第27話 解かれた封印

[再開:主観的記憶再生]


 仕事を終えて帰還したクロハとハンデルは、ライティアとムロトの待つ銀河連邦首都惑星の喫茶店へと急いだ。

 右も左もお堅い官庁ビル、または軍事施設ばかりのこの星で喫茶店は一種のオアシス的な意味合いを持っているので、日中に関わらず人であふれている。だからこそ、こちらに気づいて大きく手を振っている彼女の姿がクロハには一段とまぶしく見えた。


「クロハくーん!兄さーん!ここ、ここ!」


 銀河連邦軍の兵士は皆軍用タイプの体を与えられるが、それは男性型のみの話であって、女性型の軍用タイプはこの時点ではまだ設計すらもされていなかった。なろうと思えばなることは出来るが、その選択には重い代償が付くために志願するものは少なかった。そんなわけで、ライティアは訓練校を卒業した後は大多数が選ぶ予備役の道を取って、今に至る。なお、ムロトは軍には入らずに銀河連邦の税務局に転職し、ライティアと結婚――銀河連邦は結婚やら恋愛やらを経なくても繁殖できる社会システムとなっているため、個人の意思での恋愛、結婚はとても珍しい――した。ライティアはムロトのいいなずけでもあったのだ。

 4人は再会を喜び、テラス席に着座して穏やかに談笑する。


「久しぶりにみんなで揃ったいか?あれから皆何かと忙しかったからな。・・・特にクロハは。仮にも軍人になる男が、卒業祝いの締めの席でいやだいやだ戻りたくないと駄々をこねてた光景、いまだに覚えてるぞ。」

「も、もうその話はよしてくれよ・・・」

「うはは、クロハには普通の軍人でさえも裸足で逃げ出す特別特訓メニューを組んでたからな、だが泣き言を言いつつもちゃんとこなせたのはえらいぞ。」

「こなさなきゃ飯抜きって言われたら、そりゃあ・・・」

「こいつめ、わはは。」

「ふふ、しごきの甲斐あってようやくいっぱしの軍人になってよかった。あっ、そうだ、クロハ君に渡したいものがあってね・・・」


 ライティアはそういうと、何かをバッグからごそごそと取り出してクロハに手渡した。


「はい、プレゼント。」

「あ、有難う・・・って、これ何?」


 手渡されたものは、一般的な更新プログラムパッチカードのように見えた。


「インストールしてみて。」

「こ、これを?」

「ほら、早く。」


 言われるがままにカードを両手で持ってパキンと二つに折ると、接続端子が折り目の中からにゅっと出てくる。その端子を、首の後ろにあるメディアリーダーに差し込んで中身をインストールした。その時クロハは、左腕がじんわりと熱くなったような感覚を覚えた。


「インストール、した?」

「う、うん・・・」

「じゃあ、次は左手をぎゅっと握って、拳を自分の顔に向けて?」

「こ、こうか・・・?」

「あとは、プログラムを実行するだけ。やってみてよ。」


 言われた通りの姿勢でクロハはインストールされたプログラムを起動すると、疑似網膜に[警告]と言う表示が出たが、もう後の祭りだった。その瞬間に勢いよく左拳が射出して、クロハの顔面にほぼ0距離のストレートパンチをお見舞いしたからだ。


