第28話 六つの宇宙、上位存在、特異点

クロハはその後どうなったのか。結論から言うと、彼は生きていた。破壊光線で消し飛ばされる寸前で、彼は第六宇宙第5世界線から緊急排出されて、この「場」に瞬間移動されて事なきを得たのだ。だが、彼は気を失っていた。


赤黒い光に満たされている空間で、それぞれの宇宙への門が口を開けている「場」の中央部に寝かされたクロハの周りを、五つの人影と一つの白い発行体が囲んでいる。

五つの人影の内、長い髪を左右に分けて結った髪型をした者がクロハを見下ろして口を開く。


「ほんまにこいつが特異点なんか?あいつを封印から解き放ちよったこのど阿呆が?」


続いて、5人の中で最も横幅が広い人影がたしなめる。


「特異点の存在座標を有していて、かつまだその力を解放したことがない者は、生命に危険が迫ると『場』に強制転送される仕組みなんだな。それの仕組みが彼の適用されたのが何よりの証拠なんだな。それに、彼は何も知らなかったんだな。」

「知らんかったで済まないんや、うちらがあいつを封印するのにどれだけ力使うたと思うとるねん!目ぇ覚めたらみっちりうちが説教したるで!」


その時、クロハの瞼がピクリと動いた。騒ぎ立てたおかげでどうやら気が付いたらしい。それを察知した、最も細身の人影が騒がしい二人をたしなめる。


「うぬら、少しは口を慎め。彼が目覚めるぞ・・・」


[終了:補完的記憶]

[再開:主観的記憶再生]


何やら自分の周りで騒がしい声に、クロハはようやく重い瞼を開けたが、そこは先ほどまで自分がいた場所とは明らかに違う場所であった。だが、彼は最期に目を閉じる前の光景を覚えていたので、特段驚きもしなかった。


「ああ・・・俺ついに死んじまったか・・・」

――いいや、君はまだ死んではいないよ。クロハ――


突然名前を呼ばれて驚いたクロハが、ガバっと飛び起きると、謎の人物が五人、自分を取り囲んで見下ろしている。


「な、何だお前ら!?ここはどこだ!?俺は・・・俺は、どうなったんだ!?」


すると、目の前に白い発行体がちらちらと自分の眼前に舞い降りた。どうやら先ほどの声の主はこの発行体らしかった。


「な、何だ、お前は・・・」

――僕に名前はない。しかし六つの宇宙を管理する特異点を統括する便宜上、僕を表す名称としては上位存在と呼ぶのが適切だ。――

「・・・六つの宇宙?特異点?上位存在?」

――君には、いろいろと教えなければいけない事柄がたくさんあるね・・・悪いけど、今は時間がない。今から君の記憶領域に接続して、直接知識を書き込むよ。その方が一番手っ取り早い。ついでに、君の記憶領域も大量の情報を並行処理できるように改造しておくよ。――

「え?ちょっ・・・おい!何言って・・・」


そう言うと、上位存在とされる発行体は圧縮情報が書き込まれた粒子で形成された、光の腕を細く伸ばしたかと思うと、クロハの首後ろにあるメディアリーダーに接続してそれを注ぎ込んだ。大量に送り込まれてくる情報の波と、同時並行で記憶領域が拡張される感覚でクロハは危く自意識が溺れそうになる。


「あが、あががががが・・・」


その情報はあまりにも膨大すぎるため、ここでは詳細を書き記すことは出来ない。しかし、その大量の情報によって、クロハの中に生まれた疑問にそれぞれ適切な回答が充てられて解消されていく。やがて、光の触手が消滅し、情報の書き込みが終わったときには、クロハは膨大な情報を何とか処理しながらすべてを理解した。


「え、ええと、つまり・・・アフレイダスは特異点と言われる力の代行者で・・・それを使って第六宇宙を支配することに飽き足らず・・・他の宇宙にまで進攻しようとして・・・それを他の特異点たちが止めて、『Nクロック』で惑星ごと封印していたのを・・・俺が目覚めさせてしまった・・・そして俺自身も・・・その特異点・・・」


