遠い過去編その1
第25話 訓練生クロハ
[異常:記憶領域の無許可消去]
[原因1:
[原因2:上記の現象発生時の視覚強制遮断信号(コード:005)の不使用]
[緊急作動:記憶領域再構築プロトコル]
[接続:ハードメモリ]
[開始:記憶領域再構築]
・・・
遠い記憶の旅の始点は、まだ彼が人工子宮とへその緒でつながっていた頃までさかのぼる。
銀河連邦バース・センター第22支部と書かれた建物の一角にある、薄暗い子宮保管室の中で、青白く光る人工子宮のカプセルの中、頭一つ分真下にある人口有機胎盤とへその緒でつながれて、あたたかな人口羊水の中で体を丸め、誕生の時を待ちながらすやすやと眠る胎児を前に、同じ背格好の二人の男が声をかけた。
「さようなら、クロハ。」
「また会おう。クロハ。」
それが、彼の記憶領域に残る最も古いデーターであり、最初に聞いた「クロハ」の名前だった。彼らが何者なのか、彼らがなぜ自分の事をクロハと呼んだのか、それは分からなかったが、その名前に彼は親しみを覚えたらしく、それから銀河連邦基準時間――以降時間表記の基準とする――で5年後に自意識が発現した後、すぐ意識・肉体育成カプセルに入って自意識が仮想空間に繋がれたとき、彼はいの一番にこう言い放った。
「・・・クロハ。おれ、クロハ。」
育成カプセルの培養液の中には成長促成ナノマシンが入れられているため、そのナノマシンが筋肉や骨の成長に作用し、わずか5年で成人の体に成長する。だが、人格、精神などはみなそろって5年で成長するとは限らない為、これとは別に頭部に全体を覆うほどのヘッドギアを付けて、現実世界とは時間の速度が違う仮想空間にて対象の成長速度に合わせて教育が行われる。そして、身も心も成長しきったとき、ようやくカプセルから出ることを許されて、晴れて”生まれる”ことが出来るのだが、自分の意志で動く自由はまだ与えられていない。
この後、己の肉体を遺伝子データーに変換して保存した後に、それを基に作成された義体に人格データーのみをインストールすることで、半機械人間が完成し、ようやく自分の意志で体を動かすことが出来るのだ。
機械の体を得た後に待っているのは、やはり5年程度の従軍期間だ。銀河連邦は国家全体で例外なく国民皆兵制度を適用しており、生誕から15年間は誰もが銀河連邦軍の管理の下で兵士として育成される。そのまま各種軍人の道に進むものはもう5年専門的な訓練を積まねばならないが、普通はここで予備役への異動と言う形で一旦軍を離れて、一般市民としての生活を始める。
だが、彼はそのまま軍人になる道を選んだ。その方が一々税金やら光熱費やら――科学が発達した所でこれらの出費からは不可避である――を払わねばならない一般市民よりも生活が楽だからだ。しかし、彼は戦闘術は得意な方ではなかったために、なるべく戦わない軍人の仕事がしたいと思っていた。
「何と言う甘ったれた根性!!貴様、たるんでおるぞ!!」
「まあまあ、教官、そこを何とか。お願いしますよ・・・ね?」
その願いを担当教官は受け入れなかった。単純にこのクロハとかいう訓練生の態度が気に入らなかったというのもあるが、そのほかにも要素が一つある。それは・・・
「この推薦状にサインをしてくれるだけで僕は面倒な試験を面接一つだけでパスすることが出来るんですよ、ね?そんな難しいことお願いしている訳じゃあないのになあ。」
「どうせ貴様、考古学調査部隊への配属を願ったのも一番楽そうな仕事だったからだろう、貴様の魂胆は見え見えだぞ!いつもいつも真面目に勉学に励もうとせずに、悪知恵だけは働いて、そのくせテストだけはいい点を取りやがる。まったく教官をバカにしている!軍隊を舐めている貴様なんか、入ったところですぐ辞めるのがオチだ。袖の下をみせられたって推薦状なんか書いてやらんぞ!!」
クロハはいつもの授業は不真面目なくせに考査の時だけいい点を取ったり提出物はしっかり出している――ほとんどが他の訓練生の丸写しだったが、文章やら構成を変えて巧みに誤魔化している――ので教官連中からは好ましく思われていなかった。まるで真面目に勉学を積んだ我々や訓練生が馬鹿みたいに思えてくるからだ。