「うぶっ!!」

「うわあ、やった!大成功!」


 思わず顔を右手で覆うクロハと、突然の出来事に唖然とするムロトとハンデルのふたり。それを見てライティアは喜び、プログラムの内容を説明する。


「”びっくりナックル”。私が開発した防犯用プログラムなの。コードも自分で組んだのよ?これで一山当てようと思ってね。」

「な、なんでそれを俺に・・・」

「実用試験もすべてクリアして、あとは商標登録を済ませるだけだったんだけど・・・どうしても、”やられた側”の意見が聞きたくて。ごめんなさいね。」

「じゃあムロトとかハンデルさんで試せばいいじゃん!!」


 むくれるクロハに対してムロトとハンデルが笑いながら弁解する。


「悪いな、クロハ。俺はこの年にもなって”ゲンコツ”を食らうのは御免被る。」

「うはは、俺の体は痛覚を完全に0にしているから、そもそも痛みが分からないんだ。で、ご感想は?」

「痛いよ!痛いですよ!」

「・・・だとさ、ライティア。これで満足か?」

「うん!驚かせてごめんね、クロハ君。お詫びに、そのプログラムは貴方にあげるし、今日は私があなたの分をおごるから。ね?」


 両手を合わせて可愛く許しを請うライティアを前にしては、クロハも強く出れない。彼はなんだかんだで彼女のいう事は何でも許せてしまうのだ。


「うぅ・・・しょうがねえなあ・・・あとで取り外しとこ・・・」

「それはだめ、もしもの時に役に立つかもしれないわ。なんたって防犯用だもの。」

「俺一応軍人なんだけど・・・」

「まあ、クロハだからな。」

「なんだと!?ムロト、それは聞き捨てならないぞ!!取り消せ」

「ほう、断ると言ったら?」

「決闘だ!!」

「面白い・・・久々にやり合おうじゃないか。クロハ。」


 むきになったクロハはムロトとすぐにお互いのメディアリーダーに意識を有線接続して電子決闘ヴァーチャル・ファイトを始めた。彼らは仮想空間で幼年期を過ごしてきたころからいつもこんな感じだったので、ライティアもハンデルももう止めようとはしない。むしろそれを楽しんですらいる。


「久しぶりの決闘ね!今回はどちらが勝つかしら。」

「わはは、若いっていいなあ。あ、すいません、コーヒーを追加で。」


 真昼の青空の下、まだこの時は、穏やかな時が流れていた。


[一時停止:主観的記憶]

[再生開始:補完的記憶(追加者:上位存在)]

[予定:補完的記憶再生終了後、主観的記憶停止解除]


 喫茶店に、全身をすっぽり真っ黒いローブで包んだ、不思議な恰好の客がするりと入り込んできた。その人物は、自動巡回注文受付配膳台オーダーロイドに代金を前払いし、奇妙な注文を申し付けた。


「このお店で・・・一番苦いコーヒーをもってきてくれ。」


 どうやら客は男のようだ。注文受付配膳台はすぐに今この店で出せる最高に苦い、ひきたてのコーヒーを持ってきた。男はそれを一口飲んだかと思うと、まだ中身の入っているカップを思いっきり地べたにたたきつけた。


[再生終了:補完的記憶]

[再開:主観的記憶再生]


 突然響いた、食器が割れる音に思わずクロハたちは我に返ってその方に目線をやった。みると、そこでは悪質苦情客対応クレーマー・シューティングモードに変形した自動巡回注文受付配膳台が多数駆けつけて黒いローブを覆った男を本来料理やら飲み物やらを運ぶ配膳台を盾のように持って取り囲んでいる。


「お客様お客様いかがなされましたお客様」

「食器の故意破壊は罰金罰金罰金ですお客様」

「ただちにただちにただちに支払わなければ連邦警察に通報いたしますお客様」


 だが、ローブの男は微動だにしなかった。それどころかより不気味に落ち着き払っている。そしてぶつぶつと何かをつぶやき始めた。その異様な光景に、クロハたちは何やら怪しいものを感じ取っていたが、その場を動こうとはしなかった。


「・・・甘ったるいコーヒー・・・甘ったるい世の中・・・甘ったるい銀河連邦・・・何もかもが、僕がいない間に何もかもが・・・甘ったるくなったな・・・」

「な、何だアイツ?・・・」

「この甘ったるい宇宙に・・・僕が・・・苦みを与えてやろう・・・!!」


 ローブの男がそう叫んだ瞬間、クロハたちの体は爆風に押されて宙に舞った。ローブの男を中心として強大なエネルギーを帯びた爆発が発生したのだ。周りの者は逃げる間もなく爆発に巻き込まれたが、運よく皆半機械人間だったのでどうにか軽い傷で済んだが、事の重大さに気づいた者たちが一斉に悲鳴を上げて我先にと蜘蛛の子をつらすようにして逃げていった。クロハたちはどうなったかと言うと・・・


「う・・・うぅ・・・何が、どうなったんだ・・・いったい・・・」


 爆発の中心に居たクロハだったが、飛んできたテーブルがうまく重なったおかげで無傷で済んだため無事であった。だが、他の3人がいない。


「そうだ、皆は・・・ライティア!ムロト!ハンデル隊長!!」

「クロハくん!!早く・・・早くこっちに来て手伝って!!・・・兄さんが・・・兄さんが・・・!!」

「ライティア?・・・ライティア!!」


 ライティアの悲壮な叫びを聞いてクロハが瓦礫と化した喫茶店の残骸を乗り越えて駆けつけると、そこには先の爆発で破壊された喫茶店の向かいのビルの残骸に挟まれて身動きが出来ないハンデルの姿と、それを何とか引きずり出そうと必死に瓦礫をどかそうとしている二人の姿があった。


