遠い過去編その2
第31話 エーデルの危機
[一時停止:主観的記憶]
[再生開始:補完的記憶(追加者:クロハ)]
[予定:補完的記憶再生終了後、主観的記憶停止解除]
エーデ・ライティアが戦闘タイプの義体に乗り換えたのちに、エーデル・ライトに名を変えてから丸々2年が過ぎた。彼は銀河連邦宇宙軍の発着港の警備隊の任務に就いていた。ある惑星の衛星軌道上に存在する宇宙港と、それと惑星をつなぐ軌道エレベーターの監視、及び治安維持が彼の任務である。
しかし彼が警備するべき宇宙港は目下攻撃を受けている。宇宙港デッキの耐圧ガラス越しに見えるその線上には、宇宙艦隊が放つレーザーの煌めきと、艦隊所属の戦闘機が光を放って爆散する光景が星よりまぶしく映っていた。宇宙港を襲撃した謎の黒い怪物、それはアフレイダスであった。奴は2年前の襲撃以来息をひそめていたが、今になって理由もなく突然銀河連邦軍の宇宙港を襲撃したのだ。
襲い来る化け物を艦隊は全力で迎撃した。しかし全く攻撃が通用せず、レーザーもミサイルもまるで泥の上に浮かべた石のごとく奴の体の中にすうっと吸い込まれていく。かくして、出せるものを出し尽くした艦隊は片っ端からアフレイダスの拳に撃沈させられていった。もはやこの港も安全ではない。港にいる職員は全て軌道エレベーターに集まって惑星に降りてゆく。最新型の重力転換式軌道エレベーターを利用しているおかげで惑星と宇宙港までの往復時間が5分もかからないのが救いであった。
そしていよいよ、しんがりを務めたエーデルたちの部隊がエレベーターに乗り込もうとした、その時だった。エーデルは疑似網膜上にかすかだが生存反応の感知を確認して踏みとどまった。方向は、アフレイダスの攻撃を受けて破壊され、緊急封鎖されたドック区画だ。
「おい、何をしてる、早くエレベーターに乗れ!!」
「先に行ってください、まだドックに生存反応が・・・」
「もうここは危険だ、もう助からない!自分の命を・・・」
同僚の忠告を最後まで聞かずにエーデルは走り出してしまった。
「あっ、おい、まて!!・・・くそ、仕方ない、”彼”が選んだことだ、ドアを閉めろっ!」
同僚はふてくされ気味にエレベーターのドアを他の仲間に閉じさせて軌道を降りていった。
エーデルはドック方面につながる廊下を走っていく。ドックに近づくにつれて生存反応がだんだん濃くなってくる。窓の外ではとうとう最後の艦隊がアフレイダスの魔の手にかかり撃沈していく。銀河連邦軍創設以来初の大敗北であった。だが、今はそれよりも目の前の命を助けることが、エーデルにとっては重要だったのだ。そして、破壊されたドック入り口の前にやってきたエーデルは、とうとうその生存反応の主を見つけた。が、それは分厚い緊急防護シャッターの向こうにいるらしい。エーデルはまず向こう側にいる人物に思念通信を試みた。
「(大丈夫ですか!?助けに来ました!!)」
「(あ・・・ああ、まだ人がいたのか・・・)」
どうやらまだ息があるようだ。エーデルは安心する暇なく、右足のサイドポケットから重光子カッターを取り出した。起動スイッチを入れられて白く光る光波をむき出しにしたのを確認すると、それをシャッターに垂直につきたてた。
「(シャッターから離れてください、いま重光子カッターでシャッターを少しだけ開けて救出します!!)」
「(だ・・・駄目だ・・・俺の事はいい、早くエレベーターへ・・・!)」
「(諦めてはだめです!大丈夫、僕に任せてください!!)」
鋼鉄のシャッターにつきたてた重光子カッターが赤い軌跡をじゅうじゅうと記し、その軌跡がついに人一人分通れるくらいの大きさの穴の形になった瞬間に、エーデルはそれを蹴飛ばした。そしてできた穴をくぐると、そこには同じ警備隊の腕章をつけた男が壁にもたれかかっていた。両足から先がない。おそらく先の襲撃で失ったのだろう。
