第33話 真実を告げる勇気
[再開:主観的記憶再生]
久しぶりにやってきたエーデル(ライティア)の家の敷居は、クロハにとっては高すぎた。しかしそれでもエーデルと手錠でくっついたままであったため、彼は上がるしかなかった。コンクリートむき出しの肌にうねうねとへばりつく配管とガラス一枚で生活空間と隔たれてる天井は、銀河連邦ではとても一般的な天井の風景であったが、それはまさしく今のクロハの心情を表すものにふさわしいものだった。
「ムロト君、クロハ君を捕まえたって伝えたら仕事切り上げてすぐ帰ってくるって。会社からここまではどんなに短くても公共交通機関で一時間はかかるから、それまでは二人っきりだよ。」
「う、うん・・・」
絨毯の上に座り込んだ二人。
エーデルはクロハの手――手錠でつながれていない方――を両手で握る。
クロハの顔をじっと見つめながら段々と距離を寄せてくる。
おもわず、クロハは目を背けてしまう。
「・・・」
「どうしても、言いたくないの?」
「だから、何でもないって・・・」
「何があってもひょうひょうと熟してきた君があんな顔したのを見て、何もないと思う方がおかしいよ!」
ガチャリ、と言う音をたてて手錠が外れた。エーデルが外したのだ。そして間を置かずに、エーデルはクロハに抱き着いた。困惑するクロハをよそに、エーデルは耳元でささやく。
「何か事件に巻き込まれているなら、僕たちが出来る範囲で何とかする。誰かに追われているならしばらくここで隠れてていい。お金に困ってるなら、少しくらい援助してあげる!ムロト君は僕が説得させる!助け合うのが友達だろう?」
「・・・え、エーデル・・・」
「お願い・・・本当のことを話して・・・何もかも一人で背負い込まないで・・・」
「・・・」
クロハは己に抱き着いている友人に、本当のことを話すべきか迷った。特異点の秘密をむやみやたらに話してはいけないというのもあるが、この際それはどうでもよかった。問題は、自分が「N」クロックをどかしたせいで恐怖大帝アフレイダスの復活と、その襲撃によって皆の兄貴分でもあったハンデル隊長を死なせてしまい、ライティアのささやかな夢を台無しにしてしまった事だ。
それを正直に話して、彼は・・・いや、彼女は、果たして自分の事を許してくれるだろうか?許す許さないの問題ではないことは重々承知している。だが、結婚した後も、戦闘タイプの義体に乗り換えても、目の前の友人に対する密かな想いが、好きな人に嫌われるんじゃないかという我ながらあまりにも身勝手すぎる理由が、彼の喉元まで出かかっている告白を押しとどめていたのだ。
「(ど、どうしたらいいんだ・・・俺は・・・俺は・・・)」
――君は事実を述べるべきだ。――
突然頭の中に声がした。上位存在がクロハに直接思念通信を送っているのだ。
「(おい、何でお前が割り込んでくるんだ、お前は関係ないだろう!)」
――君のあまりのじれったさに、いてもたってもいられなくてね。君は事実を述べるべきだ。――
「(特異点に関してのことはむやみやたらと話してはならない、と言ったのはお前だろう!!)」
――必要な場面においては別に話しても構わない。むしろ今は言わなければならない。――
「(上位存在は、それぞれの宇宙の出来事に直接干渉しないんじゃなかったのか?)」
――これは上位存在としてではなく、個人としての意見だ。真実を話す機会が遅れれば遅れるほど、君の友人からの信頼度は低く成るだろう。――
「(うぅ・・・)」
――大丈夫。事実を淡々と、起ったままに伝えればいい。誠意さえ忘れなければ、きっと君の友達は君をなじったりはしないさ。――
「(・・・)」
上位存在はそれ以上は話してこなかった。だが、それがクロハの後押しとなった。
後はクロハが、勇気を出す番だ。目をつぶって、呼吸を整え、覚悟を決める。
「クロハ君・・・?」
「・・・エーデル。話すよ、すべてを・・・何もかもを・・・!」
そしてクロハは、あれから自分に起きたことを洗いざらい白状した。
遺跡調査任務で変な時計を拾ったこと。そのせいで、アフレイダスの封印を解いてしまい、結果的にハンデル隊長を死なせてしまったこと。そして同じく死にかけた自分は上位存在に救われて、特異点の力を授けられたこと。そのことを、今まで言い出せずに、逃げるようにして特異点の任務に没頭していたこと・・・。