「きょ~か~ん、それは所謂”パワハラ”ってやつじゃあないですか~?それに、好き嫌いで内申を決めるのは、良くない行為だからつつしむようにって昨日連邦教育委員会の会議で答申されてましたよね~?」
「そうやって変な所だけしっかり聞いている所が気に食わんと言うのだ!!とにかく、推薦状は書かないと言ったら書かないぞ!!」
教官はおそらく食い下がるだろうと思ってクロハの反応を待ったが、それを聞いたクロハはあっそ、ならいいですよ。と以外にもそっけない態度をとって踵を返した。そして、出口にふらふらとわざとらしく残念がってぼそぼそとつぶやく。
「あーあー、俺悲しいなあ、志望した部隊に入れなくて悲しいなあ、悲しすぎて、色々な事愚痴っちゃうかも・・・例えば・・・自分のサラリーが少ないからって・・・学校の口座から・・・自分が管理当番の時だけ・・・少しちょろまかしちゃう教官がいるとか・・・自分のお気に入りの・・・女性訓練生に・・・食事にいこうだなんて誘って・・・いつも振られてる教官がいるとか・・・あることないことずぇーんぶ、喋っちゃうかも・・・」
教官は冷や汗――半機械人間は一応発汗機能がついているので流せる――をかいた。すべて自分の事だ。なぜそれを奴が知っているのだ。前者はバレるような金額でもないし、後者はそいつの成績をダシにしてかん口令を敷いているはずなのに・・・
教官は知らぬふりをしたが、動揺を隠せない。
「な、何のことだ!い、いったいそれは、だ、誰の事だ!!」
「教官、俺がこの学校で唯一学んだことがあります。それは・・・一番厳格そうに見える人ほど、実は一番だらしがない・・・ってことです!んじゃ、失礼~。」
「あっ!!おい!!まて!!は、話し合おう!!話し合おう!!」
あと一歩のところで教官室を出ようとしたクロハを教官は慌てて追いかけに行った。クロハは訓練生生活に危機が及んだ時の交渉材料として、独自に築いた強固な情報網を張り巡らせて拾い上げた教官の不祥事ネタをいくつも持っていた。――当然同期の訓練生にもカリキュラムノートの写しと交換で共有している――無論、彼の担当教官に対して持っているネタはこれだけにとどまらない。どうにかクロハを捕まえて教官室に連れ戻した教官は、クロハの”交渉”にしぶしぶ応じて推薦状のサインを書いた。
「いやあ、教官は話の分かる人で助かるなあ、貴方が教官でよかった・・・」
目の前の訓練生のいかにもわざとらしく感極まったそぶりを見て、教官はただ苦虫をかみつぶしたような顔でにらみつけるほかなかった。そして、心のこもってない形だけの感謝の言葉と敬礼をして、今度こそ教官室を後にしようとするクロハに向かった捨て台詞を吐いた。この言葉は、後になって思えばその後のクロハを言い当てた言葉だったかもしれない。
「今に見てろ・・・その何事にも首を突っ込む性格は、いずれお前に災いを振りまくからな・・・」
そんなことはつゆもしらずにクロハはルンルン気分で推薦状をもって夕陽が差し込む訓練校の廊下を歩く。もう訓練生はみな寮に戻ったので誰もいないはずだ。
「へへ、ざまあ見ろってんだクソ教官!俺は表面だけ真面目ぶってるやつが大嫌いなんだよバーカ!あとはこれを異動申請願いと一緒に送付するだけ・・・」
「クーローハーくーん?」
後ろからする聞きなれた声にドキリとして、ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには彼と最も親しい二人の友人が腕を組んで立っていた。まず、黒い短髪の女性の方から口を開いた。
「ら・・・ライティア・・・」
「クロハ君、また教官を脅して急場をしのいだわね?」
「あ、いや、その・・・えへへ・・・」
「笑ってごまかしたって駄目。そうやって人のあらさがしばかりやってると、今にダメ人間になっちゃうんだから。」
「で、でもあいつが悪いことしていたのは事実だし・・・」
今度は、眼鏡をかけた青緑色の髪をした男性の方が口を開いた。
「クロハ、君はいつになったら目上の人に頭を下げて頼むという事を覚えるんだ?」
「何言ってんだムロト、ちゃんと頭下げたし!ちゃんとお願いしたし!」
「じゃあなんで教官があんな慌てた様子で君を引き留めてたんだ?」
「えっ・・・二人とも・・・見てたのか・・・?」
