第34話 奪われた二人

 過去と未来、そして現在の時空はそれぞれ独立しており、絶対に交わることはないし、交わることがあってはならない。だが、その禁断の掟を、アフレイダスはいとも簡単に破り捨てた。それはとても容易な方法であった。時空の流れに唯一干渉できる銀河聖遺物、サビスナドケイと悪意のるつぼのエネルギーを同調させて、時空そのものに強い力を与えて、過去と現在をつなげたのだ。みるみるうちにアフレイダスがいる宙域は時空が乱れ、赤黒い空間へと変貌した。本来交わることのない「過去」と「現在」を無理やりつなげた結果、時空そのものが持ちうる元の姿に戻ろうとする力、即ち時空応力が方向感覚を失い、複雑に絡み合った末に発生したこの空間こそが、時空歪曲空間である。


そしてアフレイダスは、この空間を二度と閉じれないように、サビスナドケイを思いっきり投げ捨てた。サビスナドケイは周りに漂う絵の具の赤色過去黒色現在がまじりあったようなペースト状の物体に触れたのちに、ごぽごぽと吸い込まれてしまった。サビスナドケイが行きつく先は、過去か、現在か、それはもはや誰にも知りえない。


「・・・うぐ。」


アフレイダスはそのどす黒い巨体をぶるぶると震わせながら口を大きく開き、体内に存在した異物をごぼり、ごぼりと吐き出した。先に出てきたのはエーデルで、次に出てきたのがムロトであった。二人は吐き出されたショックで目を覚ました。明らかに異様な空間に戸惑っている二人の上から、アフレイダスは声をかける。


「やあ、お目覚めのようだね、お二人さん・・・」


二人は突然話しかけてきた目の前の黒い怪物にばっと振り向き、身構えた。その姿を忘れることなどあるものか、奴はあの時みんながいる喫茶店を襲い、ハンデル隊長を死に追いやった仇・・・!


「お前は・・・アフレイダス・・・!」

「僕たちに何の用だ!!」


顔と思わしき部分からぎらぎらと光る赤い眼がこちらをじっと見つめている。おどろおどろしい外見に反して声色は不気味なほどに爽やかだった。声だけ聴けばどこにでもいる普通の好青年と勘違いしそうなくらいに。


「僕の名前をご存知とは。銀河連邦も、教育はちゃんとしているようだ・・・ふふ、なんだか少し照れちゃうな。」

「だまれ、旧支配者め!!貴様には屈しないぞ!」

「そっちの君はこっちの男性、あ、いや失礼、元・女性と違って威勢がいいね。」

「ど、どうしてそれを・・・」

「何でも知っているよ、ライティアさん。君たちがさっきまで喧嘩していた友人の記憶をちょっとだけ、のぞかせてもらったんだ。フフフ。」

「なら話が早い、お前は兄の敵だ、今ここでやっつけてや・・・ああっ!!」


相手がアフレイダスと知るや否やとびかかろうとしたエーデルはすぐに半透明の青いバリヤーカプセルに閉じ込められてしまった。


「エーデル!!うわっ!!」


エーデルに駆け寄ろうとしたムロトも同じものに閉じ込められてしまった。アフレイダスは二つのカプセルを大事そうに抱えて、中に入っている二人を赤い眼で交互に見やった。


「おおっと、殺気十分な所申し訳ないけど、君たちとは戦うつもりはないんだ、僕の本命はクロハただ一人、君たちは得物を捕らえる為の餌として、機能してもらうからね・・・彼は友人思いだからね・・・きっと来ると思うよ・・・」

「・・・!」

「さて・・・彼とご対面と行くか・・・」


アフレイダスが時空歪曲空間を指でつつつ、となぞると、その軌跡がぱっくりと割れて小さな穴となり、クロハのいる場所へとつながる。その空間越しにアフレイダスが見やったクロハの様子は、当代特異点とは思えないくらいに、ひどくみじめな姿であった・・・


[再開:主観的記憶再生]


