第30話 ひび割れた日常

 かくして、クロハは自分の世界線へと戻ってきた。あれから既に一週間が経過しており、アフレイダスによって破壊された喫茶店も、街並みも、全て元通りになったかに思えたが、これまでとは違って物々しい空気が首都惑星中に充満していた。軍人だらけであることには違いないのだが、通り過ぎるもの皆いつも着るような第三級一般服ではなく、第一級戦闘服バトルスーツを着て、厳戒態勢を維持していた。

 そんな中で考古学部隊に支給されている第二級作業服を着たままのクロハはとてもよく目立つ存在であった。通りかかったある現役兵がクロハを見て声をかける。


「もし、そこの方。この星は今厳戒態勢が敷かれておりますので、戦闘服の着用及び標準武器の装備が義務となっておりますが・・・?」

「あ、ああ・・・、わりい、俺は戦闘部隊の所属じゃないんだ・・・」

「失礼、所属確認の為、IDを拝見しても?」

「勿論、どうぞ。」


 現役兵はクロハの疑似網膜を読み取り、DNAの情報を銀河連邦のデーターベースに問い合わせた。


「・・・銀河連邦考古学部隊、第531班所属のクロハ・・・第783系統遺伝子体、製造番台253・・・これはこれは、失礼いたしました。」

「わりい、あいつから逃げ回っているうちにスタンドアロン状態になっちまって、情報更新がされてないんだ、良ければあんた経由で連邦軍サーバーへの接続復帰がてら、この一週間で何が起こったか情報を集めたいんだが・・・」

「ええ、構いませんよ。では、こちらを・・・」


 現役兵は頭の後ろに手を回して、うなじ付近にあるメディアコードを引っ張り出してクロハの首後ろ、即ちメディアリーダーに接続した。いつの時代も大量のデーターを送受信する際は有線接続が一番手っ取り早い。サーバー接続の復旧とデーター更新は5分で終わった。

 クロハは現役兵に礼を言うと、すぐに駆け出してライティアに脳殻内蔵無線で連絡を取る。が、更新後の着信履歴にライティアからのボイスメッセージが添付されているのをみつけたため、まずそれを再生してみることにした。・・・だが、内容を再生しているうちにクロハの顔が驚愕の表情に変わり、はじめは早歩き程度だった駆け足も気持ちが焦るにつれてだんだんと早くなっていく。とにかく、ライティアのもとへ急がねばならなかった。


[再生可能:無線通信音声ファイル]

[選択:分割再生(1)]


「クロハくんへ。今あなたの居場所をサーバーに問い合わせても死亡通知は愚か生存信号も全く音沙汰がないから、すこしアナクロな方法であなたに伝言を預けることにしました。とても大事なお知らせがあります。・・・兄が、アーカイブされました。原因は、瓦礫が頭に直撃したショックで、ハードメモリの著しい破損したからだそうです。医療班の人たちは頑張って、兄を助けようとしましたが・・・ううっ・・・ほかの、部分は、直せるけど・・・どうしても、ハードメモリの破損が、激しくて・・・ううっ・・・、戦闘用じゃないからって、部隊の予算圧縮の為って、義体をローコストタイプにしたから、衝撃を充分に防げなくて、アーカイブするしか、方法がないって・・・うぅぅ・・・」


[選択:分割再生(2)]


「あの時現れた化け物が、かつて銀河を恐怖で支配した帝王、アフレイダスなんですって・・・そいつがまだ銀河連邦のどこかに潜んで、皆を襲うかもしれない。その時に備えて、連邦軍はいま予備役の人たちを緊急徴収して厳戒態勢を敷いてます。武器をもってお互いに目を光らせて、アフレイダスに襲う隙を与えないために皆とても頑張っています。そんな中で、私だけがこのままじっとしている訳にはいかない・・・そう思った私は、思い切って・・・義体を乗り換えて、軍に入ることにしました。

 女の子非戦闘タイプの体を捨てて、男の子戦闘タイプの体になることに、抵抗はないと言ったら嘘になるけど・・・でも、それで誰かの命が救えるなら・・・失われなくてもいい命を守ることが出来るなら・・・それくらい、どうってことないわ。」


[選択:分割再生(3)]


「というわけで、明日から私、男の子になって軍隊に入ります。これから兄さんの分まで頑張って連邦軍で働きます。これが一人の女性エーデ・ライティアとしての最後の言葉、貴方と生きて再び会えることを祈ってます・・・」