ライティア、ムロトの二人は大きくうなずいた。ごまかせないクロハはたじたじになった。彼はこの二人には強く出れないのだ。特に、密かに思いを寄せている彼女、ライティアに対しては。
「ま、まあ、これで教官もおとなしくなるだろうし、俺は推薦状もらえて無事に面接いけるしで、丸く収まったんだからいいじゃん、な?な?だから堪忍してくれよ、これでホントのホントに最後だから。」
「もう、クロハ君ったらいつもそう。普通に頑張ればいいのにそうやって楽ばっかりして、急場しのぎだけ本気出して。」
「まあ、俺も口だけのあいつのことは嫌いだったしな、いい気味だ。」
「そうだろうそうだろう、ムロトもそう思うだろう?」
「それとこれとは別だ!・・・このまま訓練校を卒業したら君は必ず破滅する。そこで、俺たちは君に社会の厳しさを教える”先生”を連れてきた。」
「先生?」
先生とは何の事だろう、と思ったクロハの肩が後ろから思い切りぽんぽんと叩かれた。後ろを振り向くとそこにはやはり見知った顔の者が立っている。
「あなたは・・・ハンデルさん!?」
「久しぶりだな、クロハ!また教官たちを脅したんだって?全くお前も悪い奴だな、がはは。」
わしゃわしゃとクロハの頭を力強くかき回す、3人より頭ひとつ背の高いドレッドヘアの男性は、ライティアの実の兄であった。
「どうして、ハンデルさんがここへ・・・?」
「え?お前聞いてなかったのか?俺が考古学調査部隊の隊長に新しく赴任したってこと・・・」
「・・・へ?」
何も知らずにキョトンとするクロハを見てムロトはやれやれと首を振る。
「君は部隊異動願いを書いたときに資料を確認しなかったのか?」
「も、もちろん見たさ!!」
「なら、資料の最初のページにでかでかとハンデルさんの写真が載っていたことを覚えているはずだが。」
「・・・えっ?」
クロハが覚えている訳もない。クロハはそんな暇があったら寝ているか遊んでいるのだ。そんなクロハを見てライティアは苦笑いし、ムロトはため息をつき、ハンデルはがははと笑った。
「まあ、いいじゃないか!俺たちも丁度人員が欲しかったところなんだ、クロハなら喜んで歓迎するぞ!わはは!・・・」
クロハはさっきまでの勢いはどこへやら、顔から血の気が引いている。鬼軍曹ハンデル。その意味はクロハが知らないわけがなかった。通常時は気さくな兄貴分だが、いざ軍になると自分にも他人にも厳しく指導するハンデルは銀河連邦一の鬼軍曹として新兵たちの中で畏怖の念を抱かれているのだ。自分が考古学調査部隊に応募したのもだって、それを避ける意味合いもあったのに・・・当てが外れた。
そんなクロハを見て、ライティアはここぞとばかりに意地悪く微笑む。
「ねえ、兄さん?私からのお願い、聞いてくれる?」
「おお、かわいい妹の願いなら何だって聞いてやるぞ!」
「クロハ君を・・・みっっっちり、しごいてあげて?」
「俺からもお願いします。ハンデルさん。」
「がはは、かわいい妹とその友達の願いなら聞かないわけにはいかないな、ええ?クロハ?」
「あ、は、はい・・・そ、そうです・・・ね・・・」
「ようし、善は急げだ、さっそく”かわいがって”やるからな!!がはは!」
そういってハンデルはクロハをわきにがっしりと抱えると急いで訓練校を後にした。
クロハは頭上でじたばたと暴れてどうにか逃げようと試みるが、ハンデルの腕の力の要りようから見て逃がす気はないらしい
「め、面接!!面接練習期間がまだ!!」
「喜べ、お前は一発合格だ。面接練習期間中は俺が直々に指導してやるからな、がはは!!」
「い、嫌だーっ!!ライティア!ムロト!助けて!!」
己の行く末を悟ったクロハはだんだん遠ざかる二人に助けを求めたが、無駄足だった。
「ふん、いい機会だ。クロハ自身の今後の為にも、ハンデルさんにきつーくお灸をすえてもらわなければ。」
「クロハくーん、頑張ってね~」
「うわああああ!!」
こうして、クロハはめでたく、考古学調査部隊に配属されることになった。
・・・それは、「あの時計」を見つけてしまう2年前の事・・・
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