第29話 フラッシュ・コンバーター
特異点としての力を与えられたクロハが命じられた最初の任務は、先代特異点アフレイダスによって荒らされた『場』の整理と、奴が『場』から持ち出して第6宇宙全土にばらまいた銀河聖遺物の書き出し作業であった。これからクロハは特異点としての正義の代執行の傍ら、散らばった銀河聖遺物の回収も行う事となる。地道だが、とても大切な仕事だ。保管区域の中をよく調べてみると、いくつかの聖遺物はまだ残されていることが分かったため、早速クロハはメモ帳とペンを取り出して、作業を手伝う第一特異点と第五特異点に不明点を質問しながら作業を行う。
「ええと、次に、悪意のるつぼ、サビスナドケイに・・・色杯(しきはい)、であってます?」
「ぐるる、ぐがぐぐっがぎぐごる、ぐげぐげ。」
「だいいちとくいてんハネ、ソウダ、トイッテイルネ。」
全体的な姿かたちは人で間違いないのだが、頭の部分や全身に生えている毛がどう見ても野生動物のそれとしか思えない姿をしている第一特異点の、”ぐるぐる言葉”を、透明な人型の移動用義体にその緑色の液体状の本体をなみなみと満たし、胸の部分から自身のコアをのぞかせている液状生命体の第五特異点が通訳して教えてくれる。しかし、この翻訳語はどうやらだいぶ意訳しているらしいというのは、第一特異点の言葉の発音数と第5特異点の言葉の発音数を比べれば一目瞭然であった。
しかしクロハは特に気にせずに書き出しを続け、やっと『場』から持ち出されたものの書き出しを終えると、今度は『場』から持ち出されていないものを整理することにした。ついでにそれらにじかに触れて、どのような使い方をするのかも体で覚えていく。
例えば、今クロハがガチャガチャといじくりまわしている存在座標列挙器は、見た目こそはいかにも古そうなレジスターだが、任意の宇宙にダイヤルを設定して、ある存在の存在座標を入力するとその存在座標に合致した同一座標体のリストをどの世界線に存在するかも含めてはじき出すものだ。
試しにクロハはライティアの座標を入力すると、目の前のレジスターゴトゴトと動きながら、細長い紙にライティアと同じ座標を持つ同一座標体を、ご丁寧に名前付きで印字した”レシート”をぺっぺっとはじき出した。印字原語は少々古い銀河の言葉であったが、仮にも考古学調査部隊の一員であるクロハにとって解読は造作もないことであった。
「これがライティアと同じ座標を持つ人たちのリストか・・・ええと、第9世界線のラスティ、第6世界線のアオイ・モモカ・・・うわあ、まだまだいっぱいあるぜ・・・」
「ぐがぐが、ぎぎぐ、ぎっぐげご!!」
「アブラヲウルナ、ッテイッテルネ。」
「いやあ申し訳ない、これがなかなかいじってて楽しくって・・・」
そして、残った銀河聖遺物の整理が終わって、クロハが一息つこうと背伸びした時、ふと、銀河聖遺物の保管場所の片隅に大きな白い石片が置いてあることに気が付いた。石片は真っ二つに砕けており、近くにはおそらくその石片を収めていたであろう巨大な逆三角形のトーチが空っぽの口を悲しく開けている。クロハはその石を触って、疑似網膜でじっくり眺めまわした末に、驚愕の声を上げた。
「こ、これは・・・!フラッシュ鉱石じゃねえか!!それも天然ものだ・・・!」
その声につられて、上位存在の発行体が近くに寄ってきた。
――これはフラッシュ・ストッパーと言って、ここに収めてある銀河聖遺物が何者かに悪用されそうになった時にしか作動しない一種の安全装置なんだ。悪意を持ったものが銀河聖遺物に触れればたちまちこのフラッシュ・ストッパーが現れて光り輝き、銀河聖遺物を『場』に強制転送し、そしてその光で、悪意あるものの記憶をすべて消し去るんだけど・・・それを知っていたアフレイダスは真っ先にこれを破壊していったんだ。これ自体は特に強いものという訳ではないのは、君も知っているだろう?――
フラッシュ鉱石は宇宙空間で生成される希少鉱石の一つで、科学の進んだ銀河連邦でさえもその生成方法がよくわかっていない奇跡の石とされており、一説には光の結晶体や、ある恒星が爆発してできたかけらの成れの果てだとも言われている。強度はそこら辺の石と変わらないが、この鉱石に少量のエネルギーを与えるとまばゆい光を放ち、その光には様々な特性があることが分かっている。特に、人間の脳髄の記憶領域に強烈な作用をもたらすことで知られており、今日に至るまでの銀河連邦における記憶技術の発展史においては重要な意味を持つ鉱石であった。
