第26話 謎の時計「N」クロック
訓練校を卒業してから2年が過ぎた。晴れて銀河連邦軍考古学調査部隊に配属されたクロハは、ライティアの兄、ハンデル隊長の”しごき”の甲斐あってどうにか軍人としての自覚を持つようになっていった。態度こそ問題は残るもののそれ以外は普通に優秀なので、いつしかハンデル隊長の右腕を務めるようになっていった。
そして、今、二人はある文明が滅びた惑星の調査任務を請け負い、鉄アレイをそのまま宇宙船にしたような形の探索船ボニー・M号を操って超空間を航行していた。
「いいか、クロハ、次向かう惑星は核戦争で滅びた星だから、かなり残留放射能が濃いものと予想される。俺たちは半機械人間だし、今回は見回りだけだからそこまで影響はないとは思うが、一応汚染物質防護ラッカーをまぶしとけ。」
「滅亡原因が核戦争とは珍しいですね、今までのは大体惑星風邪かアフレーダスの大粛清で滅びた惑星でしたけど。」
「ごく稀にこういう惑星に当たることもあるんだが、大抵の場合文明の痕跡すら破壊し尽くされてるのがほとんどだ。あったところで、調査研究出来ないくらいにボロボロになっているのが関の山だ。あらかた調査が終わったらこの星は破壊許可が降りてるから、重力圏を抜け次第重光線装置でこの星を俺たちで破壊するぞ。もし何か気になるものがあったら必ず拾得するんだ、いいな。」
「了解。」
そうこうしているうちに宇宙船は超空間から抜け出して、目的の星の眼前の宙域に差し掛かっていた。目的地の星は宇宙船から見ても相当酷く荒れていた。着陸して外に出てから放射線計測装置が降り切れっぱなしでやかましい警告音を立て初めてもう5分たった。この二人がもし半機械人間でなければこの放射能でとっくにやられている所だ。
「ぺんぺん草も生えない・・・とはこのことでしょうね。ていうかぺんぺん草、ってどういう草でしたっけ?」
「知るかそんなもん。」
文明があったと思われる遺跡はあらかた探し回ったが、疑似網膜を使っても生体反応がないという事は即ちそういう事なのだ。なので後はこの星を衛星兵器で一気に焼き切るだけだ。ハンデルは広範囲測量装置をいじって惑星全体を調べているクロハを呼びつけて、直ちに大気圏外へと向かう手はずを整えた。
「全く滅亡惑星調査任務ほど、銀河連邦軍の中で一番退屈な仕事はないな、クロハ。」
「別にいいじゃないですかハンデル隊長、楽しておまんま食えるなら。」
「・・・ところで、その手に持っているのは何だ?」
「ああ。これは時計ですよ。一番放射能密度が高かった砂の中に埋まってたんです。手ぶらで帰るのもなんだかな、って。」
拾っておけとあったのはハンデル自身であったが、時計だけならこちらにもいろんな星から拾ってきたものがたくさんあるというのに、物好きな男だ。と独りごちた。
宇宙船で大気圏外に出た後も必死にその時計を動かさんとしばらく悪戦苦闘していたようだが、とうとうだめだぁと音を上げて大の字に転がってしまった。
「どうなってんだ・・・どうやっても動かねぇ・・・」
「もうその時計は完全に壊れているんだ、動くことはないだろう。」
「いまは、もう、うごかない・・・ってやつですか。はぁ・・・まあいいや、動かなくてもアンティーク品にはなるでしょう・・・」
いつもなら発掘品は調べて報告書を書けと言われなければ目もくれないクロハが、どうしてもその時計を活用したいとする、彼にしては珍しい執着心にハンデルが少し関心を覚えていると、二人の疑似網膜にいよいよ衛星兵器、重光線装置の作動を知らせる通知が入った。普通の重光線装置と違って、考古学調査部隊のような何かと後回しにされる部隊にに支給されるものは、重光子のエネルギー処理に大量の放射能を発生させるいささか”お古”のタイプである。そのため目の前の惑星を完全に消滅させるまでは少々時間を食うので、この時間が任務中で一番退屈な時間だ。
ギイィィィン!!