「・・・クロハ君・・・それって・・・本当なの・・・?」
「ああ、全て、本当の事だ・・・」
全てを聞かされたエーデルは信じられないといった顔つきでクロハを見やった。クロハはそうなることは分かってはいたが、段々その視線に耐え切れなくなり、とうとう床にはいつくばってエーデルに謝罪した。
「ハンデル隊長の事は・・・本当に・・・本当に・・・すまなかった・・・!!今まで何度も言いだそうと思った、でも俺は、君やムロトに嫌われたくないからって・・・自分勝手を優先して・・・やるべきことから逃げ回って・・・」
「・・・クロハ君。」
エーデルは震える声で謝罪するクロハを起こした。そして、クロハの肩に手を置き、彼を諭した。
「君は・・・それをもっと早く言うべきだった。出来れば、僕が義体を乗り換える前に・・・」
「すまない・・・すまない・・・」
「僕は、貴方の失敗について責めているんじゃない。君が自分の義務を放棄して、逃げ回ったことを責めているんだ。」
「うぅ・・・」
「僕たちから逃げて、自分がすべきこと先延ばしにしたせいで、君の中に生まれた罪悪感が君の心を余計に締め付けた。違う?」
「あれ以来・・・みんなの顔を見るのが・・・辛かった・・・みんなの幸せを壊しておきながら・・・それを隠し続ける自分が・・・何より許せなかった・・・」
もし半機械人間の体に涙を流す機能があったなら、今のクロハの顔はぐじゅぐじゅになっている所であろう。カーペットを握りしめて、顔をゆがませながら、すまない、すまない、と必死に謝罪するクロハをエーデルはやさしく制止して、そして再び抱きしめた。
「クロハ君も、辛かったよね。苦しかったよね。」
「うん・・・うん・・・」
「僕はもうクロハ君のしたことについては責めない。そのうえで改めて言わせて。それは君のせいじゃない。君はあくまでも仕事を全うしただけだ。兄さんもきっとそういうだろう。だから、君はもう自分一人で責任を負う事はない。」
「・・・俺を・・・許してくれるのか・・・?」
「うん。君の誠意は十分伝わった。そのことを、ちゃんと、ムロト君にも伝えるんだよ?」
「ああ、必ずそうするよ。」
その時、部屋のドアがバタンと勢いよく開いた。驚いた二人が見やったドアの向こうには、険しい表情のムロトが立っていた。
「む、ムロト・・・!」
「話は全部聞いたぞ。クロハ。」
「ムロト君、なんでこんなに早く・・・?」
「現役兵に頼み込んで緊急転送装置を使わせてもらった。だが、今はそんなことよりも・・・クロハ!!」
ムロトはクロハの来ている作業用ジャケットの胸ぐらをつかんで詰め寄った。
「たとえエーデルが許しても・・・俺はお前を許さんぞ、クロハ!お前のせいで・・・お前のせいで・・・!!」
「す、すまない・・・ムロト・・・」
「ムロト君、もう彼を責めないで、彼は十分・・・」
「エーデルは黙ってろ!!」
二人の間に制止に入ったエーデルを取っ払って、ムロトはなおもクロハをにらみつける。
「いいかクロハ、お前は自分が殺したのはハンデルだけだと思ってるだろうが、それは違う。犠牲者は”もう一人”いたんだ・・・」
「・・・それは・・・どういう事だ・・・?」
クロハはムロトの言っている意味が分からなかった。だが、エーデルはその意図に気づいた。
「!・・・だめ、ムロト君、それは言っちゃ・・・」
「いいや、言わせてもらう!・・・あの時、本当ならハンデルとお前に・・・報告するつもりだったんだ・・・俺たちの間に、子供が出来たって・・・!!」
「・・・!!」
クロハは自分でさえも知らなかった事実に驚愕の表情を浮かべた。
「専用人工子宮やら・・・自然分娩許可証明やらの環境を整えて・・・やっとの思いでできた子供だった・・・まだ胚の状態だったが・・・それが・・・あの時・・・彼女はがれきの下敷きになったんだ・・・命までは取らなかったが・・・よりによって、よりによって移植したてでガードを未装着だった人工子宮に直撃して・・・」
「・・・」
「気づいたのは、ハンデル隊長をアーカイブした後だった・・・何もかも、お前の・・・お前のせいだ!!お前がそんなことしなければ・・・俺たちは・・・俺たちは今頃・・・子供が・・・何もかもめちゃくちゃだ・・・」
