第35話 さよならライティア

 空間の中はクロハの想像よりもだいぶ広い場所だった。後ろで先ほど通った入口がしゅうしゅうと音を立てて閉じていく。退路は断たれた。そしてそれと時を同じくして、クロハの目の前にアフレイダスの巨体が音もなく現れた。彼の両手にはカプセルの中に閉じ込められた二人がいる。


「墓場へようこそ、クロハ。君には大して恨みはない、むしろ恩しかないけど君には死んでもらうよ・・・」

「・・・俺に何をしようと構わない、だが、その前に・・・」


 クロハは右手の三本指の形にして目の前の敵に見せつけた。


「俺が課す三つの条件を全てのんでもらおう。」

「・・・ほう?」


 アフレイダスは一体何を言っているんだという顔になったが、すぐさまそれを快諾した。


「それで?条件とやらを聞かせてもらおうか。」

「まず、安全に二人を解放しろ。そのカプセルを一つにまとめて、こちらによこせ。」

「・・・よし、いいだろう。」


 アフレイダスはエーデル、ムロトがそれぞれ入っているカプセルを合体させて、中身はそのままに一つに融合させると、それをふわりと浮かばせてクロハの元へ滑るように移動させた。滑らかに着地したカプセルのそばに近寄り、クロハは中の二人の安否を確認する。


「二人とも、大丈夫か?」

「あ、ああ、なんとかな。」

「クロハくん・・・」


 二人とも特に異常はないようだ。それを確認したクロハは、アフレイダスの方に向き直って声を張り上げる。


「よし、次は二つ目だ!!彼を・・・エーデルを”ライティア”に戻せ!!」

「・・・どういう事かな?」

「戦闘タイプの義体から、元の非戦闘タイプの義体に戻せというんだ、早くやれ!!」


 その言葉にエーデルは驚いた。そしてアフレイダスはいぶかしげな視線を向けた。


「・・・それをやって、君と僕に何の得がある?」

「いいからやれ!得があろうがなかろうが、条件を変えるつもりはない!!」

「・・・言っとくけど、書き換えられた遺伝子までは戻せないからね・・・?」


 アフレイダスは右拳に青色のエネルギーをためて、人差し指を突き立てて光線を放ち、エーデルに照射した。エーデルの体は青い光に包まれたかと思うと、その中のシルエットがぎゅるぎゅると言う音を立てて変貌していく。そして、青い光がすうと消え去ったころには、すでにエーデルは元の姿に戻っていた。骨格も、声域も、全てが生まれつきのままの可憐なライティアに戻っていた。


「え・・・うそ・・・僕・・・いや、私の体、戻ってる・・・」

「な、・・・いったい、何がどうなって・・・」


 困惑する二人にクロハはカプセル越しに微笑む。


「二人とも、完全にとは言わないが、これで元通りだ。・・・ハンデル隊長は・・・死人を蘇らせるのは、特異点でも流石にだめらしい。すまない。これが俺の精いっぱいの餞別だ。」

「餞別って・・・クロハ、お前・・・!?」

「・・・はあっ!!」


 クロハは平手に力をためて真っ二つに空を切ると、その軌跡から光が漏れだした。それをクロハが両手で無理やりこじ開けると、光の向こうにはよく見慣れた部屋が・・・二人の住居が映った現実空間へとつながっていた。


「このカプセルはこの時空歪曲空間でしか発動できない。元の空間に戻れば、自然消滅する。そうだろう?旧支配者さんよ!」

「・・・ああ、もちろんだ。」

「だから、これに乗っけたまま安全に二人をここから出す。それで何もかも元通りだ。」

「クロハ君は・・・!?クロハ君は、どうするの!?」

「・・・」


 カプセルに張り付いたライティアの目線から、クロハは顔をそむけた。そして、深呼吸した後に再び向き直って言葉を絞り出す。その目は座っていた。


「・・・俺は、ここに残るよ。ここに残って・・・奴をどうにかする。」

「どうにかって・・・お前は知っているはずだ!奴は敗北知らずとうたわれた銀河連邦の一艦隊を惑星ごと葬り去ったんだぞ!?いくら特異点とは言えお前がかなう相手じゃ・・・」