大気圏内ではそういう音で聞こえるとクロハが言っていたが、空気のない宇宙でそんな音なぞするはずもなく、ただただ無音の暗黒空間に一筋の光が走るのが確認できるだけだ。そして、重光線が惑星の核まで到達して段々と惑星がひび割れていく。この宇宙のサイレント・ショーを我々はもう何千回も繰り返し疑似網膜に焼き付けてきた。
ところが今回のショーは部下の驚いた声で余韻もろともかき消されてしまった。ハンデルが何事かとクロハの方を一瞥すると、とても驚いた表情で時計を指さしてこう述べる。
「時計が・・・時計が、動いた・・・!」
「なんだと?」
「動かないと思っていた時計の時間が、動き始めたんですよ!!たった今!!」
中央に「N」という文字が書かれているその時計を二人が初めて見たときは、長針と短針がぴったりくっついていた。ところが、いま目にしている時計は長針がこちらから見て短針の右側、即ち一時の方向へと動いていた。疑似網膜の記録に照らし合わせても動いたのは間違いなかった。分からないのは、何故動いたか、という事だけであった。
「とにかく動いてよかった、多分さっきの重光線の放射能の影響でいい感じに動いたんでしょう。」
クロハは確証もなく適当なことを言って自己完結しているが、ハンデルにはその時計がどうも頭の中に引っかかった。このタイミングで動き出したのは果たしてどういう意味を持つのか。
そもそもこの時計、あの惑星で一番放射能が強いポイント、即ちグラウンド・ゼロで拾得したのだが、それにしてはいやに形を保ちすぎている。誰かがいたずらで埋めたという事も考えうるが、あの星に生体反応は確認できなかった。それにもし埋めたとしても、誰が、一体何の目的をもって、あそこに埋めたのだろうか?
そこまで考えた時、クロハがあることを口走った。
「放射能を使う兵器に反応して動くなんて、まるで大昔に存在した終末時計みたいだな、これ。」
「・・・そうか、終末時計か。」
かつて銀河連邦が出来るよりはるか前の宇宙戦国時代は、お互いが惑星弾道ミサイルを保有することでそれぞれが相互に恐怖しあってある種の均衡を保っていた時期があったと歴史に書いてあった。その時、自分達が置かれている状況がいかに危ういものかという事を分かりやすく表現する為に、終末時計なるものが作られたと聞いている。
この時計の正体を見抜く完全な答えにはなっていない気はするものの、二人がこの時計を表しうる適切な言葉はそれぐらいしか思いつかなかった。
「さあ、今日は早上がりだ、とっとと帰ろう。そうだ、ライティアから今日会えるかって連絡きたんだが、お前どうだ?」
「!!勿論、俺行きます!」
「よーし、じゃあ報告書は超空間航行時に仕上げとけよ。仕事終わり次第直ぐにライティアの元へ行けるようにな。」
「了解!」
二人を乗せた宇宙船は、再び超空間への入口を開き、銀河連邦への帰路についた…
[一時停止:主観的記憶]
[再生開始:補完的記憶(追加者:上位存在)]
[予定:補完的記憶再生終了後、主観的記憶停止解除]
その惑星があった場所には、すでに星はなく、惑星だったもののかけらが漂う小惑星帯になっていた。しかし、その中心部--ちょうど惑星の核の位置に値する--では何かどす黒いものがもごもごと蠢いていた。瞬間、その黒い塊は強力な重力を発生させて、周りの惑星だったものをその中心へと引き寄せて次々に吸収していく。いや、どちらかといえば貪っていると言った方が正しい。
そして、惑星のかけらを全て食べ尽くした黒い塊は、数回ぐにゃりぐにゃりと歪んだかと思うと、だんだんと収縮して形を整えていく。いつしかそれは、人の形になっていた。だが、まだ全身がどす黒いものに包まれていて、大まかなシルエットしか分からない。だが、今はっきりと、ちょうど人間で言うところの口の部分に大きく歪んだ笑みを浮かべたような形の空間が出来たように見えた。
そして、それはその"口"を何度かぱくぱくと開閉を繰り返したあと、エネルギーを集中させて目の前で超空間への入り口をこじ開けて、その中へと吸い込まれるようにして消えていった。
[再生可能:読唇解析音声ファイル]
[選択:再生]
「・・・どこのバカかは知らないけど、時計を退けてくれてありがとう・・・おかげでやっと自由になれたよ・・・さて、"お礼"をしに行かなくちゃね・・・僕を封印した特異点の奴らと・・・銀河帝国の成れの果て、銀河連邦に、・・・!!」
[再生終了:補完的記憶]
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