[再生終了:無線通信音声ファイル]


 クロハは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。そして、心の中でなんてこった、と繰り返し叫び続けた。あの時、あの星で、自分が妙な時計を拾ったせいで、ハンデル隊長がアーカイブ――死体から記憶だけ抽出して保存することを言う――されて、ライティアは義体転換して現役兵になるだなんて・・・


 人間が生身の体ではなく機械の体に命を宿すようになってから、男とか女とかいう性別は全く意味をなさないものになっていたのだが、唯一それがまだ意味を持ち続けているのが、義体の種別だった。

 一般的に銀河で男と言えば戦闘タイプ、女性と言えば非戦闘タイプという暗黙の了解がある。男の身で生まれて、そのまま予備役に入るときは装備を解除オミットするだけで済むが、構造そのものが違う女の身では、そのままでは軍隊には入れないので、一度戦闘タイプの義体に乗り換える必要があったのだ。


 だが、本来戦闘タイプではないものが非戦闘タイプの義体に乗り換えた時に起る様々な問題を回避するために、一旦当人の遺伝子の性染色体レベルから書き直して、それを元として新たに義体を作る必要があった。・・・そして、一度性染色体を書き換えられたものは、もう二度と、元の性別タイプに戻ることが出来ないのだ。


「ライティア!!」


 あの喫茶店から休むことなく一目散に突っ走り、ライティアとムロトが住む家の近くまで来た時、彼らはそこにいた。ちょうど、どこかへと向かうために家を出ようとしていたところにクロハが叫んで、滑り込む。


「クロハ!!・・・生きていたのか!!」

「・・・クロハくん・・・!」


 ムロトの隣にいるはずのライティアは、既に戦闘タイプに義体を乗り換えていた。


「ら・・・ライティア・・・本当に・・・ハンデル隊長は死んだのか・・・きみは、義体を乗り換えたのか・・・?」

「・・・うん、そうだよ。私・・・いや、僕は、守れなかった兄さんの分まで、連邦軍で働くんだ。もう誰も失いたくないから。・・・でも、クロハ君が生きていてよかった・・・本当に。」


背格好がムロトと同じくらいになり、声が一段低くなって一目見れば同じ人であるとは気づけないくらいに変貌してしまったが、クロハに向けるその優しいまなざしはまさしくライティアその人に間違いなかった。


「ら、ライティア・・・」

「あ、そうそう、僕はもうライティアじゃないよ。今日から僕の名はエーデル・ライト。名を変えるためにこれから役所にいくんだ。あと、ムロト君との婚姻関係を解消しに。軍人同士では結婚は出来ないからね・・・」

「だが、婚姻を取り消したり、性別タイプを変えたところで、俺たちの絆は変わらない。・・・まあ、少し寂しくはなるがな。自分で選んだのなら、俺も文句はないさ。」


その後も何か話していたようだったが、クロハはそれにあ、とかうん、とそっけない返事しか出せなかった。自分がいない間に、すっかり世界が変わったような気分だった。いや、世界は変えられてしまったのだ。そしてその張本人は、誰でもない・・・クロハ自身であったのだ。


「じゃあ、クロハくん。僕らはこれで。」

「クロハ、あとでハンデル隊長の墓標アーカイブ・ストーンの場所を教える。後で墓参りに行こうな。」

「あ、ああ・・・」


そして、そのまま二人は去っていった。後に取り残されたクロハは、しばらく呆然とした後に、がっくりと膝をついて路面に力なく座り込んだ。


「・・・俺の、せいだ・・・俺が・・・俺が・・・!!」


 彼女には夢があった。誰か大切な人と結婚して、のんびりと、平和に生活する事。それは実兄のハンデル隊長も望んでいた。シンプルで良くありふれたものだったが、それでも夢には違いなかった。そんな幸せな夢を、彼女は捨ててしまった。なぜか。彼女がそうなる夢を望んでいたハンデルは死んでしまったからだ。それはなぜか。あの日、恐怖大帝アフレイダスが復活したからだ。そしてそれはなぜか。・・・「N」クロックを、自分が動かしてしまったからだ・・・!


「みんな・・・みんな、おれの、おれのせいだ・・・うあああああ!!」


このときになって、クロハようやく第4特異点の言っていた言葉、『大いなる力には、大いなる責任が伴う』の意味が理解できた気がした。そして、己がしでかした事の重大性を、最も残酷な形で思い知らされたのだ・・・


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