第36話 逆転の一手
「ふっ、何を言うかと思えば・・・その言葉は君に勝算があって、初めて口に出せるんだ。勝ち目のない戦いではただのはったりにしか聞こえないよ?」
「勝負はいつだって、はったりをかましたもん勝ちだぜ。」
「・・・面白いことをいう。・・・ならば、僕も・・・」
アフレイダスは唸り声をあげて全身に力を込めた。すると、体の中央部にある悪意のるつぼが鈍く光り輝き、そして時空歪曲空間の、赤色と黒色の絵の具をめちゃくちゃに混ぜたような空間の内赤色、即ち過去の時空間からじわじわとどす黒いものが悪意のるつぼに集まっていく。
「ああ・・・過去からの”悪意”が僕の飢えを、乾きを、癒してくれる・・・力がみなぎる・・・あふれる・・・!!」
この空間を開いたのは、まだ悪意がそこら中にあふれていた過去から悪意を取り寄せる為だったのだ。自身が生まれるよりも前の時代からたっぷりと悪意を吸収したアフレイダスの巨体は、よりどす黒く、より禍々しい姿へと変貌していく。力の為なら過去への干渉も辞さないその執着心にクロハは呆れを通り越して感心していた。
「ったく、どこまで力を欲したら気が済むんだ?」
「この世から、僕より強いもの・・・強くなれるものが・・・いなくなるまで・・・!!」
「つまり、永遠にか。」
「これでもまだ足りないんだ・・・だから、君の特異点としての力を・・・手にする必要が・・・あるんだっ!!」
アフレイダスが大きく振りかぶってクロハに不意打ちの貫手を仕掛けてきた。
ひらりとかわしたクロハは、空を蹴ってアフレイダスに剣を突き立てる。
だが、敵の表面に切っ先が触れたとたんに剣はパリンと音を立てて割れてしまった。
「なんの、そのためにいっぱい持ってきたんだあっ!!」
とっさにトランクケースを展開して、今度は光線銃を装備してアフレイダスに向かってゆく。だが彼はニヤリと笑ったかと思えば、体中からどす黒い触手を発生させてまっすぐクロハへと放つ。全方向360°で襲い来る触手たちを右へ、左へ、紙一重でかわしていき、どうしても避け切れないものは光線銃で焼き払いながら、クロハはもう一度突撃する。光線銃のレーダーサイトは胴体のど真ん中を捕らえた。
「あれさえ破壊すれば・・・喰らえっ!!」
光線銃から放たれた黄色いレーザー光線は正確に悪意のるつぼめがけて命中した。だが、出力最大で放ったはずの光線はるつぼに穴どころか傷一つすらつけられない。まるで効きめがないのだ。
「ど、どうなってやがんだ!!」
「無駄だ、無駄だ無駄だむだだぁぁあああ!!」
アフレイダスは大きく口を開け、クロハに向けて破壊光線を吐き出した。
紙一重のところで体を翻してどうにかかわしたものの、光線銃の銃身をごっそりとえぐられてしまった。もうこれは使えない。彼は銃だったものを投げ捨ててすぐさま別の武器に取り換えようとトランクケースを展開するが・・・
「ええいくそう、次の武器、次の武器・・・うわっ!!」
綴込武器を展開した、ほんのわずかな隙をつき、アフレイダスは密かに伸ばした触手でトランクを取り上げてクロハをはたき落とした。
「こんなおもちゃで僕を倒そうだなんて、舐められたものだね・・・」
バランスを崩したクロハは地面にたたきつけられた。そしてその上からアフレイダスの左手が勢いよく彼を押しつぶす。
「ぐわぁぁぁ!!」
「勝算もないのに勝負を挑んだその度胸は褒めてやるよ・・・そんなに苦しんで死にたいなら・・・思う存分!!」
右手でトランクを握りつぶし、そのまま拳を交互にクロハに向けて振り下ろす。
地面は打撃の度にクレーターを作り、轟音と共に深く、深く削られていく。アフレイダスは何回も、何回も、何回も、何回も、何回も、クロハを痛めつけた。
そして、最後の一撃が終わり、拳を上げると、クレーターの中心にめり込んだクロハの姿が目に入った。それを見てアフレイダスは再び邪悪な笑みを浮かべた。虫の息とはこのことか。いくら半機械人間が頑丈でも、こう何度も極端な衝撃を受ければ簡単には立ち上がることは出来ない。事実、クロハは既に両足と右腕の関節がひん曲がってしまい、まともに立つことすらできなくなっていた。今彼が動かすことのできる部分は左腕ただ一本のみであった。
「う・・・うぅ・・・ごほっ・・・」
「どうした、第六特異点?もう終わりかい?つまらないなあ・・・せっかくかっこつけて友達を送り出したのに、これじゃあ合わせる顔がないねえ・・・フフフ・・・」
「ぐ・・・」
「もう減らず口をたたく気力もないか・・・」
それでもクロハはどうにか左腕を器用に使って這い上がり、アフレイダスに立ち向かおうとした。
「ま・・・だ・・・だ・・・まだ・・・おわっちゃ・・・」
「最初からこうなることは、分かり切っていたはずだよ?・・・別に、僕は君を取って食おうってわけじゃないんだ・・・その力を僕におとなしくよこせば、君の命だけは助けてあげる。約束するよ・・・だからさ、してくれないかな。こ・う・ふ・く。」
クロハはしばし沈黙した。そして・・・改めてそれを拒否した。
「誰が・・・降伏、なんか・・・」
「・・・そうか、じゃあ・・・」
