第37話 よみがえるクロハ
長い長い年月が過ぎた。
クロハはその間夢を見ていた。自分の周りに、何やら蝶が舞っている夢。蝶は舞いながら何かを必死に集めている。それは自分だった。自分を構成する微粒子を、まるで花粉を集めるかの如く一か所に集めている。ぼんやりとした意識でそれを眺めていたクロハだったが、ある時突然体中が内側から引っ張られるような感覚を感じた。見る見るうちに自分の体が収縮していく。微粒子同士の結合間隔が矯正されていく・・・
[再開:主観的記憶再生]
「場」の中央でクロハはゆっくりと目を開けた。特異点になったあの日と同じ場所に寝かされていた。自分自身の体に質量を感じるのは果たしていつぶりだろうか。手を握る。腕を動かす。足を曲げる。動作のすべてに重力がついてくる。自分の体に質量がついている動かぬ証拠だ。
そして、次の瞬間ずっしりと重いものがクロハの上に乗っかった。
「クロハ!!やっと、やっと目覚めよった、この寝坊助が・・・良かった・・・!」
第四特異点が、目を真っ赤にはらしてクロハに抱き着いていたのだ。
周りには、ほかの特異点も安堵の表情を浮かべている。
「あ・・・あぁ・・・俺・・・あれから・・・いったい・・・どれくらい・・・」
すると、目の前にピカピカと輝く発光体が降臨した。上位存在だ。クロハは久々に浴びるまぶしい光に目をしばたたかせる。
――ようやく目覚めたね、クロハ。――
「なあ、おれ、あれから一体どうなったんだ・・・」
――君に分かりやすく言うとね、時空応力に巻き込まれた君は感覚の並行感知容量を越えた末、粘土のようになって引き伸ばされたんだ。――
「ね・・・粘土?・・・言ってる意味がよく分かんねえ・・・」
――後で君自身で過去を覗いて補足するといい。こればっかりは実際に見てみないと分からないしね・・・――
「過去・・・そうだ、俺は・・・」
段々と自分のが持っていた記憶がよみがえってくる。そしてついに、クロハは己の想い人の記憶にたどり着いた。
「ライティア・・・そうだ、ライティアは・・・」
クロハは寝かされていた台の上から第四特異点をはねのけて一目散に第六宇宙への入り口へと向い、そして、第5世界線への入り口に飛び込もうとしたときに、上位存在が彼の前に立ちはだかった。
「何だよ、上位存在、そこを退けよ。」
――ライティアに会いに行くのなら、やめておいた方がいい――
「どうしてだ・・・?まさか、彼女の身に何かが・・・!?」
――いいや、彼女は君と別れた後は事件に巻き込まれることなく平和な生活を送った――
「・・・なんで、送ったなんだ・・・?送っている、じゃないのか・・・?」
――単純なことだからだ。彼女は・・・――
上位存在から放たれた言葉を、クロハは最初信用しなかった。だが、上位存在は嘘などつかなかった。心の中では嘘だとわかっていながらも、どうしてもこの目で確かめたくて、教えてもらった場所に向かった。公園のように広いその場所は、ある一画に大量の石碑が整列している。クロハはなおも上位存在の言葉を信じなかった。その石碑が置いてあるエリアの中央で灰色の
『――彼女は、君が目覚めるずっと前に、寿命を全うした。――』
「・・・」
直接”死んだ”と言わなかったのは、上位存在なりに言葉を選んだ結果なのだろう。銀河連邦が管轄する公園に併設された、
「・・・」
言葉が出なかった。体中から力が抜けた。震える手で、彼女の石碑の中に設置されている、残留記憶保存端末と自分を有線で接続して情報をコピーしたうえで
「・・・」
胸が張り裂けそうになった。旧支配者と戦った時よりも痛みを感じる。なぜみんなの運命を狂わせた自分だけが、こうやってのうのうと生きていられるのか。彼女だって願わくばもっと長い年月を生きたかっただろうに・・・
クロハはライティアの石碑から離れて、力なく木陰のベンチに座り込んだ。曇り空の下で取得した彼女の残留記憶データーを読み込めば、その中には彼女がかつて自分やムロトと過ごした日々の記憶が残っている。そしてどのデーターでも、彼女は笑顔だった。それらのデーターを見るのはクロハにとっては苦痛だった。まるで、自分が犯した罪の大きさを突き付けられて糾弾されているようだった。もう彼女の笑顔も、悲しい顔も、怒った顔も、もう、見られないのだ。
「ライティア・・・」
もう彼の心は、何も感じられなくなっていた。流す涙も、もう枯れた。そんな彼をおもんぱかったのか、上位存在は慎重に言葉を選んで彼に謝罪する。
――僕たちは君を復活させる為に力の限りを尽くした。それでも・・・間に合わなくて・・・本当に、すまなかった。――
「(・・・いいさ、謝らなくて。お前は悪くない・・・でも。)」
――でも?――
「(もう・・・ライティアの事に関しては、首を突っ込まないでくれないか。)」
――・・・――
それ以降、上位存在はもう話しかけなかった。その後、クロハは再びライティアの記憶データーを閲覧していたが、ふと、その中に比較的新しい文書ファイルが同梱されているのに気が付いた。「この宇宙のどこかにいるクロハ君へ」と書かれている。彼女が書いたのだろうか。とくに
[添付:文書ファイル]
[ファイル名:「この宇宙のどこかにいるクロハ君へ」]
『クロハ君へ。おそらくこの手紙をあなたが呼んでいるころには、私はとっくにアーカイブされているころでしょう。貴方と最後に別れてからもうすっかり季節は巡りましたが、いかがお過ごしでしょうか。私は、ムロト君と共に平和に暮らしています。でも、貴方がいないとやっぱり寂しいです。ムロト君は貴方はとっくに死んだものと思っているようですが、私はそう思いません。直接死んだ瞬間を見た訳でもないのに、死んだと決めつけるのは早とちりもいい所です。きっとあなたの事ですから、あんなやつ簡単にやっつけて、今頃はどこか遠くの星で特異点の仕事を全うしているのでしょう。