「勝てる、勝てないの問題じゃねえ!!・・・すべては俺が始めたことなんだ・・・だったら・・・俺が責任を取って、終わらせるのが筋ってもんだろう?」

「まさか・・・おまえ・・・!!」

「ふっ、よかったなムロト。これでもう”疫病神”とは二度と会わなくて済む。」


 その言葉でムロトの表情が一瞬にして曇り、瞳がぶるぶると震えだす。


「ち、ちがう・・・俺は、けして、そんなつもりじゃ・・・」

「いいんだ、ムロト。何も違わない、全部俺が悪いんだ。お前は正しいよ。」

「駄目!クロハ君も一緒に逃げようよ!!」


 クロハの言葉からすべてを察したライティアは、カプセルにばっと張り付いてクロハを引き留めた。そんなライティアに向かって、クロハは優しく、しかし悲しげに微笑む。


「俺がいると、ライティアを含めてみんなに迷惑かけてしまうからな・・・二人とも、俺の事なんてとっとと忘れて、幸せに暮らしてくれ。」

「いや!いや!!クロハ君!!お願い!!やめて!!いや!」

「・・・じゃあな。」


 カプセルを内側から叩き、必死に抵抗するライティアの悲痛な叫びはクロハの耳に痛いほど突き刺さった。だが、彼はあえて聞こえないふり、見ないふりをして、悲しげな顔を伏せてカプセルを現実空間へとゆっくり押し出していく。そして、カプセルが時空歪曲空間から完全に離脱したのと時を同じくして、空間の裂け目がしゅうしゅうと閉じ始めた。


 嬉しい時、悲しい時、彼女は必ずそばにいた。そして彼女がムロトと添い遂げることを選んだ時も、表面ではそれを祝いながらも決して彼女への密かな想いだけは捨てられなかった。そしてそれは今も・・・いや、もうこれは墓場まで持っていこう。そんなライティアとも、もうお別れだ。二度と会う事はない。

 クロハはくるりと背を向けた。もう振り返らなかった。後ろからバリンと言う音が聞こえた。カプセルが割れたのだ。その音を聞いてクロハは安心した。だが、今にも閉じようとする裂け目の向こうから聞こえてきた想い人の断末魔は、どうしても聞こえないふりをすることは出来なかった。


「クロハーーーー!!!」


クロハは振り向きたい気持ちをぐっと抑えた。右拳の親指は既に力強く握りこまれて白ばんでいる。ここで逃げたら男じゃない、とどうにか自分の気持ちを無理やり抑え込んで、事の成り行きを、あくびが出そうなくらいつまらなさそうに静観していたアフレイダスへと向き直った。


「ふん、感動的なシーンだったね。さて、そろそろ君の力を・・・」

「まだだ!まだ三つ目の条件を満たしてねえ!!」

「・・・はあ、もう君にこれでもかと言うくらいに大サービスしてあげたつもりだけど?これ以上、君は何を求めるんだい?」

「簡単だ・・・俺と戦え、そして勝て。」


クロハはどこからか取り出したトランクケースを両手にそれぞれ持って、地面にどさりとおいた。すると、トランクケースはバタバタと左右に展開し、中から剣やら銃やら盾やら様々な武器が生えてくる。これは銀河連邦軍の標準装備である綴込武器バインダーアームズだ。そしてクロハは盾と剣をそれぞれ取り出して、トランクを再びしまい込み、アフレイダスと対峙する。


「何もしないで力をくれてやるくらいなら、いっそ正々堂々戦った末に負けてから奪われる方が後腐れがねえ。勝敗の結果としてならば誰も文句はつけられない、お前にとっても都合がいいだろう?」


 本気か、この男は・・・アフレイダスは冷たく笑った。だが、クロハは本気だった。どのみち死ぬ覚悟でここへ飛び込んだのだ。

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