「う・・・ぐ・・・」

「早くここから引き出さなきゃ・・・兄さん、しっかり!!」

「クロハ、何してる手伝え!!早く瓦礫をどかせ!!」

「ああ、今どかす・・・あ、・・・ああ・・・なんだ・・・あれ・・・」


 だが、クロハはそれよりもさらにとんでもない災厄が目の前に現れたのに気付いた。なんと、目の前に高層ビルを悠々と追い越すほどの背丈の怪物がちょうど爆心地のあたりに立っていたのだ。体はまるで影のように真っ黒くて、所々どす黒いオーラがにじみ出ている。銀河の歴史書を読み漁ったクロハでも目にした事のない、化け物がそこにそびえたっていたのだ。しかも、丁度顔の部分に当たる所にぎらぎらと輝く二つの光が、こちらをじっと見ている・・・


「何してる!!早く!!・・・な、何だあれは・・・!!」

「み・・・みんな・・・俺をおいて・・・逃げろ・・・」

「何言ってるの兄さん!!あともう少し、もう少し、だからね・・・」

「よし、ムロト、ライティア、せーのでどかすぞ、せーの!!」


 3人は力を合わせて瓦礫を持ち上げて、ようやくハンデルを救い出すことに成功した。だが、ハンデルの右足の関節部は、がれきの下敷きになった際に無理な力が働いたせいでねじ曲がってしまい、一人で歩くことが出来なかった。そしてさらに悪いことに、目の前の化け物がこちらに向かってゆっくりと歩いてくるではないか。3人はハンデルを担いで足場の悪い中どうにか逃げ延びようとするが、相手はその様子を見計らうかのようにわざとゆっくり追いかけてくる。


「早く、あの化け物こっちに来るぞ!!」

「だ・・・だめだ・・・俺を置いてけ・・・さもないと・・・皆、潰される・・・」

「だめ!兄さんも一緒に逃げるの!!」

「・・・ムロト、ライティア。隊長を頼む。」

「あっ、おい!!クロハ!!何をする気だ!!」

「あいつの気をそらしてるうちに、早く逃げるんだ!!」


 意を決したクロハはハンデルを二人に任せて、単身化け物へと向かって行った。

 化け物はどうやらクロハには目もくれずに残りの3人を追い回している。チャンスだ。クロハはそこら辺にあった大きめの瓦礫のかけらを数個手に取り、近くで適当に拾った細長い布切れに包んで、簡単な投石器を作った。そしてそれを右腕に持ってぶん回し、十分に加速度が高まった状態で布の片端をタイミングよく手から離すと、勢いづいた瓦礫のかけらが化け物の頭部めがけて飛んで行き、見事に炸裂して動きを止めることに成功した。


「やりいっ!」


だが、クロハはうかつだった。てっきりこちらへ体ごと振り向くかと思っていた化け物は、なんと首だけぐりん、と真後ろに回してクロハをにらみつけたのだ。


「え」


そして、その大きな口をぐわあ、と開けた瞬間、口の中に高密度のエネルギーが集約され、化け物は己を邪魔する虫けらに向かって、重光線よりも威力のある赤黒い光線が放たれて、クロハもろとも大地を吹き飛ばしたのだ・・・


[一時停止:主観的記憶]

[再生開始:補完的記憶(追加者:上位存在)]

[予定:補完的記憶再生終了後。主観的記憶停止解除]


光線が大地を切り裂くような音が数分にわたって続いた後、クロハがいた場所には破壊光線によって開いた割れ目が数キロにわたってその大口を開けていた。


「虫けらが・・・僕の邪魔をするからだ・・・ん?」


何かの気配を感じた化け物が視線をやると、騒ぎを聞きつけて緊急発進した銀河連邦軍の艦隊がようやくこちらに迫ってくるのが見えた。灰色の四角錐をそのまま横にしたような外観の宇宙戦艦はみな、こちらに砲塔を向けている。化け物はそれをみとめると、地の底から響くような唸り声で高笑いしながら叫んだ。


「銀河連邦よよく聞け、つかの間の安寧は今ここに崩れ去った!今、再び蘇ったこのアフレイダスが力を完全に取り戻した暁には、この銀河を恐怖で支配してやる!!」


そして、悪魔のような笑い声を首都惑星中に響かせると、そのまま消滅してしまった。後には見るも無残に破壊された街の残骸だけが残されたのだった。

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