「うう・・・うう・・・」


クロハはエーデルの住む家の近くの公園のベンチに座り込み、顔を抑えてすすり泣いていた。涙を流さずに泣くというのは変な表現かもしれないが、それでも彼にとってはこれが精いっぱいの感情表現であった。日が暮れてだんだんと闇が忍び寄り、クロハの影も細長く伸びていく。夜の闇がだんだんと空を包んでいく。しかし、これとは別の”闇”が、クロハのそばに近づこうとしていた。


「俺のせいで・・・俺のせいで・・・」

「やれやれ、それでも君は特異点かい?大の男が喧嘩したくらいでめそめそ泣いて情けない・・・」

「・・・!」


突然近くから声がした。だが、周りを見てもクロハの周りに人の気配はない。彼は大声を上げて声の主を探した。


「誰だ、俺に話しかけた奴は!上位存在か!」

「違うよ・・・もっと近くにいるよ・・・」

「近くってどこに・・・うおっ!!」


前に向き直ると、目の前に赤黒い絵の具がぐちゃぐちゃに混ざり合った空間への入り口が開いており、その向こうかららんらんと光る赤い眼玉がこちらを見ている。クロハは心なしか、不気味に微笑んでいるようにおもえたが、あながち間違いでもなかった。


「やあ、第六特異点のクロハ君。僕はアフレイダス。旧支配者アフレイダス特異点としての君の先輩さ。君がばかをやったおかげで僕は自由になれた、改めて礼を言わせてもらうよ・・・」

「アフレイダス・・・!てめえ、何しに来た!!」

「正直に言うよ、君の特異点としての力が欲しいんだ。その力で、僕はこの銀河を再び僕の物にする・・・!」

「けっ、丁寧に頼めば力をやるとでも思ったか、てめえには死んでもやらねえ、おとといきやがれ!!」

「ふうん・・・ではこれを見ても、君はそれを拒否できるのかい・・・?」


アフレイダスは手に持ったカプセルのようなものをクロハに見せつけた。その中にはなんとエーデルとムロトが入っていた。


「!!」


クロハはとっさにカプセルを奪おうとしたが、それは空振りに終わった。今クロハが見ているのはアフレイダスの虚像であるからだ。クロハと同じ目線で会話するためにあえてサイズを小さくした虚像を送っているのだ。くっくっと笑いながらアフレイダスの虚像はこれ見よがしに二人の入ったカプセルをクロハに見せつける。


「二人を離せ!!二人は関係ないだろう!!」

「ふふ、喧嘩をしたとはいえやはり友達の事が気になるか、クロハ・・・二人を解放してほしければ、この時空歪曲空間へ来て、僕に君の力をよこせ・・・そうすれば二人を自由にしてあげよう・・・」


アフレイダスの交渉にクロハが判断しかねていたその時、カプセルの中のエーデルとムロトが必死に叫んでクロハを止めようとする。


「駄目!!クロハ君、こっちに来ちゃだめだ!!逃げて!!」

「クロハ!!これは罠だ!!奴はお前を殺す気だ!!」


カプセルをゴン、ゴン、と叩いてクロハを警告するも、たちまちカプセルが白く濁って、二人の声をかき消してしまった。


「やれやれ、うるさい人たちだ・・・それで?君は来るのかい?来ないのかい?」

「・・・俺が、この中に入れば、二人を解放するんだな?」

「ああ、約束しよう。特異点同士の約束だ。さあ・・・おいで・・・?」

「よし、分かった。」


クロハが入る、と言った瞬間に、ぽっかりと穴をあけた時空歪曲空間への入り口からアフレイダスの虚像が消えた。中からはアフレイダスの者と思われる大きな手が、こちらに向かっておいでおいでをしている。

だが、クロハはもう迷わなかった。必ず、二人を助け出すのだ。二人は自分のせいで散々な目に遭っている。これ以上、迷惑はかけたくない。悲しい思いをさせたくない。そう固く決心して、彼は時空歪曲空間へと足を踏み入れたのだった。

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