――それはもう使えない。どうせ捨てるものだし、欲しければ君に上げよう。――
「えっ!いいのか!じゃあ遠慮なく・・・と、いってもこいつは光を通さなきゃただの石ころなんだよな・・・」
とりあえず、フラッシュ鉱石の事は後回しにしようと、クロハはフラッシュ鉱石を左胸のポケットにしまおうとしたが、その中には既に中身が入っていた。ポケットの中身はこの前考古学調査部隊の宇宙船の整備場で集めた適当なジャンク品でできた白いペンライトであった。ペンライトとフラッシュ鉱石を交互に見て少し考えた後に、クロハはペンライトを右のポケットに入っていた工具を使っててきぱきと分解し始めた。いつの間にか第一特異点と第五特異点、そして上位存在がその様子を見守るなか、ライトのエネルギー回路にフラッシュ鉱石が埋め込まれるように改造し直したあと、再び組み上げていく。
「よし・・・こんなもんか・・・」
かくしてフラッシュ鉱石のかけらは、ペンライトと融合した。しっかり発光するかどうか、試しに右手でもって左袖に突っ込み、しっかり押さえた上でそれを作動させる。
カチッ・・・
バシュゥゥゥ・・・
エネルギーが与えられたフラッシュ鉱石は、袖の中からでもまばゆい光をじんわりと発光し続け、やがて収まった。
「うおっ!すげえ音・・・ペンライトのエネルギーだけでこんなに光り輝くのか・・・」
――この程度でも人の記憶を消し去るには十分だ。そのペンライトもあとで銀河聖遺物のリストに追加しておいてね。――
「な、なあ、俺、これを護身用に持ち歩きたいんだけど・・・?」
――それについては構わない。聖遺物は必要なときに適切に使うというルールを守るなら僕は使用の是非は問わない。――
「よっしゃ、じゃあこれは今から俺の”相棒”だ!。」
クロハはまるでおもちゃを買ってもらった子供のように喜びながらそれを胸ポケットにしまい込み、残存聖遺物のリストに書き加える。フラッシュ・ストッパーの残骸から作られた新たな聖遺物・・・フラッシュ・コンバーターと。
そして、それらの残骸も片付けて、『場』はようやくこざっぱりとした。そして、自分たちの仕事を終えた特異点たちは新たな仲間クロハを激励しながらそれぞれの管轄の宇宙に帰っていく。
「ぐるんが。ぐぐるが!」
「ガンバレ、ッテイッテイルネ。ボクモオナジコトバヲオクルネ。」
「では御免。機会があればまた会おうぞ。」
「くれぐれも体に気を付けるんだな~」
・・・とにかく個性的な連中だ。そして、最後に第4特異点がクロハの両肩に手を置いて、真剣なまなざしでクロハに忠告した。
「ええか、うちはこの仕事についてから第六特異点を何人も見送ってる。あんたんとこの宇宙は一番治安が悪いさかい、人がころころ変わりよるねん。もうこれ以上死体を見たくないから先に言っておくけどな、あんたは特異点の力をもらえて棚ぼた気分かもしれんが、それはあんたが奴を目覚めさせたからっちゅうことを忘れたらあかんよ。そして、一番治安の悪い第六宇宙の先代はんたちに散々言い聞かせた言葉をあんたにも送るで。これはうちの宇宙のある漫画の名台詞なんやけどな・・・”大いなる力には、大いなる責任が伴う”。この言葉、しかと肝に銘じときや。」
「あ、は、はあ・・・」
そういって第四特異点は、クロハより一足先に自分の宇宙へと戻っていった。
そしていよいよクロハも自分の宇宙へ戻るために、『場』から第六宇宙へとつながる門をくぐる。門の向こうには様々な世界線への入り口が球状となって浮かんでおり、任意の球に手を触れればその世界線へと向かうことが出来る。クロハは第5世界線からやってきたので、門から入って5番目の世界球から戻ることになると、上位存在が教えた。
――ここから君の生まれた世界線に戻れる。銀河聖遺物はこちらでも捜索しておくから、新しい情報が入り次第すぐ君に知らせるよ。――
「分かった、恩に着るぜ。早く戻ってライティアたちが無事かどうか、早く確かめないと・・・」
そしてクロハは目の前の第5世界線の球に手を触れ、吸い込まれるようして自分の生まれた世界線へと戻っていった。
またクロハが『場』にいる間に、ライティアたちの運命が大きく変わってしまったことを、まだクロハは知らなかった・・・
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