第22話 おまえはだあれ?

顔つきがまさしく鏡写しの人物が、同じ部屋で、同じ店で、同じ世界で、互いにテーブルを挟んで向かい合っている。一人の顔は邪悪に微笑み、一人の顔は衝撃で目を見開き、顔面蒼白になりながら後ずさっている。


「そこまで驚くことはないじゃないか。同じ自分同士なんだから。・・・いや、正確には君の方が偽物なんだけどね。」


冷めた目つきで、さも悪気のなさそうに言い放たれたもう一人の自分の言葉は理解しかねるものであった。彼は笑っている。しかし、その笑みの向こう側にあるものはこれまでであったこともないような恐ろしいものが滲みだしているように見えた。


「お、お前は・・・だ・・・誰だ!!」

「僕は君。君は僕。君は僕の偽物で、僕が本当の君だ。」

「そ、そんなこと言ったって騙されないぞ!!偽物はみなそういうんだ!!」

「われながらよく作りこんだものだね、”彼”さえも、君が作り物の存在であるとは見抜けなかったんだから、傑作だよ。」

「わ、分かりやすい嘘はやめろ!!ぼ、僕は、そ、それくらいでは、こ、怖がらないぞ!!」

「じゃあ、嘘ではないと証明してあげるよ・・・”彼”の前でね!」


まさにその時、クロハが部屋に戻ってきたのだ。



「いやーすまんすまん遅くなって、ドリンクバーとサラダバーが団体客が押し寄せてててこずったぜ・・・!?」


部屋に戻ってきたクロハを出迎えたのは、恐れおののいた表情でこちらを振り向いた城戸の姿と、その向かいに座ってこちらをじっと見ている男の姿があった。男の顔は、城戸にとてもよく似ている。


「・・・もしかしてあんたが益田さん!?す、すげえそっくりだなあまるで双子だあ!」

「く、クロハ・・・逃げ」

「・・・クロハ・・・ああ、クロハ・・・!」


男はクロハを見てまるで久しぶりに再会したかのような感極まった表情を浮かべて立ち上がった。そして大手を広げたかと思うと、なんとクロハに抱き着いた。


「クロハ・・・クロハ・・・会いたかったよ・・・」

「ああ、ど、どうも、初めまして・・・ま、益田さんって結構、大げさな人なんですねえ・・・」


突然抱き着かれて困惑しているクロハの耳元で、彼はささやく。


「確かに僕たちはある意味ではだね・・・こうやって直に顔を合わせるのは今回が初めてだものね、クロハ。・・・第六特異点、クロハ!!」

「・・・な、何故それを!?」


クロハの顔が困惑から驚愕の表情になった、その瞬間だった。旧支配者の顔が邪悪に歪んだかと思うと、その鋭利な牙をむき出しにして、クロハの首筋にそれを突き立てたのだ!


「!!!!・・・てめえ、何すんだ!!・・・うっ・・・」


思わず突き放そうと体に力を込めたが、なぜか今この時に限っていう事を聞かない。それどころか、牙を突き立てられた首筋を中心に段々と体の神経回路がマヒしていく。まともに立っていられなくなり、持っていた飲み物もガシャンと畳の上に落とし、ずるずると旧支配者に寄りかかるように崩れ落ちていく。顔のパーツを動かす全ての神経回路がマヒしている状態でも、クロハはどうにか気力を振り絞って口を開く。


「て、・・・てめえ、・・・何を・・・盛った・・・」

「ここまでやられてもまだ思い出さないなんて、特異点ともあろうものがだらしない・・・そんな君を見ていると、こっち迄情けなくなってくるよ。時空歪曲空間で僕を倒したのは別人なんじゃないかってくらいにはね。」


その言葉を聞いてクロハの顔が見る見るうちに青ざめていく。忘れもしない時空歪曲空間での決戦。あの時クロハはかつて特異点だった存在と戦って、辛くも勝利した。だが、記憶が正しければ奴は時空歪曲空間の崩壊と共に消え去ったはず・・・!


「そ・・・そんな・・・あり、得ない・・・まさか・・・そんな・・・!!お前は、あの時、俺が・・・この手で!!」

「君が生き返ったんだ、僕だって生き返るさ。それからは君を探すのに苦労したよ・・・そしてやっと、この第7世界線が君の”別荘”であることに気づいたときは、本当にうれしかった・・・」


うう、とうめくクロハに手をかざすと、周りからどす黒い煙のようなものが湧き出て彼の周りにまとわりつき、たとえ動けても絶対に逃がさぬように縛り付ける。


「く・・・くっそう・・・」

「丁度君はその時、惑星風邪やら色杯の件やらでここを離れていたから、その隙にこの星に居座らせてもらったよ。ちょうど20年前の事だ・・・しかし、特異点の力を制御しすぎるあまり、君の近くに置いた僕の”スパイ”の正体にまで気が付かないとは・・・落ちぶれたものだねえ・・・」

「・・・!!」


クロハは驚愕の表情で城戸を一瞥した。城戸は必死に否定する。


「違う!!違う!!僕はそんな、スパイなんか・・・!!」

「不思議に思わなかったのかい?世間を揺るがす大事件が、君らの周りでしか起きないことを。狂気の医者も、三体の粒子生命体も、何もかも、クロハと君に踊ってもらうために僕が仕掛けた舞台装置に過ぎないんだ・・・」

