第20話 はばたけ黒き翼
それは、粒子生命体にとって目を覆いたくなるような凄惨な光景であった。
この星に同じ大きさの天敵はいないという事で碌に戦闘経験を積ませずにただ図体だけ大きくなった3体の傀儡にとって、目の前の巨人の存在はまさしく想定外であった。だから、降臨早々目の前の黒い巨人がバイザー状の視覚器官から自分たちに向けて放った三本の光線が、粒子の動きを自由にできなくする赤色粒子固着光線であることに気づかずにもろに浴びてしまったのである。
「な、何だあの化け物は!?我々はあんなの聞いていないぞ!!」
「ごふっごふっ、なんか嫌な予感がするんだな!!ごふっごふっ、いったん戻れ、戻るんだな!!ごふっごふっ」
「だ、ダメだ!!傀儡を粒子に分解できねえ!!どうなってやがるんだ!!」
黒い巨人は大地を強く蹴り上げて加速し、頭突きを食らわせる。
瞬間、溶岩の怪物は鈍い音共に体をくの字に折り曲げて後方に吹っ飛ばされた。
すかさず、左足を軸にした強烈なハイスピンキックを左にいた花粉の化け物の後頭部にお見舞いしてやると、ぐおおおとうめき、頭を抱えてうずくまった。
そしてその勢いでプラスチックの巨人に向き直って、怯え切った顔をみとめてにやりと笑ったと思えば、ほぼノーモーションで繰り出された右拳を顔面ど真ん中に打ち込んで、プラスチックの巨人の顔を粉砕した。
傀儡たちはいわば粒子生命体の分身。当然、受けた痛覚は残らずフィードバックされる。3人は悶えた。特にロプラスは顔中に痛覚が走ってみてる此方がつらくなる。
顔がなくなったプラスチックの巨人を無理やり立たせて、黒い巨人、ブラックウィングは叫ぶ。
「周りが瓦礫だらけだから下手に気を遣わず好き放題できるなあ、この間からたまりにたまったフラストレーション、ぜーーんぶまとめてお前らで解消してやる!!」
そして、プラスチックの巨人を抱きかかえたかと思うと、空高く飛び上がり、空中で放り投げた。
プラスチックの巨人は頭から――もうあごの部分しかないが――地面にたたきつけられて仰向けに倒れ、丁度隣にいた溶岩の化け物に覆いかぶさった。その無防備な腹に、勢いよくブラックウィングの左足が突き刺さった。もはや発声器官さえも破壊されていたので、ただうごめくしか出来なかった。
「まだまだ、こんなんじゃ済まさねえぞっ!!」
すると、状況が不利だと判断した花粉の化け物が空を飛んで逃げようとしている姿が目に入った。逃がすまいと発奮したブラックウィングは翼を開き、空を切り裂くような速さで接近して足をつかんだ。
恐怖の表情を浮かべている花粉の化け物をハンマー投げよろしく思い切りぶん回して、大地で情けなく折り重なっている二体の傀儡にむかって放り投げる。
そして三体ぴったり重なったところで、上空から鋼鉄の針の雨が降り注ぎ、3体の傀儡は体を数十本の針に貫かれて大地に磔にされた。
そして、空の彼方で赤い光が煌めいたかと思うと、赤い光球が3体の傀儡めがけて突っ込んだ。
瞬間、三体の傀儡は爆散し、立ち上る火柱と共に強い爆風が巻き起こす。
「うわああっ!!」
一部始終を見ていた城戸は思わず顔を覆った。しばらくして爆風がおさまったのを確認し、恐る恐る目を開けてみると、今だ立ち上る火柱を背にゆっくりと立ち上がる黒い巨人、ブラックウィングの姿があった。
「す・・・すごい、すごいよ!クロハ!!おーい!!」
城戸の声に気づいたブラックウィングはこちらを向くとぐにゅぐにゅと変形して黒い球となり、天高く飛び上がった。そして、城戸の目の前に飛び降りた時には元のクロハの姿に戻っていた。
「はー、さっぱりした。んで、どうだった?巨大ヒーロー映画を生で見た感想は?」
「そりゃあもう最高!!・・・なんだけど」
「けど?」
「やっぱり、映画は映画館で見るのが一番安全だね!」
「それもそうだな。」
二人は再びうはは、と笑った。
「では、勝利の前祝改め、粒子生命体への勝利を祝って・・・」
「「乾杯!!」」
・・・
「それで、のこのこと戻ってこれるだけの力は残ってたんだ。だから言ったのに。」
「う、うう・・・」
陽もすっかり沈んでぼんやりと明かりが灯った検視団本部の課長室に命からがら飛び込んできた粒子生命体たちに、旧支配者は冷たく言い放った。
「それで、これからどうするつもりなのかな。・・・まさか、自分から断っておいて今回の件の尻拭いをしてほしい、なんて都合のいいことは言わないよね?」
「あ、え、えっと・・・その・・・」
「・・・ごふっ」
「・・・」