ライティアはあの時、子供を身ごもっていたのだ。人工子宮にて予め決まった数の人間が産まれてくる銀河連邦において、任意のパートナーと結婚するならまだしも、そのパートナーと生身の時のように一から子供を作り、産み育てることを選ぶものはとても珍しかった。そのようにして生まれた子供は特に大切にされる傾向がある。だからこそクロハの受けた衝撃は尋常ではなかった。クロハを散々非難したムロトの険しい表情がだんだんと悲痛へと変わっていき、そしてとうとう耐え切れなくなって床にうずくまってしまった。
「そんな・・・そんな・・・ムロト・・・」
「近寄るなあっ!!この人殺しが、疫病神が!!・・・今すぐこの場から消えろ・・・そして二度と、俺たちの目の前に現れるな!!・・・でないと・・・俺はお前を、殺してしまうぞ・・・!!」
クロハは自分の体の中から力が抜けていき、自分の視界が急激に狭くなっていく感覚を覚えた。そして、自分が許してもらえるなどと甘い考えを一瞬でも持ったことを強く後悔した。
「そ、そうだよな・・・それが・・・当然の反応だよな・・・」
「く、クロハ君・・・!」
「俺なんて・・・俺なんていない方が・・・みんな、平和で暮らせるんだ・・・そうだ、そうに決まってる・・・へへ・・・」
結局こうなるのだ。分かり切っていたことだ。力なく笑ったクロハに、もうこの家に立ち止まれるほどの力はなかった。周りがみな自分を非難している気がする。クロハは二人から逃げるように部屋を後にして、一目散に駆け出していった。
[一時停止:主観的記憶]
[再生開始:補完的記憶(追加者:クロハ)]
[予定:補完的記憶再生終了後、主観的記憶停止解除]
「まって!クロハ君!!」
「勝手に行かせてやれ・・・疫病神は遠ざけるに限る・・・」
瞬間、ムロトの頬に激しい衝撃が走った。エーデルが思い切り平手打ちをかましたのだ。今にも泣きそうな顔でムロトを睨んでいる。
「ムロト君のバカ!!どうしてそんなひどいこと・・・!」
「お前こそ、一番の被害者なのにどうしてあいつを許せるんだ!!」
「彼をどんなに責めたって、彼の罪は消えないし、二人は帰ってこない!・・・それに、僕たちが彼を許さなかったら・・・いったい誰が、彼を苦しみから解放してあげられるの・・・?彼は自分の犯した罪を、勇気を出してようやく吐き出すことが出来たのに・・・!!」
「・・・」
「もういい、僕、彼を探しに行く!」
エーデルはムロトにそっぽを向いて部屋を飛び出し、クロハを追いかけるために家を出ようとした。ところが、勢い良くドアを開けた先には人がいた。思わぬ来客に拍子抜けしたエーデルにその男はにっこりとほほ笑んだ。
「あ、どうも。こちらにお住いのエーデル・ライト様は貴方様でよろしいでしょうか?」
「は、はい・・・そうですが・・・?」
「ああ、よかった。貴方に会いたかったんです。」
用があるなら電話で済ませればいいものを、なぜわざわざ家まで押しかけてきたのだろうか?エーデルは目の前の不自然に微笑んでいる目の前の男をいぶかしんだ。
「ご用件は・・・?」
「はい。貴方を・・・拉致しに来ました。」
「・・・え?」
エーデルがあっけにとられたその隙に、男の体の中からどす黒い気体がにゅうっと生えて、エーデルをからめとった。そして、男はエーデルを触手ごと体の中に飲み込んでしまった。
「んっ・・・んっ・・・しばらくそこでおとなしくしててもらうよ。なあに、君に傷はつけないから安心してくれ。・・・ん?」
男が気配のする方に視線をやると、何か様子がおかしいと感じたムロトがこちらを覗き込んでいた。
「おい、エーデル・・・なんだ、お前は?」
「・・・そうだ、ついでに君も・・・」
にやり、と笑った瞬間に男はムロトへ向けて触手を放っていた。一瞬の出来事だったので、ムロトは逃げる間もなく触手にからめとられ、するりと男の中に飲み込まれてしまった。
「んっ・・・はぁ・・・さあ、餌は揃えた・・・あとは”獲物”が引っ掛かるだけ・・・君らがいい感じの悪意を発生させてくれたおかげで僕も満足だよ・・・フフフ。」
二人を呑み込んだ男は満足げに腹をなでると、そのまま自分の体をどす黒いものの集合体に変化させて、どこかへと飛んでいった。
二人は、人間に化けたアフレイダスの急襲を受けて拉致されてしまったのだ。
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