そんなクロハ君に、”一人を死なせたらその倍の人数救いなさい”という言葉を送ります。これは3年前に生まれた一人娘の誕生日プレゼントとして購入したことわざ辞典に乗っていた言葉なのですが、意味は文字の通り、一人でも犠牲者を出してしまったらその倍の人数を救いなさい、ということです。おそらくあなたはまだ兄さんの事や生まれる前に死んでしまった子供のことを悔いているのだと思うのですが、もはや全ては過ぎ去ったことです。どうか、もう自分を責めないでください。貴方には特別な力があります。死者に思いをはせるのはほどほどにして、その特別な力で一人でも多くの人たちを救ってほしいのです。
二人とも、貴方の無事を祈っております。もし生き延びられることが出来たら、どうか私の分まで生きてください。それが私やムロト君からのあなたへの最後のお願いです。
追伸:もしも仕事中に私の娘に会う事があったら、彼女を手助けしてやってください。我ながら大変よくできた娘に育ったものだと思っておりますが、それでも心配になるのが親心と言うものです。名前はメイデンといいます。顔つきは私に、目つきはムロト君にそっくりなのですぐに分かると思います。』
[了]
手紙を読み終わった後、クロハはしばらく頭を抱えてうずくまり、嗚咽した。そしてその心をくみ取ったかのように、しとしとと雨が降り始めた。雨が気に当たり、枝葉をからこぼれて、彼の目に伝って頬を流れるその様は、まるで天が涙を流せぬ彼の代わりに涙を流してるようだった。雨はしばらく降り続けた。やがて出すものを出し切った天気は再びまぶしい日の光をたたえて、木漏れ日としてクロハを照らしだす。
「・・・よし。」
クロハはすっくと立ちあがった。自分にはまだまだやることが一杯残っている。悲しんでいる暇はない。心なしか、ここに来る前よりも体が軽くなった気がした。彼は再び、ライティアの石碑の前で
[終了:主観的記憶再生]
[再生開始:補完的記憶(追加者:クロハ)]
[予定:補完的記憶再生終了後、記憶領域再構築終了及び義体の緊急省電状態解除]
黒髪の女性は花束を持っていた。今日は彼女の母の月命日だった。本当なら二か月先の
彼女はライティアの石碑の前で立ち止まり、花束を置いて合掌し、石碑に有線接続して語り掛けた。
「お父さん、お母さん・・・私ね、明日ギロチンやファラリスと共にある星の惑星滅亡任務を遂行することになったわ。その星、なんでも
そう、彼女こそがエーデ・ライティアとムロトの間に出来た一人娘、メイデンその人であった。彼女は母や父が死んだ後、最低年に一度は必ずここへ来ていた。
「ふふ、なんだかんだでこっちの仕事も楽しいわ。特にギロチンが来てからは。彼、戦闘技術は銀河一なのにそれ以外の事はからっきしなの。ファラリスと私とで一生懸命一般常識やらなにやら教えてるんだけど、それが子育てをしているみたいでまるでおかしくって。その甲斐もあってか、ファラリスはもうギロチンにぞっこん。別に部隊内恋愛は禁止してはいないけれど、流石に任務中に体を重ねるのだけはやめてほしいわ・・・ん?」
メイデンは石碑の残留記憶データーの一部が、何者かにコピーされた形跡を発見した。よく心亡き者が重要機密情報や銀行口座などの情報を狙うのだが、それらは近親者でもアクセスに制限がかけられるほどに厳重な管理体制が敷かれているのですぐに特定できる。だが、コピーの形跡はそれらのデーターではなく、普通の記憶ファイルのみにしかない。しかも、生前実の娘にさえも見ないでねときつく言い渡した、例のクロハと言う人物に残した文書ファイルにもその形跡がある。
「・・・まさか・・・いや、でも・・・」
メイデンは考え込んだ。クロハと言う人物は、ときたまメイデンの耳にも入ってくるくらいには生前の父と母が話題に挙げていた人物である。父と母が巻き込まれたある事件を境にぱったりと姿を現さなくなったらしいと聞いているが・・・
「・・・考えすぎよね。母さんと同期の人工子宮世代の遺伝子寿命は、とっくに過ぎてるんですもの。」
メイデンはそれ以降、クロハの事については考えないことにした。そして、父と母、そして生まれる前に死んだ叔父にしばしの別れを告げ、黒髪をくるりとなびかせて踵を返し、公園を後にした。
これから仲間と共に出向く、その惑星滅亡任務にて、クロハなる人物と接触することになると、彼女はまだ知らなかったのだ・・・
そしてここが、記憶の旅の終着点となる。
[終了:補完的記憶再生]
[完了①:記憶領域再構築]
[完了②:個別保存記憶ファイルおよび直近最終保存記憶の並行処理]
[備考:個別保存記憶ファイル名一覧
・ギロチン(切断者).jrq
・シキモリ~蒼色巨神シアン~.jrq
~(略)~
・ブレイン・フラワーガーデン.jrq
・プレグ・ロイド.jrq
・ぬまご.jrq
・MadMaxとき214号.jrq]
[解除:緊急省電状態
[開始:義体再起動シーケンス]
[実行中:0%]
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[実行中:31%]
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[実行中:40%]
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[実行中:66%]
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[実行中:71%]
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[実行中:100%]
[再起動完了]
[おはようございます]
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