「もしそうして欲しかったら・・・何をするべきか、わかってるよね?」
貼り付けたような微笑を浮かべる旧支配者の冷たい目線を見て、とっさに、ロプラスは旧支配者に向かって土下座した。
「お、おい!何やってんだよお前!!」
「何で頭を下げるんだな!?ごふっ」
「黙れ!!お前らもやるんだ!!」
そして3人とも半ば強制的に土下座させたうえで、ロプラスはこう言った。
「旧支配者・・・様!!どうか、どうかお願いします・・・われわれに、もう一度チャンスをお与えください・・・!!全て我々の責任であることは重々理解しております!もう二度と貴方様に変な反抗心を持つことはないと誓います!!だから、どうか、どうか・・・我々に挽回のチャンスを・・・!!」
「うーん・・・どうしようかな。」
本当はロプラスだってこんな奴に頭を下げたくはなかった。しかし今は雌伏の時、歯を食いしばって下げたくない頭を下げて、旧支配者に許しを乞うたのだ。
しばし考えた挙句、旧支配者はため息をついて口を開いた。
「分かったよ。君たちがそこまで言うんだ、今回だけ特別だよ。」
「・・・!!ほ、本当ですか!?」
「その代わり、僕の命令はこれから絶対服従だよ。いいね?」
「も、もちろんです・・・!感謝します、旧支配者様!!」
三人の粒子生命体は安堵の表情を浮かべた。旧支配者はその様子を見て笑顔を浮かべながら、彼らに近づいた。
「さっそく君たちに命令して、いいかな?」
「なんでも申し付けください!」
「俺たち、これから心入れ替えて働くぜ!!」
「ごふっ、粉骨砕身の心意気なんだな。ごふっ」
「じゃあ・・・死ね。」
目をかっと見開いて旧支配者がそう冷たく言い放った瞬間、体中から湧き出るもうもうとどす黒いものが室内を包んでゆく。それが、3人の粒子生命体にとっての生前最後の光景となった。
外からは、明かりを消したようにしか見えなかったが、その瞬間検視団本部の課長室の中でうごめいていたのは、暗闇だった。夜の闇より暗い、闇だった。
やがて、再びぼんやりとした明かりが外に漏れるようになるころには、室内にいる人影は旧支配者とその側近の二人だけになっていた。彼らがいた痕跡は、跡形もなくなっている。ややあって、側近が訪ねた。
「彼らの後処理についてですが・・・いかがいたします?」
「・・・何のことだい?」
「・・・」
旧支配者はわざとらしくすっとぼける。
「困るなあ、存在しない人たちの話をするのは。そもそもここには誰も来ていない。誰も、来ていないんだ。・・・そうだろう?」
「・・・は。失礼いたしました。」
意図を理解し、下手に食い下がらない。それがこの人形たちのいい所だ。
旧支配者はほくそ笑むと、デスクトップパソコンからSNSを開いた。
そして、「トーチ・キッド」と書かれているアカウントとのメッセージルームに書き込む。
[トーチ・キッド君へ。こちら側での案件が片付いたので少し余裕が出来た。久しぶりにどこか美味しい店にでも飲みに行かないか?しばらく会えないうちにお互い話のネタがたまっているだろうから是非とも語り合いたいな。勿論、君の友人にも参加してもらいたい。]
書き込みを送信すると、すぐに返事が返ってきた。
[本当ですか!?なら予定を合わせてすぐ行きましょう!友達も貴方に会いたがっています!ドクター・フーのファン同士、久しぶりに語り合いましょう!!]
その返信を確認し終わると、彼は窓のそばに立ってつぶやいた。
「・・・この景色も、もう見納めか・・・」
その後、旧支配者は側近に耳元で何事かささやくと、てきぱきと山高帽にトレンチコートの服装に着替えて荷物をまとめ、課長室を後にした。
そして、彼が検視団の本部の門をまたいで振り返った時には、検視団本部はさらさらと砂になって静かに崩れ往く最中であった。あとに残ったのはまるで最初からそうだったような雰囲気を醸し出す荒れ果てた空き地と、かつて検視団だった建物の成れの果てである砂山、そしてその合間合間にうずもれている顔のない人形たち・・・
全てを見届けてから、旧支配者は再び歩き出し、ぼそりとつぶやいて人込みの中へと消えていった。
「もう検視団は必要ない・・・あとは僕一人だけで十分だ・・・」
人通りが少ないわけではないのに皆検視団の本部が崩れたのをだれも見向きもしないし、その目で見ても興味なさそうに向き直る。みな、無表情のまま思い思いの方向へ歩いていく。まるで人形のように・・・。
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