アフレイダスの口元にエネルギーがたまっていく。先ほどの攻撃よりもエネルギー量が高いとクロハの疑似網膜がノイズ交じりに忠告する。あれをまともに喰らえばたとえ万全な状態でもひとたまりもないだろう。しかし、まだ自分は生きている。まだ左腕は動く。まだできることはあるはずだ。左腕をやみくもに動かしてみる。何か、なんでもいい・・・何か・・・わらでも何でもいい・・・何かを掴みたかった。すると、左手の先にこつんと硬い感触がした。ボロボロになったジャケットの左ポケットの中に、何かある。棒状のものだ。無我夢中でまさぐってそれを取り出す。
「こ・・・これは・・・!」
白いペンライト・・・そうだ、フラッシュ・コンバーターだ!なぜ自分はこいつの存在を今まで失念していたのだろうか。この小さなペンライトの改造品は、あれほどの打撃を受けた後にも関わらず無傷のままだった。それを握りしめてアフレイダスに向けるが、やはり少し距離があって届かない。これではいざ発動したとしても閃光が奴に届く前に目を防がれてしまう・・・なるべく奴の至近でこれを光らせなければならない。だが、腕をどんなに伸ばしても破壊光線のエネルギーをためている目の前の敵にはむなしく届かない。くそう、せめて、腕がもう少し伸びてくれたら・・・いいや、伸びなくてもいい。腕だけでも飛ばすことが出来たら・・・
「・・・!!」
いいや、出来る。自分は腕を、拳を飛ばすことが出来るのだ!あの時、アフレイダスが初めて襲ってきたあの日に、ライティアから貰ったあのプログラムが・・・びっくりナックルが・・・今自分に備わっている・・・この左拳に・・・!あの時ライティアに言われた言葉が脳裏によぎる。
『それはだめ、もしもの時に役に立つかもしれないわ。なんたって防犯用だもの。』
そしてその時が、ついに今やってきたのだ。クロハは力を振り絞って左拳に備わっているびっくりナックルプログラムを作動させた。目標はアフレイダス。擬似網膜は彼の眉間を捉えた。外したらもう後がない。たった一度きりのチャンスだ。奴が光線を放った直後にこれを放てば・・・
「さよなら、クロハ。誰にも看取られぬまま・・・死ね!!!」
口を開けながら放ったその言葉と共にアフレイダスは最大エネルギーで破壊光線を発射した。まさにその時であった。
「いっけえぇぇぇ!!」
賽は投げられた。光線とクロハの左拳が交差した。アフレイダスはそれをクロハが苦し紛れに放った無駄な攻撃とばかり思っていた。その拳に握られているペンライトのようなもののスイッチがカチリと言う音と共に押下されて、轟音と共にまばゆい光を放つまでは。
バシュウゥゥゥゥ・・・
「なんだ・・・この光は・・・!!・・・まさか・・・そんな・・・あれは真っ先に破壊したはず・・・!!うおおおおああああ!!」
その光が、銀河聖遺物を用いた暴走を防ぐための装置、フラッシュ・ストッパーの光と同じ成分を含むものと知ったときには、全てが手遅れであった。FCの閃光はアフレイダスの目を経由して全体に回り、彼の体を構成している”悪意”のエネルギーの結束を分解していく。
「うあああ!!この僕が・・・この僕の体が・・・崩れていく・・・ウァァァ・・・嫌だ・・・嫌だ・・・!!」
雄たけびが恐怖を帯びた悲痛な叫びと変わり、アフレイダスの体がだんだんと崩れていく。やがて、アフレイダスだったものが一つの球となり、段々と膨張していく。そして、制御を失った悪意はついに爆散した。同時に放たれた破壊光線は目の前で消滅した。光が目に入るのを避ける為目をつぶって伏せていたクロハのもとに、大役を果たした左拳が帰還し、左腕と再びつながった。クロハの勝利だ。
「はぁ・・・はぁ・・・やった・・・俺、やったよ・・・ライティア・・・ありが、とう・・・」
そして、クロハはとうとう力尽きて倒れてしまった。
[一時停止:主観的記憶]
[再生開始:補完的記憶(追加者:クロハ)]
[予定:補完的記憶再生終了後、主観的記憶停止解除]
先の爆発の影響で時空歪曲空間が崩壊を始めた。過去と現在の時空のもつれが元に戻ろうとし始めているのだ。彼が倒れている地面が突然隆起したかと思うと、それは赤と黒の渦に変化してクロハを呑み込んでしまった。その後、時空のもつれは、クロハを巻き込みながら元に戻ってゆく。彼はその中で体の四方八方を無限に引き延ばされるような感覚と、無限に押し込まれるような感覚を同時に味わった。不思議と、痛みは感じなかった。ただ、そこには感覚だけがあった。まるで自分の体が粘土になったような気分だ。薄く薄く、厚く厚く、丸く丸く、四角く四角く、感覚の並行感知容量を超えた彼の体はだんだんと応力を失っていき、そして・・・時空のひずみが完全に消滅したときクロハはある面から見れば無限に小さくなった。しかしまたある面から見れば、無限に大きくなったと言っても間違いではない。
クロハはこの第六宇宙に内包される全ての世界線が相対的に微粒子に見える程の大きさになった、しかしクロハの構成粒子そのものの大きさは変わらなかったので、等身大の観測を行えば、彼は微粒子レベルで分解されたという結論が出るであろう。ミクロ的に見れば分解されているように見えるが、マクロ的に見れば結束を保っている。そういった理由で、拡大したというよりは、引き伸ばされたという方が正しかった。クロハは見えない層のような、概念的存在の状態になって、第六宇宙を漂うことになった。
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