「そんな・・・そんな・・・」

「楽しませてもらったよ、おかげでシナリオから舞台設定まで僕が手掛けた人形劇はめでたく大団円だ。主演の君には監督として、めいいっぱいの拍手を送ろう。そして・・・そろそろ君には舞台を降りてもらおう。劇はもうだ。人形君。」


じりじりと、城戸に向かって近づく旧支配者。とっさに城戸はテーブルに置いてあった呼び出しボタンをこれでもかと連打した。


「だれか!!だれか!!だれでもいい、だれか!!助けて・・・!!」

「無駄だ。そもそもこの店自体が僕が彼を捕らえるために仕掛けた罠。ここにきている客も、働く店員も、みな人形だ、僕がすり替えた。」

「嘘だ!!嘘だ!!」

「嘘じゃないよ、そのために地震やら噴火やらを起こして、この国の人口の8割を殺して入れ替えたんだから・・・まさかマスコミの、規模の割に被害者が出なかったという発表をうのみにしたのかい?NOAHの件で既にこの国のインフラをつかさどるものは全員、人形みたいに操れるようにしたから、あとはそれを上手く使って災害で出た死体と人形をすり替えるだけでよかったんだ。この国に純粋な人間は君も含めてもう一人もいないんだよ。」


城戸はなおも近づいてくる旧支配者に向かって手当たり次第に物を投げつけるが、全てむなしく彼の体の中に吸収されていく。


「しつこいね、人形君。もう君の出番は終わったんだ。」

「僕は・・・僕は偽物の人形じゃない!!城戸ロトだ、人間だ!!」

「では城戸君、改めて聞くが、君はどこで生まれて、どこで育ち、誰に育てられて、誰に愛されたのか・・・答えることが出来るか?君を君たらしめる記憶は、君の頭の中に、存在するのか・・・?」


その瞬間、城戸の頭の中に、これまで以上にない痛みが稲妻のように駆け巡った。そしてその痛みは涙となって頬を伝う。そんな、そんな、僕が、なぜ僕がクロハと出会う前の記憶を思い出せなかったのか・・・それは、僕が人形だから・・・!?

そんな・・・ばかな・・・!!ぼくは・・・ぼくは・・・!!


「思い出せるわけがないんだ、最初っから存在しないんだもの。君の記憶も。君自身の存在も。すべて、虚構なんだよ。」


そんな、そんなわけがない、僕は決して、虚構の存在などでは・・・思わず城戸は顔を覆うが、その顔に触れた感触がやけに固い。はっと気づくと、いつの間にか、自分の手が木工細工の人形のそれになっていた。


「う、うわあああ!!!嫌だ、嫌だあああ!!」


思わず立とうとするが動けない。腰から下の感覚がない。代わりに木がこすれ合う音がする。その柔らかい木の音は、城戸にとって何よりも残酷な音だった。


「嫌だ・・・嫌だ・・・クロハ・・・助けて・・・!!」


クロハの方へと何としても張っていこうとする度に、ぎくしゃくとした動きになっていく。だが、その前に無残にも旧支配者が立ちふさがった。


「ああ・・・あああ・・・」

「もう君の出番は終わりだと言っているのに・・・仕方がない。」


ため息をつきながら旧支配者が取り出したのは、なんとクロハのフラッシュ・コンバーターであった。抱き着いた瞬間に彼の懐からすっぱ抜いたのだ。旧支配者がしようとしていることに気づいたクロハは、何として求めるべくもがくが・・・


「や・・・やめろ・・・旧支配者オールド・マスター・・・!!」

「恨むなら彼にFCフラッシュ・コンバーターの権限を与えるべきではなかったね。クロハ、彼が使えるという事は僕も使えるってことなんだよ?・・・大丈夫、君とは後でゆっくり遊んであげるから、今はちょっとだけ、目をつむっててね。」


気持ち悪いくらいに穏やかな声でそうささやくと、クロハの顔をつるんとなでた。途端に、やはりどす黒い煙がまるで覆面のように顔を覆う。そして振り返り、弱弱しくうごめいている城戸――と呼ばれていた高度擬態人形――の首をつかんで、目の前にFCを向けた。


「やめろ・・・やめろおおおお!!!」

「クロハのそばにいるのは僕だけでいい。・・・さようなら、城戸君。」


カチッ・・・


バシュウウウ・・・


クロハの叫びもむなしく、旧支配者は自分そっくりに作った高度擬態人形に向けて、かつて自分を敗北に追いやったすべてを消し去る忘却の光を放った。その閃光は個室のドアでさえも隠せないくらいにはまぶしいものであったが、周りにいるものは皆自分の役を律義にこなす人形ばかり。あくまでの自分の役をやることに徹していた。だから、城戸ロトと言う一人の人格がこの世から消えても、目的を果たした旧支配者が店ごとクロハを包み込んで収縮し、空の彼方へ去って行っても、それに巻き込まれた自分たちが破損してただのガラクタになっても。誰も気にしなかった。













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