視団の男は機械の操作盤を少々いじった。すると、死体を収めた青白いカプセルが回転して左右に開いた。中にいた大川を含めた生ける死体がのそりのそりと出てくる。彼らに向かって男は二人を処分せよ、とだけ指令を発すると、死体たちは二人の周りを囲み、ゆっくりと歩き出した。


「実のところこの三日間ですでに十分なデーターは集まっている、あとは不必要なものを処分するだけなのだよ。そしてその不必要なものとは、君たちの事だ。」

「な、なんだと!?」

「ど、どういうことだ!こいつならまだしも、俺が何で!?話が違うぞ!!」

「何も違わない。君の言う通り私は死体を解放したし、君も厄介ごとから解放される。すべてが丸く収まったじゃないか。では、諸君。せいぜい最期の時を楽しみたまえ。私はここで失礼させてもらうよ。」


 そういうと検視団の男は機械に手を触れると、なんと機械を細かい微粒子に分解し、それを思いきり右の掌から吸い込んで握りしめてしまった。二人は目の前の光景が信じられなかった。そして検視団の男は身なりを整え二人の元を去ろうとしたその時だった。


 ごおん、と言う鈍い音がしたかと思うと、検視団の男は声を上げる暇もなく後ろに思い切り吹っ飛び、すぐ後ろの木にぶつかったかと思うと、まるで壊れたのようにバラバラに飛び散った。その場を去ろうとした男を吹っ飛ばしたのは、暗闇から伸びるにぎり拳。その拳の持ち主をその目にみとめた時、城戸は思わず安堵の表情を浮かべた。


「・・・クロハ!!」

「遅くなった、すまん。」


 クロハは城戸に軽くわびると、つい先ほど吹き飛ばした人形をつかんで疑似網膜で走査した。先ほどのネクロマシンと検視団自体のデーターをサルベージするために全体をくまなく捜査したが、この人形の中に残っていたのは機械の操作方法と死体の動かし方だけで、重要なデーターにはほぼほぼしまった。


「遅すぎたか・・・」


 軽く舌打ちしたが、今はそれどころではない。死体に迫られている城戸と、不本意だがこの騒動の大元の原因になった上司を助け出さねばならない。クロハは大地を大きく蹴り上げて宙を舞い、死体たちを越えて城戸が引っ掛かったロープがかけてある大木の一番太い枝にひらりと着地した。手刀で城戸の拘束をほどいてやると、二人に大声で叫んだ。


「いいか、死にたくなけりゃ思いっきり目をつぶっとけ!!俺がいいって言うまで絶対に開けんじゃねえぞ!!」


 城戸はその意味をすぐに理解したが、上司はなぜ目をつぶらなければならないのかさっぱりだ。そんな上司を城戸は怒鳴りつけてようやく準備が整ったところを見て、クロハは胸ポケットからフラッシュ・コンバーターを抜いて作動させた・・・


「コード:005!!」


 暗闇の樹海の中に真昼のような閃光が走ったその一瞬で、全てが終わった。ゾンビたちはその光を網膜に取り込んだ瞬間に、力なく崩れ落ち、再び物言わぬ死体へと帰っていった。


 ・・・


 ややあって、城戸とクロハは大川の上司を逃げ出さないようにしっかりロープで縛り上げた上で、警察に通報した。上司は観念したのかほっとしたのか、力なくうなだれているだけで抵抗の意思は微塵もなかった。後は此奴を車が置いてある場所まで連行し、やってきた警察に受け渡すだけだ。だが・・・


「城戸、何してる。もうここには用はないぞ。」

「・・・」


 城戸は再び安らかな眠りについた大川の死体を見て、無念さに駆られていた。大川は仕事でしか接点のない人だったが、その唐突過ぎる死を真に受けられないくらいの存在だったのだ。


「・・・大川・・・」

「城戸、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。だが、お前が異変に気付いたからこそこいつの罪を暴けたんだ。これで大川さんも浮かばれるだろうよ。」

「・・・うん・・・そうだね。」


 城戸はそういうと、大川の冷たくなった顔に触れて、別れの言葉を言った。


「大川、せめて安らかに・・・」


 すると、動かなくなったはずの大川の瞼が突然ぱっちりと開いた。まだ動けるのか!?フラッシュコンバーターは効かなかったのか!?城戸は驚いて避ける暇もなかったが、その必要はなかった。彼は最期にこうつぶやいて、再び動かなくなったからだ。


「・・・城戸君・・・ありがとう・・・」


 大川の最後の言葉に、思わず城戸が涙ぐんだその時・・・闇のとばりに光が差した。

 長い夜は、終わった。









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