第23話 心への侵略、魂の殺人
生ぬるくて重苦しく、体が自由なはずなのに動くことが出来ない空間。
闇よりも深い闇にとらわれてうなだれているクロハの頭の中に、直接旧支配者の声が響く。
「フフフ・・・ああ、かわいそう・・・君は出会う人すべてを不幸にしてしまう・・・フフフ。」
声ではっと頭をもたげたクロハは己の置かれている状況を再確認し、どうにかその空間から脱出しようともがくが、今いるこの空間はそもそもどこまで広がっているか分からず、上下左右の間隔が分からない。思わず、声を荒げる。
「隠れてねえで出てきやがれ、この卑怯者!!」
「フフフ・・・僕は最初から隠れてなんていないよ・・・ずっと、ずっと君に見える位置で君を見ていたんだよ・・・君が持っているその力を、少し強めるだけですぐにばれるのに、君は気づかなかった・・・」
ずるずると言う音がしてクロハの目の前に何かが現れた。光が届かない空間だというのにやけにくっきりと見えるその物体は、その細長い体を勢い良くしならせてクロハに巻き付く。
「
「ただてめえのように好き放題使って多くの人をぶち殺すよりはよっぽどマシだ!!」
「・・・口が達者なのは相変わらずだね・・・」
目の前に、自分に巻き付いている物体の先端がぬっとあらわれる。先端はまるでつぼみのようにぷくっと膨らみ、ぽん、と破裂して”開花”する。そこには花はなく、旧支配者の冷たく光る白い顔と上半身があるのみであった。
「あくまでも力を誇示せず、無欲でいようとしたからこそ君はこうして無様にも捕まってるんだ・・・もっと早く気づいていれば、君は城戸君とあんな別れ方をしなくて済んだんだ・・・」
「黙れえっ!!・・・てめえだけはぜってえに許さねえ!!」
「君のそのお人好しで、何事も頭を突っ込まないとすまない性格はいつになったら治るのかな?何人犠牲にしたら気が済むのかな?・・・そのせいで、ある一人の女の子の人生を狂わせたのを君はもう忘れちゃったのかい・・・?」
それを聞いて凍り付いたクロハの脳裏にある一人の少女の笑顔が浮かんだ。
そして、その様子を見て旧支配者はさらに邪悪に微笑む。
「やっぱり、君はまだあの子の事を覚えているんだねえ・・・君はそれを、わざと心の奥底へしまい込んでいる。君はそれを思い出すのを恐れている・・・違うかい?」
「・・・人の過去に勝手に土足に入り込んで・・・ただで済むと思うなよ・・・!!お前だけは絶対に俺がこの手でぶっ殺してやる!!」
憎悪をむき出しにして旧支配者につかみかかろうとするが、それを予測していた旧支配者はクロハを遠ざけて、自分の本体から細い触手をさらに伸ばして、クロハの腕、足、胴体、と巻き付く。それでも顔を変えないクロハを見て、旧支配者は恍惚の表情を浮かべた。
「ああ、その目!その顔!君のそのむき出しの感情!・・・すべてが愛おしい・・・やっとお互い本心をむき出しにできたね・・・」
愛おしいだと?この男は正気なのだろうか、クロハには理解できなかった。いいや、理解したくもない。
「愛と憎しみは表裏一体なんだよ。僕が君を好きで好きでたまらないのと同じように、君も僕の事が憎くて憎くてたまらないだろう?でもそれは本質的には同じことなんだ、明確な違いと言えば感情の数値が正か負かだけなんだ。互いが互いを思っていることには違いないんだ。そういう意味では、君と僕とは相思相愛、両想いの恋人だよ。一番感情をむき出しにできる相手を表す言葉で、僕は”恋人”ほどピッタリな言葉はないと思うけどね?」
「何が恋人だ、何が両思いだ、てめえが本当に好きなのは、俺の特異点としての力だけだ!!てめえにこの力は死んだって渡さねえぞ!!欲しけりゃ力ずくで奪い取ってみやがれ!!」