落ち込むクロハに、追撃を仕掛けるかの如く、第四特異点――どう見ても茶髪のツインテールの女の子――ががなりたてる。

「Nクロックはな、うちらが全力であいつを封印するために作り上げた封印装置の鍵やねん、あの星だって奴を封じ込めるためにわざわざ惑星の形に仕上げたんに・・・お前さんが勝手に持ち出しよったせいで、うちらの努力が水の泡や!みてみい、この『場』でさえこんなに荒らされて・・・大事な銀河聖遺物が、散り散りなってもうたがな・・・」


第四特異点が指し示す方向には、宇宙への出入り口とは別に何やら博物館のような場所があって、そこでは銀河聖遺物が保管されていた。それぞれが強大な力を持っており、使う人の善悪にを問わず膨大な力を簡単に手に入れることが出来てしまうので、見つけ次第特異点がそれを取り上げてここへ随時保存、管理するという掟になっていたが、今そこに見えるものは、なにもかもごっそり盗まれて荒らされた挙句もぬけの殻になった聖遺物保管区域が、穴から悲しい雰囲気をのぞかせているだけであった。


「す・・・すいません・・・知らなかったとはいえ、俺の勝手な行動、どうお詫びしたら・・・」

「別にそこまで落ち込む必要はないんだな。この荒らされようから察するに奴はかなり弱体化している、全力が出せればあいつはこの『場』さえ破壊しようとするんだな。そしてやっぱり”悪意のるつぼ”が盗まれてるけど、今の第六宇宙じゃ彼に力を与えるほど悪意はたまらないから、奴も復活に相当てこずるはずなんだな。」


落ち込むクロハを第三特異点がやんわりと慰めた。第四特異点はそののんびりとした態度が第三特異点の悪い所だと常々思っているが、あえて口には出さなかった。


「・・・まあ、もうやってしまったことは仕方ないさかい、こうなったらはようあんたに特異点の”洗礼”を施して、あいつに特異点の力を使わせないようにするしかないわ。」

「し、しかし驚きました・・・まさかあのアフレイダスこそが、特異点だったなんて・・・」

「ほんま、うちらもまだ現実感がないんよ。・・・あれは特異点の黒歴史や。」


クロハと第四特異点が話し込んでいる最中、すらりとした長身の第二特異点がそろそろいいかと割って入った。


「クロハ殿、そろそろよろしいですかな。拙者たちもあまり時間がないゆえ・・・」


洗礼の儀式の作法も先ほど上位存在によって書き込まれた情報群のうちに含まれていたので、クロハは迷いなく上位存在の前でひざまずき、神戸を垂れた。五人はクロハと上位存在を中心として、等間隔で輪形を作って囲い込む。


――本来これは同一宇宙の特異点同士で行うものだけど、今回は特例だ。僕と他の特異点の名のもとに、君が本来持ちうる特異点の力を自由に行使できるように解放する。一応、君には拒否する権利があるけど・・・――

「あんなことしちまった以上、このまま引き下がるわけにはいかねえ、自分がやったことの落とし前は、自分でつけます!」

「ふん、一応覚悟だけはあるみたいやな。」

「まあ、気楽にいこう。なんだな。」

――じゃあ、始めるよ。――


特異点たちは声を揃えて、あらかじめ決められた誓いの言葉をクロハに問う。


――汝、己の力を用いて己の宇宙に秩序をもたらすことを誓うか。


「誓います。」


――汝、己の力を己の宇宙の、または『場』以外で行使しないと誓うか。


「誓います。」


――汝、その力を行使したうえで起り得る責を己自身で負うと誓うか。


「誓います。」


――・・・全ての宇宙の宗主たる上位存在と、その代行者たるわれら特異点の名において。彼の者、生まれし時より持ちうる力を解放せん。


「・・・!」


誓いの言葉を言い終えた特異点たちがクロハの頭上に一斉に手をかざすと、クロハの全身が温かい光に包まれてゆく。そして、光がおさまったころ、彼はようやく立ち上がることを許された。


――おめでとう。今この時をもって、君は正式に667人目の第六特異点になった。これから宇宙の秩序の維持のために、頑張ってもらうよ。――


ここに、第六特異点クロハが誕生したのであった。


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