「よかった、さあ、早く脱出しましょう!」
「ああ、すまない・・・すまない・・・」
二人はシャッターにあけた穴をくぐって、エーデルは男を背負うとエレベーターの場所まで一目散に走り抜けた。
「うう・・・」
「がんばって、エレベーターはもうすぐそこです!!」
そして、とうとうエレベーターの目の前にやってきて、急いで呼び出そうとエーデルがボタンを押したその時、突然窓の外が真っ赤に光りはじめた。何事かと視線を向けると、アフレイダスが大きく口を開けて、その中にエネルギーをため込んでいる。艦隊を全滅させた後、とうとうこちらに狙いをつけたかにおもわれたが、宇宙港を破壊するならそれは真正面を向いていなければならないが、奴はその照準をここから見て右下方に定めているようだった
「・・・まさか!!」
ライティアがその照準の先に気が付いたときと、奴が狙撃対象に向かって口から真っ赤に光る破壊光線を出したのはほぼ同時であった。まっすぐに惑星へ向けて放たれた光線は物の数秒で惑星の地表、マントルを貫き、ついに惑星の核を貫いた。そして、惑星は一瞬にして巨大な花火となり、その衝撃波が惑星だったものを孕んで宇宙港に衝突する。
「うわーーっ!!」
エーデルはとっさに男をかばって伏せた。だが、飛んできた惑星のかけらは宇宙港を巻き込んで次々に破壊していく。ドック、居住区、監視塔、そしてとうとう、エレベーターホールまでもが衝撃に耐え切れずに崩壊し始めた。急激に抜ける空気の流れに抗い切れず、とうとう二人は宇宙空間に投げ出されてしまった。
「コード:019!」
エーデルは緊急コードを発して男ごと保護フイルムで包もうとした。だが、男の方のフイルムが展開されようとしたその時、疑似網膜が後方の急激なエネルギー量増加を感知した。後ろを振り返ったエーデルは目を見開いて青ざめたる。アフレイダスと目が合ってしまったのだ。既に口の中にエネルギーがたまっている。どうやっても、あれを避けるすべはこちらにはない・・・
「あ・・・ああ・・・」
エーデルは死を覚悟した。せめて男だけは守ろうと、目の前の怪物に背を向けて男を抱え込む。アフレイダスがこちらに向けて発射した二発目の破壊光線のエネルギーがとうとう発射されようとしたその時、エーデルの疑似網膜は左方から急速に接近する物体をとらえた。その物体は、破壊光線がエーデルたちに当たる僅か0.1秒の差で二人を掻っ攫い、その場を急速に離れたのだった。
破壊光線の手ごたえに違和感を感じたアフレイダスは、その物体が去っていった方向に視線を向ける。その物体は相当急いだのだろうか、軌跡にエネルギーを残していった。アフレイダスはそのエネルギーを解析すると、それはかつて自分も持っていた、特異点のエネルギーであることが分かった。
「・・・特異点・・・新しい者が来たのか・・・」
アフレイダスはそう興味なさげに独り言ちた。このとき彼は特異点のエネルギーではなく、銀河聖遺物の一つである”悪意のるつぼ”から精製したマイナスエネルギーを糧にしていた為、”まだ”この時点では、彼は”新しい特異点”に執着心を見せてはいなかったのだ。
「これが・・・今の僕の全力・・・足りない・・・力が、足りない・・・」
全盛期の威力なら、そもそも何も残らないほどに吹き飛ばすことが出来るが、ご覧の通り宇宙港、艦隊の残骸と、かつて惑星だったものの成れの果てである小惑星帯が残存している。それを見たアフレイダスは不満げな表情をしながら、捨て台詞を吐くと宇宙の闇に溶けるようにして消えていった。
「力を・・・力を・・・もっと・・・!!」
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