クロハの切った啖呵さえも旧支配者にとっては旧愛の言葉に聞こえるのだろうか、穏やかな、しかし背後に闇をたたえた笑みを浮かべたまま、彼はクロハを自分の元へ、吐息がかかるくらいの距離まで近づける。
「いけないよそんな・・・暴力だなんて・・・一度負けた手段で戦うほど僕は愚かじゃないよ・・・」
そして、勢いよくクロハの首元に手を伸ばして、思い切り締めあげた。クロハはそれを防ぐことも出来ぬまま、苦悶の表情を浮かべて呻く。
「うぐぐぐぐ・・・ぐ・・・が・・・」
「確かに君は強い。こうやって並の半機械人間なら簡単にひねれる力で首をつかんでもこうやって苦しむだけで済むし、どんな刺客を差し向けてもいとも簡単に片づけてしまう。それは事実だ。だが、君の心の中はどうかな?」
「ど・・・どういう・・・意味・・・だ・・・」
「体は壊してもやろうと思えば戻せるけど、心は一度壊れたら、もう元には戻らない・・・」
目線をそらさずに、段々とクロハに旧支配者の顔が近づいてくる。小さく開いた口の中は、どんな闇よりも深い闇が、もごごとうごめいている。
「君の心を、恐怖で粉々に壊してあげるよ・・・君が最も恐れるやり方でね・・・」
「やめろ・・・やめろ・・・!!うああああ!!」
旧支配者の唇がクロハのそれと重なったとき、クロハの首はようやく自由になって大きく息を吸い込もうとする。
同時に、クロハの体の中にその闇が流れこむ。それは疑似消化器官を介してクロハの体中に広がり、やがては神経回路にたどり着く。細菌や寄生虫などとは全く異なる内なる侵略者に全くの無防備であったクロハの体は成すすべもなく、ついに脳殻までの侵入を許してしまう。
「・・・」
ついに、クロハの機械の体は白目をむいて機能停止してしまった。時折ビクンと震えるが、それが今のクロハにできる精いっぱいの抵抗であった。
「ああ・・・全身でクロハを感じる・・・なんて幸せなんだ・・・まっててね・・・クロハ、あともう少しで僕と君は本当の意味で一つになる・・・」
だが、今はまだクロハの体が非常停止状態になっている状態、即ち気絶しているため完全には覚醒していない。彼の意識がないうちに彼を壊してもしょうがない。そう思った旧支配者は、クロハを完全に開放し、自分も異形から人の形へ戻ると、周りにうごめく闇を使役してある物体を作らせた。四角くて分厚いクッションを、シーツで覆って、木でできた四本脚の土台に乗っけて、出来た物体をさらに白い毛布で包む。そして、丁度人の頭一つ分の細長いクッションを二つ・・・そう。ダブルベッドだ。
そこへクロハを放り投げた旧支配者は自分もベッドに上がり、仰向けのクロハの上に覆いかぶさって彼の服をゆっくりと脱がし始めた。
はたして人間の肌とそっくりな半機械人間の裸体にひん剥かれたクロハを見て、旧支配者は再び恍惚とした表情を浮かべる。最高の”メインディッシュ”だ。彼の脳殻が覚醒の指令を出すまでにはまだ少々時間がある。
「恋人なら恋人らしく、お互いむき出しで愛を語ろうね・・・」
そして、旧支配者はベッドに上がり、むくむくと湧き上がる情熱を下腹部に抱きながら、目の前の得物にまたがり、ゆっくりと、腰を落として、嬌声を上げた。いや、それは勝利の雄たけびともいえるだろう。
それからクロハの身に何が起こったか、詳細は省くが、ただあえて言えることがあるとするならば・・・
再び、クロハは唇を重ねさせられた。再び、クロハは旧支配者の侵入を許した。
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